第20話 憎しみの拳:前編

 体が重く感じる程荷物を持って移動すること自体は珍しくはない。と言っても野外で夜をしのぐ為の道具や衣料品くらいだ。

 非常食は少し。食料は現地調達で何とかする。戦闘に支障をきたすほどの重装備をするのは素人のやることだ。

 武器はそれなりに揃えた。手足のように扱えるとはいえ、TMPの有効射程距離は長くは無い。近接戦闘向きだ。

 狙撃用にと川崎ヴィレッジの倉庫から拝借したボルトアクションライフルを一丁。

 国産の狙撃銃でバレル以外のパーツがスマートな造形で無駄の無く作られているがバレルがブルバレルで結構な重量がある。

 ストックが肉抜きされているが軽量化されているのかと思えば気持ち程度の効果だ。

 レールとシャシーがついているので追加オプションの自由度が高かったが光学照準器とバイポットだけのシンプルなものにした。

 というより倉庫に着いたときには他の武器やオプションは持ち出されていたので選択肢は無かった。

 ヴィレッジの備品だったからか拝借する時には十分に手入れが行き届いていた。TMPと弾を共存させない為に持つ弾の種類は増えたが、同時に弾切れにならない所が良い所。

 銃器以外にもナイフやグレネード、瓦礫除去用にダイナマイトも用意した。

 ダイナマイトは別に瓦礫除去以外にも魔都にいるとされるミュータントにも有効、だと良いな。

 爆薬で吹き飛ばない相手にそもそも銃器が有効とは思えないので効かないならそれまでだ。


 マスク無しでも不自由なく活動ができるからマスクをつけている感覚が嫌で、結局砂嵐等の肺を傷つける恐れがある様な環境にでも入らない限り外している。

 どうせ、一々注意する奴などいない。

 ……理緒がついて来てたら、目くじら立てて怒っていただろうか。


 横浜から出て数日。私は川崎市に入り、中原の地に足を踏み入れていた。

 この地には小杉ヴィレッジと言う地上の小規模集落がある。

 キャラバン隊の中継地点として重要視されており、規模は小さいがその分住民の団結力が強く、駅構内に施設の全てを有しており非常に強固な防衛力を持っている。

 数少ない地上の駅で独立した発電施設があり、それがヴィレッジとして機能する重要な要素でもある。

 川崎ヴィレッジが襲われた時には応援に来れなかったのかと一瞬思ったが、少数精鋭のヴィレッジから人員を割けば、それは小杉ヴィレッジが第二の川崎ヴィレッジになる可能性もありえたのだ。

 自分達の拠点を守りを捨ててまで私達を助ける事はできないだろう。


 生きている間には、常に取捨選択が強いられる。分かっているつもりだ。けど、私はこのまま小杉ヴィレッジに行って平気な顔でいられるだろうか。

 別に無視して真っ直ぐ魔都に向かう選択肢もある。

 だが、補給できる場所をわざわざ何もせず通り抜けるのはいかがなものか。

 手持ちの弾は余裕があれど、弾丸は食べれないし、傷を癒す事もできない。

 なるべく歩ける道を通って進むようにしているが回り道が出来ない瓦礫は越えていくしかない。そうなると細かい怪我もする。

 自分の赤い血を見る度に、自分の生を確かめる。

 真っ直ぐ伸びたアスファルト。ひび割れ、車両が多く放置されたこの道も、昔は多くの人が行き来し国の血管として機能していたのだろう。

 今この血管を進む私は赤血球か白血球か……。




 彩度の低い無機質な世界をただ独りで進む。何も考えないようにしたいがそれにしては静か過ぎた。

 ……臭い。もう直ぐヴィレッジに着くかと思ったが空気の中になにか異臭を感じ取る。極々僅かな臭い。

 辺りを見渡すが、周囲は色あせた看板や車、灰色のビル。臭いの元になりそうな物は見当たらない。空は相変わらず曇っている。

 歩みを止めずに警戒する。


「まずい。この臭いは……」


 それの正体に気づいた時私は既に走り出していた。

 この臭いは、何かが焼ける臭い。焦げ臭さだ。空気に混じって微かに感じた臭さ。

 普段なら直ぐに離れる所ではあるが、臭いの先にあるものが今から向かう所であるならば避けては通れない。

 走っていると廃墟の向こうに大きなビルが見えてきた。

 駅と繋がっているビルであれが見えれば直ぐそこだ。


 走りながらTMPをホルスターから引き抜くと直ぐに旧武蔵小杉駅、小杉ヴィレッジが見えた。だが、私が以前見た時とその様相は変わり果てていた。

 ヴィレッジ入り口である狭いエスカレーターの方へ向かう。

 警察組織が使っていたエンブレムがプリントされたバリケードが見える。

 そこに本来出入りを監視する警備隊員がいる筈だけど、やはりその姿は見えない。

 ここまで来ると既に焦げ臭さは悪臭といって良い程で思わずマスクを装着する。


「うっ、これは」


 バリケードの影に警備員らしき服装の男が倒れている。

 しかし、死に方が異常だ。近寄って見ると腹部に大きな穴が開いていて、それが原因で死んでしまったようなのだが、その大きさがサッカーボール程の大きさで大口径の銃でもこうはならない。

 対物ライフルではありえるかもしれないが、そこまでの威力だと人体が千切れ飛んでしまうだろう。

 地面にぶちまけられるように広がる血痕はまだ乾いているが乾ききっていないのか少し粘り気を感じた。

 穴は貫通している。穴が大きすぎて脇の皮で何とか上半身と下半身が繋がっている様な状態だ。

 見たことの無い死体に思わず吐き気がする。

 なんとかこみ上げるものを押さえ込み、銃を構えながらゆっくりと止まったエスカレーターを上がっていく。


 上がるとそこは最近見た光景に似たものが広がっていた。違う所があるなら火の手が上がっている事だろう。

 ヴィレッジ住民が暮らす改札口周辺は血の海と死体の山が出来上がっていた。


「なんて事……。皆殺しにしたのか。……誰か! 誰かいないの!?」


 大声で生存者がいないか呼びかける。だが、返事は無い。

 住民らしき死体の中に場違いな死体を見つける。体中が汚れた武器を持ったままの死体。

 ブリガンドだ。ブリガンドの襲撃に合い小杉ヴィレッジはやられてしまった様だ。

 眉間に皺が寄る。奪うものだけ奪って、破壊の限りを尽くすやり方。許せない……。

 死体を漁り使えそうな弾を頂戴する。死んだら必要ないだろう。


 まだパチパチと小さな火が出ているのを見るに、ごく最近襲われたのだろう。外の警備だけ最近死んだという訳ではなさそうだ。


「生きてる人がいたら返事して! ブリガンドじゃないわ!」


 何度か声を上げるもやはり返事は無い。

 最早諦めかけていたがその時、私の耳は僅かな物音を聞き逃さなかった。


 ズリッ――。


 何かが床を這う様な音だ。怪我人かもしれない。音のする方に反射的に振り向いていた私は直ぐにその方向へ駆け出す。

 改札を抜けて辺りを見渡すと売店の隅で倒れている小さな影を見逃さなかった。


「おい、生きているか?」

「……」


 影の主は子供だった。直ぐに音の主だと思ったのは本人が目の前で動いていたわけではない。

 その周りとは明らかに違う姿に思わず目が留まってしまい、勘で声をかけてしまったに過ぎない。

 服を一切着ていない子供だ。それだけではない、目が痛くなるほどにキツいピンク色に髪を染めているその少年は意識が無いものの、まだ死んではいないようだ。

 だが顔色が悪く、頬に酷い火傷が刻まれたその子供を抱え上げる。

 まずありえないと思うが、ブリガンドが再びやってくるかもしれない。この子を連れて、とりあえずここから出よう。




 近くのビル内部は商業施設で多くの店を出す為に細かく区画分けされ、天井が落ちていたりと入り組んでいる。

 そこまで子供を抱きかかえて移動すると直ぐにまた駅の方へ引き返す。

 流石に全裸のままでは夜になったら風邪をひいてしまうだろう。それに、目のやり場に困る。

 抱きかかえた時に何となく身の丈は把握していたので申し訳ないと思いつつも、死んだ子供から服を頂戴する。


「……ごめんね」


 服を頂戴し、子供の前で黙祷を捧げると私は踵を返し足早にまたビルの方へと戻っていった。

 皮肉にも火種が近くにある。ビル内で火を起こせば外部にそこまで明かりは見えないので、隠れながら一夜を過ごすにも、仮に襲われて防衛するにも手持ちの武器的には有利、今夜はここで一夜を過ごそう。

 案の定ヴィレッジ内の物資は持ち出されていた。十中八九ブリガンドの仕業だろう。

 仕方ないのでここに来るまでに狩っていた野犬の肉を夕飯にする事にした。既に細かく捌いているので後は塩をかけて焼くだけだ。

 本当は犬を食すというのには抵抗があるが、自分が生きる為には仕方が無い。別に今日が初めてのでもない。


 ビルの奥までは光が入らない。胸ポケットに入れたL字状のライトを点ける。

 完全に真っ暗になった辺りに子供を私の外套の上に寝かせていた筈だ。

 そうこうしている内にその場所まで着くと子供は既に目を覚ましていた。

 ライトで私に気づいたらしく此方を見ている。そのこげ茶に少し赤みがかった瞳は半開きでどこか虚ろだ。

 しかし、無気力そうな表情とは裏腹に体が小刻みに震えていた。怯えているのだろう。

 あんな目にあったのだから仕方が無い。私は刺激しないようにゆっくりと歩み寄る。


「大丈夫よ。貴方を傷つけたりしないわ」

「う、う……」


 言葉が喋れない、という訳ではないようだけど。どうも体の震えがおかしい。単に怯えているとか寒がっているとも違うような……。

 とにかくある程度近寄るとその辺の手ごろな椅子を持ってきて腰掛けた。


「ほら、これ着れる?」


 折りたたんだ服を渡す。子供は差し出された服をまるで初めて見る物の様に訝しげに見つめる。

 流石に服を見た事無いとは思えないのだが、まだ私を信用していないのかもしれない。

 仕方なく服を床に置くと私はささっと食事の準備を始めた。




 コンクリートの塊をいくつか円になる様に積み、外の植木から幾つか枝を頂戴して火を起こし、肉を串に刺して焼くだけの簡単な作業だ。

 予め塩を擦り込んでおいた肉を火にかける。

 火を眺めていると視界の隅で子供が動いたのが見えた。

 腰が抜けたような姿勢で固まっていたのが、今は子犬みたいに四つん這いで私が用意した服を眺めている。


「風邪ひいちゃうわよ。それ着ちゃいな」

「う……」


 恐る恐る服を手に取った子供は俯いて服を両手で強く握り締めた。そして本当に小さな声でありがとうと言うとそそくさと着替え始めたのを見て私は漸く安堵した。


 焼いた肉を差し出すと少年は最初は戸惑っていたが直ぐに物凄い勢いで肉に齧りついた。相当お腹が空いていたのだろう。

 今の時代、子供も大人も皆飢えで苦しんでいる。少しマシかどうかだけで、本当に満腹になれる人間なんて殆どいない。

 大きなヴィレッジに住んでいてたまに忘れかける感覚。でもこうして外で暮らすと現実を知る。

 少しだけ血色が良くなってきた子供の顔を見て理緒の顔を重ねてしまう。


「あ、あの」

「ん?」

「ありがとう……」


 思ったより礼儀正しく礼を述べられて少し驚いた。ヴィレッジの子供だろうと思うからそれなりに勉強もしているのだと思っていたけど、感謝の気持ちを伝えるという事を教えて貰った子なのか。


「何が起こったか覚えてる?」

「いえ……僕は……」


 相当強いショックを受けたのだろう。可愛そうに。何が起きたか聞き出そうと思ったが思い出させるには酷か。

 教えてもらわなくても、あの惨状を見れば察しはつく事でもある。


「無理しなくて良いよ。私はステアー。君、名前は?」

「え、あ、クコ……枸杞って呼ばれてました」


 呼ばれていたと言うのはちょっと気になる話し方だが今は気にしないで置こう。私は枸杞の前に右手を差し出した。


「よろしくね枸杞」

「はい……」


 握手を返してくる手は少し冷たかった。それにやはり少し震えている様に感じる。寒がりなのだろうか。


「あの……」

「どうしたの?」


 枸杞は緊張しているのか萎縮しているのか、中々言葉を発そうとしない。しかしそのおどおどした姿を見ると急かすのも気が引けるものだ。

 私は枸杞の言葉をゆっくり待つ。その間に火が弱まらないように少し風を送ったり、薪を足していく。

 外は夜になったようで、光は元から入ってこないが冷たい空気が吹き込んでくる。廃墟を吹き抜ける風の音はまるで何かの泣き声のよう。


「どうして、助けてくれたの?」

「え、それは……」


 理緒と重なったと言っても分からないだろうし言いにくいし、それに生きている人間が死に掛けていたら助けたいと思うのが私の心のあり方。

 だけどそれを言っても今までの中々理解を示してくれた人を見たことが無い。皆、自分の事で精一杯だから。

 私はなんて言っていいのか分からず、しばしの間、枸杞の顔を見たまま固まっていた。

 結局こうなるのであれば理緒を連れて来てもそう変わらなかっただろうか……。そう思うと申し訳なくなるが、でもこうなる事を予測できたはずも無い。

 それに、横浜ヴィレッジは神奈川のヴィレッジの中でも最大の規模と防衛力がある。

 そこでならどこよりも安全な筈で、平和に生きるにはそこで暮らしていた方が良いんだ……。


「どうしたの……?」

「あ、いや、ごめん。そうだね、それは私がそうしたいと思ったから、かな」

「そうしたい……?」


 変わらずぼんやりした表情で首をかしげる。その姿はまるで小動物みたいだ。

 怠そうな表情なのにきょとんとした顔つきになる器用な事をしてみせる。

 新しい肉をまた焼き始めて、その焼き色を見つつ考える。


「したい事。あるでしょう? 私は今肉が食べたい。さっきは枸杞を助けたい。それだけ」

「ご飯食べるのと同列……」

「そう。それくらい"普通"にそうしたいと思ったの。枸杞も何かしたいって思ったりするでしょう?」


 そう言うと、枸杞は途端に表情を暗くすると膝を抱いて顔を俯かせてしまう。私の回答が不快だったのだろうか。

 理緒もそうだが私はどうも男の子と言う生き物の扱いは苦手らしい。しかしこのままでいるのも居心地悪い。


「ごめん。枸杞の事を助けようとしたのは、自分が生きる事と同じくらい大事って事を言いたかっただけで……」

「そんな、僕なんて……そんな価値、無いよ」


 自分に価値が無い。どういう生き方を今までしてきたか分からないが十歳そこいらの子供が口にする言葉にしては重すぎる言葉だ。

 この世に価値の無い命は無い。そう信じたい。他人の命をスナック感覚で奪うような連中はその限りではないけど。

 少なくともまだ人生がこれからって子供に無価値なんて事はない。私は反射的にそんな事ない、と言おうとした。

 けど、俯くのをやめてくれた枸杞の瞳は一層その淀みを増していて、焚き火によって照らされているにも関わらず、その瞳に光が宿っていなかった。

 それを見て私は言葉を飲み込んでしまう。


「私は朝になったら東京の方へ向かうわ。人のいるヴィレッジまで、一緒に行きましょう」

「僕も、一緒に?」

「そうよ。こんな所で一人でいたら危ないわ。ほら、これを食べたらもうお休み」


 串に刺した焼肉を枸杞に譲る。それをおずおずと受け取り、手に持った所を確認したら私は狙撃銃を抱きかかえるようにして少し前かがみに座りなおす。

 外套は元々野宿での毛布代わりに使っていたが、今夜は枸杞に譲り私は椅子に腰掛けたまま目蓋を閉じた。


 眠りに意識を沈めるその時、遠くで小さく、おやすみなさいと言う声がした……。



******



「枸杞……? 枸杞!」


 翌朝。枸杞の姿が無かった。寝坊したつもりはない。

 早朝で日が昇ったばかりの白い光が僅かに遠くに見える。空気もまだ冷たい。

 外套もそのままに枸杞の姿だけが忽然と消えていた。

 床に広げられた外套を身に纏い外に飛び出す。


 外に出ると益々夜風の余韻残る朝の冷たい空気が肌に刺さる。

 一人でそう遠くには行けないと思うのだが、一体なにを思って一人でどこかに行ってしまったのかわからない。

 少なくとも誘拐ではない。そうなら私は寝ている内に殺されていた筈だ。

 だとしたら一人で私を起こさずに去ったと考えるのが自然だ。


「くっ……一体どこに」

「いたぞ! 女だ!」


 枸杞のものではない汚い声に私は反射的にTMPを抜いて声の方へ向く。

 ブリガンドだ。銃を構え始めている男に私はそれより早く銃を構えて引き金を絞る。銃声が交差するも私の弾丸が一方的に男のあぎとに穴を開ける。

 クソッ。ブリガンドが戻ってきたのか。枸杞が心配だ。


「あの女だ! 殺っちまえ!!」


 腕を上げて合図するブリガンドを視界に捕らえ、直ぐに銃口を向ける。

 男も応戦しようとこちらに銃を向けるがその男からではない、別の方向から明らかな殺意と聞いた事の無い音を耳にする。

 ゴウ、ゴウ、と言う強い風の音にも似た音だ。そしてその音は確実に凄まじい速度で近づいてくる。


 ……上か!

 私は慌てて後ろに飛び退くと、その瞬間に目の前の地面が凄まじい轟音と共に砕け散る。アスファルトだぞ。そんなものを吹き飛ばすその威力に私は流石に驚いてしまう。

 目の前には川崎のあの機関銃持ちが着ていた様な全身を光沢のある黒い人物が立っていた。

 違う所は幾つかあれど黒く中身が見えない大きなヘルメットと筋肉質で体のラインがくっきり見えるボディスーツの様な姿。

 その盛り上がった筋肉と局部の膨らみから間違いなく男であるのだが非常に小柄だ。

 地面を砕いたのは右手に装着されたメリケンサックのようなグローブだ。パンチで地面を割ったのか……!?


「チッ……! この……!」


 その姿から川崎の戦闘を思い出し、自然に銃を握る手が力む。

 至近距離で発砲。するも目の前のボディスーツの男は弾が見えているかのように体を高速で揺らしながら弾を避けて一瞬で私の懐に潜り込む。バヨネットと言いデタラメ過ぎる!

 とてつもない威力の拳を叩き込んでくるも間一髪で避けて再び距離を取る。

 その際に先ほどのブリガンドの眉間に数発程弾丸をぶち込んでおくと前の男は気味の悪い声でケタケタと笑い出した。

 仲間が殺されて笑っているのか、コイツ……。


「ヒヒヒッ……死ねェ!!」


 篭った声は変声器を通しているのか無機質でその発言と相まって狂気じみており生理的嫌悪を与えてくる。

 再び腰を落としてその凶悪な拳を私に向けてくる。一発でも食らえばゲームオーバーだ。直ぐに回避の姿勢に入る。


「……ッ!」


 足に力を入れて気づく。痛い。脇腹に痛みが走る。

 確実に避けたはずなのに脇腹に切り傷が出来ていた。風圧だけでこの威力。間違いなくこれは食らってはいけない。そして分かった。

 小杉ヴィレッジの警備員を殺した凶器、それはこの拳で恐らくコイツが犯人だ。

 痛みに一瞬怯むがその一瞬で男は目の前に突進してくる。私はその場でマガジンを使い果たす勢いで引き金を引き絞った。


「TMPの至近距離フルオートだ。味わえクソ野郎!!」


 長く続く銃声の後。男は流石にその突進力を失ってその場に膝をつく。

 しかし、何ということだ。血が流れていない。防弾効果もあるのか。

 だがヘルメットは割ってやった。ヘルメットの割れた部分を押さえる男に私は銃口を向ける。


「あの世でヴィレッジの連中に詫びな」

「ククッ……」


 まだ薄ら寒い笑い声を上げる男は立ち上がって私を見据える。ヘルメットを投げ捨てて男はニタニタと笑みを向けていた。ピンク色の髪を風に靡かせて。


「そんな……。どうして……」


 黒いボディスーツを着た枸杞は邪悪な表情で私を見据える。その瞳は赤く、そして黒かった。

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