第2章 魔都への道

第17話 居場所を探して:前編

 日の差し加減のせいだろうか。まるで心がその小さな体に収まっていないかの様にその瞳には光が無く、しかしその目はジッと私を見つめる。

 今まで理緒やそれ以外にも川崎では色んな年下の子の面倒を見てきたこともあるが、こんな目をした子供なんて見たことが無い。

 全てを見透かし、そして絶望にも似た達観の目だ。


「どうしたの。折角助けてあげたのにそんな疑う様な目で見て」


 ほんの少しだけ口早で特徴的な話し方だ。

 他人に言葉を遮らせないと言う無意識が働いているのだろうか。

 正直あんな男たちが束になろうと全員倒す事はできただろうと思う。

 助けてもらったのを余計なお世話だと突き放すような事は誰に対しても失礼だと思うけど、これはやりすぎだ。

 どんな難癖つけられても殴って黙らせればいいくらいに考えていただけに地面に横たわる死体に動揺してしまった。

 それに何が起きてこんなことが? どこからか狙撃されたにしても、ここはヴィレッジの吹き溜まり。

 駅ビルの方にいる警備隊員の目から隠れた場所で回りは廃車の山と入ることができない廃ビルに囲まれている。

 閉所で私が気付けない距離で狙撃を行うスポットなんて無い。

 それに、どうやって狙撃の合図を出したというのだ。


「一体、どうやって……」


 ついで出た言葉にコロナがニヤッと笑みを向けた。知りたいの? と言いたげな子供が隠しているものを見せびらかしたいけど堪えているような態度だ。

 ただその笑顔は子供にしては濁っているし、隠しているものはついさっき人間を殺した手品のトリックだ。


「気になる?」

「あ、ああ……」


 フッと鼻で笑うコロナは余裕たっぷりの表情で自身の人差し指を自分の口元に当てて、内緒っと声色も軽く答える。

 そんな姿に呆気にとられていると、また少しだけ早口な口調で言葉が撃ち出される。


「まぁいずれ教えるさ。ステアー、君がボクと共に来てくれるのならね。君とボクは選ばれし存在なんだよ。新たな人類としてね。今は疑っても構わない。けどボクに今は身を委ねて欲しい。ボクには地下に引きこもっている様な無能達ではなく君が必要なんだ。悪い様には……」

「待て待て。まずいきなり目の前で人殺しておいて黙ってついて来いって、従うと思っているの? それにね……」


 私は最初から気になっていた、と言うよりも気に入らなかった事に対していい加減我慢できなくなっていた。

 話を遮られ少し不満げなコロナの頭へ軽くげんこつを落とす。少し痛みを感じる程度に、素早く。


「痛っ! いきなり何を……」

「年上のお姉さんを君呼ばわりは無いんじゃない? どういう教育を受けてきたか知らないけど、私は他人の子供でも容赦しないわよ」


 ハッキリと相手に言葉を染み込ませるようにゆっくり丁寧にそう言って、殴った頭を今度は謝罪の意味を込めて撫でる。

 そんな私をコロナは呆然と見つめる。本当にその表情は呆けた、顔の筋肉の力が抜けているように見える。

 しばらく呆然と私の顔を見たまま固まっているので流石に居心地が悪くなる。


「なんとか言ったらどう?」

「え、あ、ご、ごめんな……さい」


 早口ではあったけど顔を赤くして謝るコロナの瞳には光が宿っていたように見えた。ようやく歳相応の態度を示したところだが油断できない。

 父の言葉があるからだ。あの時いったい何をいっているのか分からなかったが、今なら分かる。

 恐らく、父がなんらかの理由で警戒していた存在である少年とはこの子の事だろう。

 子供とはいえ、いや、子供だから持つ純粋な残虐性は正直多くの命を奪ってきた私でも動揺してしまう。こんな子に出会うのは初めてだったからだ。

 ヴィレッジの中ではどんな子供も育ちが悪くても少しやんちゃなクソガキで済まされる程度のイタズラをする子ぐらいしか見た事がなかった。

 私もまだ一九になったばかりで少し前まではガキ扱いだったな……。


「さっきまで偉そうだった割りに随分聞き分けがいいのね。ま、いいわ。行くわよ」

「行く? 一緒に来てくれるの?」

「なに勘違いしてるの。はいそうですかって着いて行くかっての」


 こんなところで話し込んでいたら鼻が曲がりそうだ。それに、まだこいつを信用したわけじゃない。

 自分がいつでも殺されるかもしれない場所で話し合いなんてしたくない。

 狙撃手が仮にいるとするなら狙撃できない場所に移動するのが先決だ。

 なるべくその魂胆を悟られないように自然な流れで……。


「お、おい! なんだこれは!!」


 大きな声にハッとなり声の方へ顔を向ける。

 そこには男が立っていた。

 みすぼらしい皴だらけのシャツを着た黒髪の男が恐怖の表情を浮かべ路地の入り口に立っている。

 ふと男の目が地面に度々向けられ、そこで気付く。私とコロナの周りには死体が転がっているのだ。

 ……しまった。

 男は明らかに私達に疑いの目を向けている。

 実際コロナがやった事だがこの場で子供と私が立っていたらどう見ても私が実行犯だ。


「待て、これは……」

「ヒィ! やりやがったなクソッ!」


 これは話し合いにはなりそうに無い。

 既に背を向けて走り出している男に私の俊足を活かしても直ぐには追いつけなさそうだ。

 それに私が追いかけてコロナがついて来るかは分からない。そう一瞬思ったがそれが私の足を止める原因になった訳じゃない。


「……」


 コロナの目つきがまた冷酷な闇に濁っていた。

 素人でも分かるほどに殺意を宿した瞳は男の背中を真っ直ぐ見つめている。殺す気だ。

 廃車の壁に沿って走る男をどうやって殺すのか。床に転がる奴らと同じ様に。

 今更一人二人死んでも私にはどうでもいいし、寧ろここで一人口封じできるならそれで構わないと思っているくらいだ。

 でも、胸に言い知れぬもやもやが生まれていた。

 私は反射的に走り出すのをやめてコロナの肩を掴んで静止させた。

 不意に肩を掴んだことでコロナも驚いたようで一瞬体を硬直させたが、その一瞬は男が表通りに消えるのには十分な時間だった。


「何するんだステアー。アレを生かしていいの?」


 冷静さを装ってはいるが口走る声には少し焦りの色が見えた。

 私も少し後悔していたが自分の感覚に逆らうことができなかった。

 仕方ない。もし事が大きくなったらその時はその時だ。

 私はため息をつき、歩き出した。


「ねぇ、ステアー?」

「行くわよ」

「どこへ……」

「私の部屋よ。それともずっとこんな臭い所で立ち話するつもり?」


 カツカツとアスファルトを踏み鳴らして逃げた男と同じ道を通り表通りへ向かった。

 それを後ろからついて歩く軽い靴音は昔の理緒を連想させた。

 だが私について来るのは私に眩しい笑みを投げかける純粋な少年ではない。



******



 結局連れ込んでしまった。最初から狭い室内に連れ込む気ではいたのだが。

 超長距離からの狙撃をさせない為には室内に入るに限る。そして窓際に立たないようにすれば壁でも貫通されるか建物ごと破壊される等の事でもない限り大丈夫なはずだ。

 ここはこのヴィレッジでも随一の高層ビルにして人が多く出入りし、警備隊や聖職者達が常に目を光らせている。怪しい者が安々入ってはこれないだろう。

 特に教会の聖職者連中は服の上からも筋肉の隆起が分かるほど鍛えてる者達が隠す気もなくクロスボウやショットガンを背負って武装している。


「ここがきっ……ステアーの部屋?」


 君と言いかけて訂正するコロナ。話はちゃんと聞く子なのか。

 人の話は一応聞く姿勢はあるようで少し安心した。

 私がソファにどさっと腰掛けるとコロナは眉をひそめた。


「なに?」

「……埃っぽい」


 私が座ったことで舞い上がった埃を吸わないようにと鼻と口を手で覆うコロナ。

 地上で埃っぽくない場所なんて殆ど無いが、長らく人が使っていなかったであろう部屋だ、昨日今日で掃除しきれやしない。

 そもそも、あんな事がなければ……。

 ふと川崎ヴィレッジでの暮らしを思い出してしまう。


「少し前までは私ももう少し綺麗な場所に住んでいたのよ。仕方ないの」

「だろうね。ステアーからは埃臭さを感じなかったし」


 そう言いながらも周囲を見渡すコロナはある一点を見てあっ、と声を上げた。


「ジャッカーじゃないか。これステアーの?」


 真っ直ぐ歩いていきジャッカーを手に取るコロナの姿は外見通りの子供らしさで、まさに一目惚れした玩具に飛びつく子供だ。

 声色も明るく弾むようで外での出来事が嘘のように見えた。


「知ってるの?」

「本で読んだだけで実際に見るのは初めてだね」


 興味津々の様子でジャッカーを持ち上げて色んな角度から眺めている。

 その目は好奇心旺盛な少年のそれだ。その姿に初めて調理器具を触った理緒の姿を重ねる。

 しばらくジャッカーを眺めてコロナは首を傾げてこちらに振り向く。


「これ壊れてるね。直さないの?」

「直せるものならとっくに。直せる?」


 すると得意げな笑みを浮かべコロナは鼻につく声でもちろん、と言ってのける。

 少し生意気な部分は根っからの気質の様だ。だが生意気に関しては私も人のことを言えたものではない。

 それに、指摘して気分を害されてせっかくのチャンスをふいにするのも馬鹿馬鹿しい。


「お願いするわ」


 私がそう言い終える前にコロナは既に床に座り込み直ぐに分解を始めていた。

 どんな暮らしをしてきたのか分からないが私よりも機械に関しては深い知識を持っている様だ。

 黒縁の眼鏡を外し、机の上に置いたコロナの横顔は整った美形で、女性の私よりも女性らしさと言ったら失礼だろうが中性的でどこか浮世離れしていた。

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