第21話 憎しみの拳:中編
なにがどうなってる。本当なら駆け寄りたいところではあったが、目の前の枸杞、と思われる少年の瞳がそうさせてくれない。
いや、そのショッキングピンクの髪と光の無い赤黒い瞳、そして左頬にできた火傷痕は間違いなく枸杞だ。
昨日夜を共にした人の顔を忘れるはずが無い。だが昨日一緒に過ごした中では一度も見せることの無かった"生気"がそこにはあった。
いや生気と言うよりもそれはいつか見たバヨネットのような戦闘に酔う狂気に近かった。
だがその殺意はバヨネットのような研ぎ澄まされた刃のような、身が震えるようなものではない。
それは今まで倒してきたブリガンドのような、無作為に振りかざす暴力的な荒々しいものだ。獣と形容してもおかしくはない。
「枸杞! いったいどうしたというんだ! お前はこんな……」
銃は下ろさない。しかし枸杞と戦えるはずが無い。
ジャッカーを置いてきて正解だったかもしれないと思った。
私に戦う意思が無くとも敵性勢力と認識したら誰だろうがあの高威力の砲撃で援護してくれるだろうが、枸杞を撃たせる訳にはいかない。
殺意が熱気として放たれているかのように枸杞の周りの景色が歪んで見える。じろり、と乾いた血のような瞳が私を見ると額に醜く皺を寄せて声を荒げる。
「ヒヒッ! テメェが誰だか知らないが、こっちは主人の命令でさぁ……死にな!」
言い終わらない内に枸杞はその凶悪な拳を私に打ちつけようと踏み込んでくる。その突進力に銃を握る手に力が入る。
それは防衛本能と言う他ない。命の危険を感じた時、私は反射的にそのトリガーを引き絞る。しかし咄嗟に銃口をずらし、致命傷は避けようとする。
「やめろ! 私がわからないのか!」
幾つかの銃声の合間に枸杞の拳が鼻先まで迫り、私は体を限界以上に仰け反らせる。
ブリッジ状態から前のめりになる枸杞の腹に蹴りを浴びせ、その反動を利用し枸杞の顎を蹴り上げて逆立ち状態になると片手で体を浮かせて飛び退きながら体勢を立て直す。
少しばかり枸杞は怯むも、割と本気で蹴りを入れたのにも関わらず、蹴られた顎をおさえながら笑っていた。
腹を蹴った時の感触が非常に硬く、だが嫌な弾力もあった。防弾効果もあり伸縮自在、そして衝撃にも強い繊維でできた旧文明の軍用強化服……。
アスファルトを砕き、風圧で衣服を切り刻む凶悪な身体能力を引き出せる代物なのか。
しかしなぜか一番最初に受けた攻撃より鋭さが無い。
さっきと同じ威力であったなら、当たりはしなかったとしても鼻先の肉が抉れてたかもしれない。
枸杞は口から血を瓦礫に吐き捨てると両腕で顔を守るような構えを取ると真っ直ぐと突進してくる。
着ている強化服の性能はわかった。だから、それを期待した上でできるだけ勢いを殺す為に枸杞に向かって銃を放つ。
「オレ様にそんなもの、効くと、思ったかぁ!!」
両腕にも銃弾は当たっただろう。だが怯みもせず腕を振って銃弾を払いのける。怯みはしなかったが私の目論見どおり、その突進力は僅かながらに下がっている。
私はフルオートで弾を吐き出し続ける銃の残弾数を発射し続けている間隔で把握している。素早く後ずさり、打ちつくしたところで空弾倉を枸杞の顔面に投げつけ、即座に次の弾倉を装填する。
新たな弾倉を装填し、発射すると同時に空いた手で自分の腰に手を伸ばす。
「お前にこれは使いたくなかったが……」
「全力出さないと、殺しちまうぜェ~? ヒャハハハハァ!」
正直強化服の性能は侮れない。だが所詮は基礎的な身体能力は子供だ。
凶悪な破壊力はあれど、その攻撃速度、距離の詰め方、攻撃の鋭さはバヨネットと比べれば大したことは無い。驚異的な防御力と速度、子供ゆえの小回りの利く動き、そして的の小ささが強み。
だがその特徴を把握した上で行動すれば……。
後ずさりしながら、軽く足で背後に砂埃を作る。
砂埃に背を向けたまま飛び、瓦礫の上へと着地する。蹴り上げた小石の反射音で瓦礫の位置と高さを把握して着地と同時に腰にしまっておいた物を下へ放る。
それと同時に予想通り、枸杞は砂埃の中を突っ切ってきた。
「後ろはもう壁だ。逃げられねえなぁ!」
「果たしてそうかな」
飛び掛る枸杞を見下ろし、私は飛ぶ。
「なにっ……テメェ! このオレ様を……!」
突き出す枸杞の拳の上を飛び、肩を足場に枸杞の背後へと飛び、大きく距離を取った。
枸杞は私が踏みつけた反動で高度が落ちて瓦礫の側面にへばりつく。そして、その瞬間だった。
ボンッ――!!
起きたのは小規模の爆発。といっても半径15mそこいらを爆発した際の容器の破片でズタズタにする簡易グレネードだ。
軍用のものじゃなく手作りの物が広く流通している。安くてもそれなりの殺傷能力はある。
火薬をケチってるので爆破範囲もそれなりだが、ピンポイントで使えば軽く数人の命は消し飛ばせる。
だが、枸杞は。私の予想通り、私の方に向いて立っていた。無傷ともいかなかったようだが……。
枸杞は相変わらず気味の悪い笑みを浮かべていたが、その額からは血が流れていた。
見た目には酷い出血に見えるが、傷は浅いのだろう。ゆっくりと此方に歩いてくる。服には傷一つ無い。なんて耐久性だ。
「テメェみたいな奴はじめてだぜ……このオレ様をてこずらせやがる……クククッ……うっ」
笑みを浮かべていたのもつかの間。枸杞は急に両手で頭をおさえて立ち止まる。
「どうした、枸杞?」
「いぎっ!? あ、ぐあぁ……!」
血と唾液が混じった液を口からぽたぽたと滴らせながらガチガチと歯を鳴らし、両手で頭を抱えていると思えばその場で膝を突く。
フー、フー、と言う荒い息遣いが遠くからでも聞こえてくる。
「も、もう、時間が……あがぁ!」
「おい、しっかりしろ枸杞!」
流石にこれは尋常じゃない状況であるのは明らかだ。ひび割れたアスファルトの上で小刻みに体を震わせ、ピンクの髪をゆらゆらと揺らす枸杞の姿は戦いとは違う恐怖を覚える。
いつか観た古いB級ホラーの幽霊のような、人間が普段しようとしてもできない様な小刻みな震え。
映像作品を何度も連続で一時停止と早送りを繰り返すような動き。それに一瞬の躊躇はあったが、それでも枸杞を心配する心が勝った。
私は枸杞のそばに駆け寄る。
「枸杞、どうした。私の声が聞こえるか!?」
声を聞いてか、枸杞は一瞬ぴくりと体の震えを止める。そしてゆっくりと頭を上げた。
それが、私が次に目覚める前見た最後の光景だった。
強烈な頭への衝撃。側頭部から入った痛みは頭部全体に広がり、私の視界は暗転した。
遠くへ消えていく足音が私の意識が遠くへ行ったのか、それともその足音の主が足早だったのか……。
――。
頬に冷たいものが当たる。
ぼやけた視界は相変わらず灰色で、すぐにここが天国なんかではないことは分かった。
まだ頭に鈍い痛みが残る。頭を上げると頭の中がぐらぐらする……。
気がつけば私はうつ伏せになって路上に倒れていた。どうやら殺されなかったらしい。何故だかは分からない……。
立ち上がる。
空を見上げると厚い雲に覆われていた。ぽつぽつと、雨ともいえない量の雫が空から断続的に落ちている。
気絶してどれだけ経ったのかわからない。だが日は沈んでいて、早朝から最短でも半日以上路上で倒れていたことになる。それに気付き、私は身の回りの装備を確認した。
なにも奪われていない。いや、一つだけ奪われたものがある。
「枸杞……」
私が出会った枸杞、対峙した枸杞。本当の顔はどっちなのだろう。
どちらにせよ、枸杞はブリガンドとなんらかの関わりがあったに違いない。
なぜ彼はあの強化服も着ずにあの焼けたヴィレッジに一人倒れていたのか。私にはわからない。けど、行かなければ。
顔についた砂を拭い、昨日の寝床に戻って荷物をまとめる。
枸杞達ブリガンドの連中を追うにしても、手がかりは無い。だが駅の奥から現れたのは覚えている。
駅の向こう、北の方は魔都の方角でもある。ならば北上するしかない。枸杞に出会えれば良し、会わずとも私の目的地に近づく。
駅の階段を上がり、火が消えかけた改札を横切り、反対側の出口から外へ出る。外はバスのロータリーだ。川崎駅ほどの広さは無いが、見渡しやすい広い空間だ。
世界崩壊時の爆風の影響か、ビル一階の店などにバスなどの大型車両が突っ込んであり。ガラスは悉く砕け散っている。
出入り口の側にある交番に入り、オフィス机の引き出しなどを物色して銃弾を幾つか見つけ、ポーチの中にねじ込む。
空気は湿っているが、本格的な雨になるかはわからない。じめじめした空気が体を重くさせる。
周囲に人影や動物の気配はない。北へと歩み始める。
******
ロータリーから少し狭い道路に入り歩いている時に私は地面にあるものを見つけ、しゃがみ込んだ。
「これは……血か」
それは地面に付着した血痕。それは少し距離を置いて道の先まで続いている点だった。色を見るに乾き始めている程度の血痕だ。
湿気で乾くのが遅くなっているにしても、最近できたものであろうと察することができた。この血は……。
「枸杞のか……?」
私は何とかその血の痕を追うが、その足はどうしても遅くなる。血痕が見つからないとその場で周囲を見渡す為に立ち止まった。
気がつけば周囲は夜の闇の中に溶けていた。胸に差していたL字ライトを使って地面を照らす。
段々と背の高い建物が少なくなってくると一軒家が増え始めた。といっても、どれも住めるような状態ではない。
屋根は崩れ、柱は折れ、壁は砕けている。餓死したのだろう肋骨が浮き出た痩せ細った人が横たわっている。
ヴィレッジの外でこんな光景はよく見るものだ。最初は驚いていたが、今ではその死体を見て安心する事もある。
死体が欠損していなければ、その周囲に獰猛な野生生物がいないことでもあるからだ。となれば、私の敵は一種類に絞れる。
少し坂道を進んだところで風の匂いが変わった。水っぽい匂い。
セメントで作られた簡単な階段を登るとそこは土手だった。川だ。
恐らく多摩川、川の向こうはかつての日本国首都、東京都だ。ここからでも巨大な城壁が夜の空に薄っすらと見える。
月光を川の波が照らすもその水面は暗い。それなりの深さはありそうだ。そして、川の対岸になにやら明かりが見えた。
明かりは一つ二つではない。神奈川と東京を繋ぐ大きな橋、その下になにかの集まりができているようだ。ヴィレッジが潰された者達のキャンプか、それとも、奴らか。
背を低くしてライフルのスコープで対岸の明かりを観察する。
……ブリガンドはパッと見た瞬間にブリガンドだと分かる。分かりやすくて助かる。
攻撃性を主張するかのような派手なペインティングに縄張りを主張する為にあちこちにスプレーでセンスの無いエンブレムを描き、同じマークの刺繍やバッヂを服の胸や背中にでかでかとつけている。
そんな手先が器用ならもっと他の所に活かせばいいものを……。
橋の柱に五芒星の形をした燕のようなエンブレムが描かれている。左右の角が翼、下の二つの角が燕尾、上の角が頭になっている図だ。
見たことの無いエンブレムであったが、この周辺で五芒星をあしらったエンブレムのブリガンド集団と言えば奴らしかない。ただの威嚇目的か、傘下の連中か。
どちらにしても橋を渡るならば連中は脅威だ。
人目のつかないところに突っ立っている見張りに向けて、一発撃ち込む。ヘッドに一撃、叫ぶことすら許さない。
それから歩哨を数人始末する。サプレッサーをつけた銃で間には川、発砲音が響く夜でもサプレッサーと水が殺してくれる。
橋を渡る際に橋の上にいる見張りも一発で始末すると背を低くして素早く移動をする。
まるで忍者のような動きだがヴィレッジの外で活動するならこの位できなくてはいけないと散々教わったことだ。今更ヘマする事はない。
滑り込むように死体の元まで行く。河川敷の真上。もう少しで橋を渡り切るといった地点だ。
倒れた死体から使えるものだけ物色する。
声がする。下から聞こえるその声は滑舌悪い男二人の会話のようだ。私はその場でうつ伏せになり、下の会話に耳をすませた。
「お前、あのガキどうした」
「枸杞か? 駅から戻ってきてからテントでガタガタ震えているぜ。一回裸で置いていかれたのが相当参ったんじゃねぇか?」
枸杞だと? やはり、ここにいるのか。それに駅に置いていったのはわざとか。
「駅に乗り込んで嬉々として連中を皆殺しにしやがった癖に急に我に返って泣き出すんだからなぁ。テメェがやったくせによぉ」
「クスリでぶっ飛んでる間は手がつけられねえが、切れちまったらただのガキだかんなぁ!」
クスリ……。枸杞はこいつらに薬漬けにされているのか。子供の体になんて事を。ゲスどもが……。
全身に冷たいものが走る。それは寒気。怒りによって体温が上昇し、外気との温度差で皮膚表面が寒いと認識したのだろう。
そこまで私は全身から怒りと言う感情を露にしていたが、私はグッとこらえ、雑談に耳を傾ける。
足音がしない辺り、立ち止まってるかなにかに座っているかで談笑しているんだろうが、談笑する内容にしては最悪の趣味だ。
「急に痛い痛いとか言って泣き叫びだした時に、ボスがうるせえってブチ切れてスーツ脱がしてぶん殴ったんだよな」
「アレばかりは理不尽だと思ったがな。ヤク漬けにしたのもスーツ着せたのもボスの指示なのによぉ」
「ヤクを与えれば俺達からヤクを貰えないと生きられねぇ、あの服で強化しても手綱を握って逃げなくさせるってんだから血も涙もねぇお方だぜ……」
そこまで聞いた時。私の体は自然に動いていた。
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