第22話 憎しみの拳:後編
端から河川敷のテントの集まりを見ると、円を作るように建てられたテントが五つ。それらの作る円の中央に大きなキャンプファイアがあり、そこに何人ものブリガンドがたむろしている。
ライフルを置き、グレネードを橋の上から見えるブリガンドの集まりに投げ込んだ瞬間に橋から飛び降り、橋げたを片手で掴んでぶら下がると、上から橋の真下にいたブリガンドをTMPで掃射する。
ブリガンド達は気付いたがもう遅い。橋の下で談笑していた二人は肩や頭から血を垂れ流し情けない声を出しながら砂利道に沈んだ。
直後。背後でグレネードが破裂。多くの叫び声と怒号が聞こえ私は片手を離して河川敷に飛び降りた。即座に振り向き、生き残った連中がこちらに気付くも、私の銃口は既に獲物を狙っていた。
いくつもの銃声。それは全て私の手元から鳴った。幾つもの叫び声は少しずつ少なくなり。私は歩きながら彼らのテントに近寄る。
既に十人以上は殺したか。数発弾を残してもう一丁のTMPを抜き、両手に構える。
横たわる死体を蹴っ飛ばし、端に除けた。正面のテントから気配がしたからだ。
「誰だ。派手に暴れやがって……。俺達が五芒星革命軍と知っての事か?」
灰色のテントから現れたのは私より少し背の高いガタイの良い男だ。
防刃加工された特殊繊維の軍服の下に防弾チョッキを着た男は明らかに周りのブリガンドよりも装備が良い。
腰には拳銃のホルスター。そこには銃はしまわれていたがその手には大きな刃の黒い剣が握られていた。
それは昔日本軍が使用していた溶断刀。刃に超高熱を与えて名前の通り対象を焼き、溶かし、切る。
熱伝導に時間はかかるが最大出力を生身の人間が食らえば人達でその苦痛によるショック死から逃れられない。一撃必殺の近接戦闘用装備だ。
男は私の顔を見るなりニタリと気持ち悪い笑みを作って私を見る。
「俺達? 生憎、もうここにいるのはアンタだけよ」
「おおそうかい。で、何が目的だ。意味も無く俺達を襲うわけは無いだろう? 冥土の土産に聞いてやろう」
そう言い放つ男に私は容赦なく銃を構え、引き金を引いた。
「おおぉ怖いねぇ!」
即座に横へ飛び退き、鉄のテーブルを蹴っ飛ばして倒し遮蔽物にするとそこに男は隠れる。
流石ボスと言うべきか、動きが早く、私の不意打ちに対応してきた。弾を撃ちつくした方を、男が隠れている間に弾倉を交換する。
「その剣に熱が伝わるまでの時間稼ぎにおしゃべりしようなんて、その手には乗らないわ」
「ハッ、こいつの弱点を知ってたか。やっぱりこんなもの使えねえ。珍しいからと部下から取り上げてみたが、とんだガラクタだ」
その言葉の瞬間。男は遮蔽物から顔だけ出すと私の方向へ持っていた溶断刀を投げ飛ばす。
回転して飛んでくる刀に私は迎撃などする暇など無い。避けるしかない。私は最低限の動きで体を横に滑らせる。
しかし、男はそれを読んで既に抜いていた拳銃で私を狙っていた。
「しまっ……!」
「死ねぇ! 曲芸女ァ!」
バンッ――!
バンッ――!!
左肩に一発、二発目は空を抉って橋の支柱に突き刺さる。
しかし、やられっぱなしではない。右手で握った銃は正確に男を狙う。
重なる銃声。
男の握る銃を弾き、腕にも当てて片手を使えなくさせた。それを見てから漸く左肩の痛みを実感して思わず眉を顰める。
銃は弾け飛び、夜の闇に紛れて消えた。
「声をあげないのね。これから二度と喋れなくしてやるわ」
「チッ……声が出なくなるのはテメェの方だぜ。おい! 蛭雲童! 早くしろ!」
突如誰かの名を呼ぶと一番奥のテントから篭った声で「へい」とだけ返事が聞こえると突然テントの入り口にかけられた布が揺れ、それがゆっくりと捲くられ、奥から人影が姿を現す。
足取り重く、肩と頭を揺らしながら現れたそれは広場中央に焚かれた炎の明かりに照らされ、身に纏った灰色の強化服がてらてらと無機質であって有機的な光沢を放つ。
額に包帯が巻かれた彼はぼんやりと虚空を見つめ、テントから出てくるなり棒立ちになっている。
「枸杞!」
私の体に枸杞は体をびくりと動かしたがそれきりで、なにか喋っているのか、口をぱくぱく動かしているがなにをいっているのか聞き取ることはできない。
赤く艶のある唇は私なんかよりも女性らしさがあった。頬の火傷を気にしなくなるほどの色気はここで奴隷としてなにをされてきたのか想像するに難くなく、そのせいでその姿が痛々しくも感じた。
クスリを打たれたのか、今枸杞の中ではクスリの作用で精神が不安定になっているのかもしれない。
「この女を始末しろ! そしたらもっとクスリをやるぞ!」
男の言葉に枸杞は頭を抱えてしゃがみ込む。そして、枸杞は地面に何度かその拳を叩きつけると頭を振りながらまた立ち上がった。
立ち上がった枸杞の表情は先ほどの虚空を見つめていた忘我のそれではない。が、凶暴さを持った朝の彼でもなかった。
いや、その凶暴な意識に飲まれかけているのか、クスリがまだ回ってないのか、苦しそうな表情で私を見つめる。
「おねぇ……ちゃ……」
「枸杞! 私がわかるのか! 枸杞!」
「う、う、うああああああああああああああああ!」
それは最早奇声。絶叫。咆哮。枸杞は今まで聞いたことのないほどの大きな声を上げ、私に向かって走ってくる。その拳は固く握られ、私に向かって振りかぶる。
だが動きは鈍い。見て後から動いて十分対処できる早さ。しかし真っ直ぐに私に拳を向ける。
「僕、僕は、もうあれがないとダメなんだ……! 今も、痛くて、痛くて……!」
「くっ……だったらそんな物さっさと脱げ! 私と一緒にここを出るのよ!」
「ダメだよ……だって……クスリが無いと、僕はもう……だから……!」
なん発かの攻撃を避けるも、突然鋭い拳は腹部に突き刺さる。直ぐに飛び退くも、息が切れる。鈍い痛みに体がふらついた。
「ごめんなさい。僕の為に……ここで死んで!」
地面を蹴り、急接近して飛び込んでくる枸杞。
私は、私はどうしたらいい……。
『好きに……生きろ』
脳裏に過ぎる声。
『生きろ』
父さん。私は……。
私は父さんの言葉に背いてコロナの後を追っている。けど、それも父さんの好きに生きろという言葉には従ってのこと。
そして私は、父さん、貴方の言葉の通りに、生きる。
目を見開き、銃を構える。だが枸杞は驚きもせず、戸惑いもしない。真っ直ぐ私に向かって、その拳を振りかぶる。
狙いを定め、私はTMPの引き金を絞った。
一発の銃弾が枸杞の耳の肉を吹き飛ばす。それに流石に怯み体勢を崩した枸杞の体に数発の弾丸が着弾。しかしそれは強化服に阻まれダメージには至らない。
走って接近。フォアグリップで顔面を殴りつける。強化服を纏った枸杞に有効打となるのは顔面への攻撃だけだ。
振りぬいた銃をそのまま振り上げるように再び顔面を殴りつける。よろける枸杞。
胸板を蹴っ飛ばし、地面に枸杞を仰向けに倒すと私は素早く馬乗りになってTMP二挺の銃口を遮蔽物に蹲る男と枸杞の顔面に向けた。
「私は、生きるわ。枸杞」
枸杞はよくみるとさっきよりも顔色が悪い。額には血管が浮かび、汗ばんでいる。だが、枸杞は笑っていた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
その声は、昨日の晩の時のように、静かで、優しい声。その声を聞いて、握っている銃が震えた。
「なんだ、枸杞……」
「僕、お姉ちゃんに助けられて、あれから考えてたんだ。それでね、僕にもできたんだ」
「……なにを? なにができたの?」
私の声も震えていた。枸杞の返事を聞いたら、私はきっと、この子を殺せない。でも、それでも聞きたかった。
枸杞ができたというものを。私と出会ってからできたというそれを。しかし枸杞の息は少しずつ浅くなっていくのが胸の動きで分かる。
一回の呼吸は浅く、だがその間隔が早くなっている。
「したい……こと。僕ね、お姉ちゃんと一緒に、旅したい。クスリに頼らずに、悪い人たちをやっつけて……僕みたいな人たちを、助けるんだ……」
「……ああ、行こう。一緒に。今からでも遅くない」
枸杞は私の返事に小さく笑う。でも、その小さな笑顔は固まったままだ。
「ありがとう……おねえ……ちゃ……」
目蓋を閉じた枸杞。
私はそっと立ち上がる。枸杞は、私がどいても、起き上がらない。
「どうした枸杞……ほら、一緒に行くんでしょう……? 自分で立たなきゃ……立って、歩かなきゃ……」
「……」
安らかな表情のまま、地面に横たわる枸杞。着ていた服から警告音のようなブザーが小さく鳴っている。そのブザーがなにを意味しているか、私には分かる。
軍用の強化服は装着者の心肺が停止すると人工筋肉形成機能が強制停止し、周囲に即時救命活動を要請する警告音が鳴る。
クスリでボロボロにされた体だ。どう見ても、手の施しようが無い。
体を締め付け苦痛を与えていた服から開放された枸杞を見下ろす。
私は歩き出す。
「ひぃ……く、来るな……来るんじゃねぇ!」
男は失禁しながら腰を抜かし、情けなくずりずりと地面を擦りながら後ずさる。だが無駄な行動だ。
一歩一歩確実に男を追い詰める。男が後ずさった跡が男の臭いしょんべんで滲む。それを避け、前へ進む。
TMPを一挺ホルスターに押し込み、右手で握りこぶしを作った。
「ま、待て! なにが必要だ!? 話し合おう! 本部に戻れば弾でも銃でもなんでも手に入る!」
「必要なものか。そうだな……」
私はそう言いながら男の胸倉を掴み、無理矢理体を起こすとその額を何度も何度も銃で殴りつける。
男はなんとか抵抗しようとするも、恐怖で力が入らないのか、私にとっては全くの無意味で、ただ私の気持ちが冷静になるまで、ひたすら男は私に殴られ続けた。
銃から伝わる鈍い殴打感が気持ち悪く、十発程殴りつけた辺りで両膝を銃で撃ち抜き、男を地面に投げ捨てる。
「い、命だけは、命だけはぁ!!」
男は命乞いをするが私はその声に応えない。倒れる男にマウントを取ると私は左手のTMPもホルスターにしまい、両手とも強く握り締め、男を軽蔑と殺意を込めて、殴った。
鼻が折れようと殴った。
歯が折れようと殴った。
額が割れようと殴った。
私の拳は怒りで痛みを忘れていた。
「
いつの間にか私の後ろに誰かが立っていた。だがその気配は全く私に敵意が無い。だから私は目の前の糞野郎を殴り続ける。
後ろの気配が笑う。
「お前に仲間も仕事も奪われて漸く自由になれるってんだ。誰が助けると思ってるんだ? え?」
「て、てめぇ! ゲフッ、ガハッ……」
何度殴っても私の気が晴れない。むしろ、どんどん私の中の黒いものが大きくなっていく気がして、それでも自分の拳を止める事はできなかった。
いつしか私は無表情のまま、涙を流しながら拳を振るっていた。
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