第18話 居場所を探して:中編
素早い手つきでジャッカーを分解し、見たこともない部品をまるで何度も遊んだパズルのようにするすると組みなおして一時間もしない内に元の形に組みなおしてしまった。
その間終始無言でいたコロナの顔は真剣そのもので、それが修理に対する本気であり私に対する敵意の無さを表していた。
……少しは話を聞いても良いかもしれない。
「はい。終わり。壊れたパーツは無いけど衝撃で中身のパーツの接続部が取れてただけだったよ。やっぱ古い物だから仕方ないね」
「ありがとう。そういえば貴方、どこから来たっていってたかしら?」
「やっと話を聞く気になってくれたね。ボクは、東京から来たんだ」
東京。今はあまりの大気汚染や未知の生命体が跋扈して人間が入ることすらできないと言われており魔都と呼ばれている地域だ。
厳密には東京と呼ばれた地域は東西に伸びた土地で、一般的に東京と言われると東側の都心一帯を指す。
魔都はその東側の集中的に開発が行われ都心の中でもより発展が進んでいた地域だ。入った者が誰一人として無事に帰ってきたことはないと言われる正に魔境と呼べる場所に成り果てていると聞いた。
流石にそんな場所から来たわけはないと思うけれど、東京という単語から魔都を連想してしまうのはネガティブな印象が強くあるからだろう。
しかし魔都でないにしろその周辺だって安全な場所ではないはずだ。
そんな場所から少年一人が手ぶらで横浜まで?
「どうして私を探していたの?」
「君はボクが生まれる前、ボクの組織で新人類を生み出す研究をしていた時の試作品、プロトタイプだったのさ」
再び少し早口で語り始めるコロナ。でもそれを妨げることは今はしない。
組織? 新人類? 子供の考えるごっこ遊びの設定を聞かされているようで現実味が無い。
しかし自分から話を聞いておいて大真面目に語るコロナの話をウソつけと一蹴するにはまだ早い。
私は続けて、という意味を込めて一度相槌して見せた。それにコロナも頷いて返す。
「それを知ってボクは勝手だけどステアーに関心を持った。けどそのステアーは生まれて直ぐに研究員の裏切りにあって誘拐されたっていうじゃないか。ボクは君の遺伝子情報を読み取り、現在の姿をシミュレーションしてステアーを探すことにしたのさ」
「……関心を持っただけでわざわざ東京から私を探しに飛び出してきたわけ?」
「話せば長くなる。けど今のボクや、組織、そして未来の人類には君の存在が必要なんだ」
そう言うとコロナは真剣な眼差しで私に歩み寄り、そして手をとって顔を寄せる。
私がよくわからない研究によって生まれたと言ってその次は未来の人類ときた。
普通なら、ここらへんで私をからかう気なら時間の無駄だと言う所だが、そんな気分になれなかった。
ただの嘘の為に新品同様の服を着込み、邪魔という理由で見ず知らずの人間を殺したりしないだろうし、その殺し方だって手が込みすぎている。
そもそもコロナのその目の色髪の色は生来の物だろう。髪の色は腕のいい理髪師にでも頼めば再現できそうだが目の色を染めるなんて話は聞いたことがない。
ドラッグのやりすぎて変色したというのは聞いたことがあるが、目の前にいる知性溢れる顔つきでしっかりと会話が成り立つ少年がヤク中とは考えにくい。
「ステアー、あなたに東京に来て欲しい」
「その前に聞きたいことがあるわ」
「なんでも答えるよ。ボクの知る範囲なら」
即答するコロナ。私はそれに甘えて直球の質問をする事にした。
「なぜ裏切りが発生したの?」
そう、恐らくその裏切り者と言うのは私を川崎に捨てた人間だ。そしてそれは南部が知る人物で、もしかしたら私の本当の……。
「古い考えに縛られていたのさ」
冷淡な声が私の思考を遮る。
重く、それでいて話題の人間に対する軽蔑を込めた低い声。
部屋の中に静寂が広がる。コロナはその静寂を引き裂き言葉を並べる。
「遺伝子操作、人の手による人の創造、それは危険だ冒涜だと言い出す遠い昔の倫理観を引き摺った馬鹿な人間共さ。その古い考えが世紀末から人間の再興と進化を止めた。そして組織から抜け出して過酷な現実に直視してなにも生産することなく無駄死にした。裏切りの代償にしては惨めな死に方だったろうね」
そう吐き捨てるコロナに私は思わずこぶしが震えた。
「私には崇高な思想なんかも、価値観なんかもわからないわ。でも、その人はきっと赤ん坊を道具みたいに扱いたくなかったんじゃないかしら」
「その自分勝手な甘さが人類全体の進化を遅らせてきたんだよ。臆病者一人の馬鹿な行動が、人類再興を遅らせるんだ」
「……!」
私は思わずコロナの胸倉を掴んでいた。
顔も見たことはないけど、それでも自分の親かもしれない人と、南部の死に様が浮かんでそれを臆病者、惨めな死などと言われた気がして、私は自分が思っている以上に怒りを湧き上がらせていた。
「人類の為とか、傲慢よ。そんなものの為に人が犠牲になって、それであんた達組織は……!」
「放してよ」
冷たく言い放つコロナの目を見て私は怒りとは別の感情で震えた。
奈落を覗く様なその暗い瞳に怯んでしまい、私は力無く手を離すしかなかった。
「地上の価値観に毒されているのは覚悟してたよ。でもあなたには変わって貰わないといけない……」
先に東京に戻っている。そう呟くと、短パンのポケットから幾らかの軍用弾丸を私の手首を掴み、私の手に無理やり握らせる。
そしてぐいっと顔を近づけて耳元に口を近づける。
「君は戻ってくるしか無いんだよ」
そう囁いて、コロナは静かに部屋の扉の向こうへと消えていった。
立ち去ったコロナに苛立ちを覚えるも、ふとテーブルに置かれた眼鏡に気付く。コロナの物だ。
手に取ってさっきの言葉を思い出す。こんなもの、部屋に置いておきたくもない。
戻ってこられても嫌だし急ぎ扉を開けた。
……すでにコロナの姿はない。
慌てて階段を駆け下り、ビルの外に出る。しかし、コロナの姿は無い。
しかし、なにやら視線を感じる。
これは最近感じた視線だ。周囲を見渡すと雑踏の中に見える顔、顔、顔。
おじさんの店の前で因縁をつけてきた住人たちと同じ、憎しみに似た感情。
鋭い視線に、ナイフで刺されたような感覚に胸が痛くなる。私は反射的に踵を返してしまった。
さっき下った階段をまた直ぐに上がるもその足取りは下った時より重い。結局直ぐに部屋に引き返してしまった。
コロナの言葉を思い出す。ずっと仲間内で引きこもっていた組織。
脱走した研究員を知っていたかもしれない南部。
南部ももしかしたら組織の人間で、組織から先に抜けていたから、行っている研究を知っていたから、コロナの事を知りつつ、私にあんな遺言を残しなのかもしれない。
ソファに腰を落とし、自分の銃を見つめる。
気付いてしまった。
おじさんの言葉が浮かんだ。南部は当たり前の事を真面目に話す、と。
きっと、長い年月を地下世界で暮らしてきた為に当たり前の事ではなかったのだ。つまり、南部はやっぱり……。
私は慌てて立ち上がる。そしてコロナの眼鏡を手に取った。
「これは!」
眼鏡を眺めると度が入っておらず、その割りにレンズが分厚い事に違和感を感じ、弄っているとレンズに幾つかの円と緑色の点滅する光が映し出された。
驚いた。これは、レーダーだ!
「あいつ、わざと置いて……!」
部屋に残された黒縁の眼鏡。レンズ中央に白い点が映り、そこから薄緑色の波紋が広がると不思議な図面が浮かび上がる。
それを眺めているとその形状が何かの位置を示してる事がわかる。
レンズの端には緑の点が表示され、その点までの距離が細かく記されていた。それが恐らくコロナであり、点は徐々に遠くへ離れていくのが分かった。
眼鏡を様々な角度から観察する。するとアンダーリムの下部に小さなボタンがあり、触れてみるとレンズに表示された地図の倍率が変わった。
三段階で切り替えが出来て、最も拡大された状態で放置されていたようだった。その最も拡大されたマップを見て私は驚いた。
最初に浮かび上がった図面で何か違和感があったのだが、これは紛れも無く私の部屋の間取りだ。
どうやってこの部屋の間取りを知ったのかと思っていたが更に私を驚かせたのは、眼鏡を持って部屋をうろつくと部屋の外の廊下や隣の部屋の間取りまで表示されたのだ。
恐らく何らかの機械が入っていて、周囲の障害物を探知してマップを作成する仕組みなのだろう。
川崎の探索隊にも似た装備はあったが、ここまで小型化されたものは見たことがなかった。
謎の狙撃、そして想像を絶する技術力、子供ですら機械を弄りまわせる教育水準の高さ。
コロナの言う組織は本当に存在し、それは私の予想の遥か上を行くような組織なのだろう……。
すべてを鵜呑みにするのは早計な気がするが、私の出自の真意は置いておいたとしても私の境遇を知っていたのは確かだ。
私は、私がなんであるのか知りたい。でも、南部の言葉が気がかりでどうしたらいいか分からなくなっていた。
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