第14話 高天原の使徒:前編
古くからこの地は火葬が人を葬るベターな方法と聞く。
その遺骨は骨壷と呼ばれる容器に入れられ、墓に納められるそうだ。
だが、今の時代ではそこまでしっかりと弔ってあげることは出来ない。一人一人丁寧に火葬することもかなわない。
それ以前にまともに埋葬されることがまず珍しいのだ。路上、廃屋、死んだらそのままそこで朽ちてゆくだけがこの世界での常だ。
人の住む場所で死のうが、丁重に葬ってくれるほど人の心は他人や、ましてや死者に対して気を遣っているほど余裕は無い。
私のヴィレッジは最早機能しない状態に陥っていた。技術者の殆どは発電室やその他このシェルターを維持する為の機関部でヴィレッジの機能を守る為に死んだ。
その死も虚しく、ヴィレッジの発電装置、浄水器、ボイラー、徹底的に破壊されていた。
これは略奪ではない報復の証。そして見せしめだ。
自分たちが如何に強力な組織であるかを示すために、私のヴィレッジはその標的となったのだ。
戦前から機能し続けていた人が生きる為のシステムが失われた。それは多くの人間に絶望を与える事だろう。
だが、そんな事は私にはどうでもいいとさえ思えてしまう。
私が帰る場所は失われた。そして、私を知る人が死んでしまった。
私を知る存在がこの世から存在しなくなった時、その時私は生きていると言えるのだろうか。
失って初めて人との繋がりを感じる。
何を今更。
全てがコンクリートやタイル、金属板で覆われ土の無いこの場所で、言葉を発することの無い彼らを運んで埋葬しようとする者等いやしない。
人々は皆、自分達の生を維持するのに精一杯なのだ。
私の目の前にあるのは、横に倒された所々さび付いた大型個人ロッカー。
掃除用具や銃器、制服等を収納する縦長のロッカー。
中の敷居を取り外したこれが、私の今用意できた、棺。
いつの間にか寝ていたらしい。閉ざされた棺の蓋に伏せてそのまま寝ていたらしい。
頭が重い。ふと指で自分の額を撫でる。腕時計の跡がついて丸い凹みが出来ていた。金属に体温を奪われた指が冷たい。
自分がどうやってこれを用意したかは思い出せない。そして今自分がどこにいるのかも。
周囲を見渡す。それですぐにここが南部の私室である事が分かった。最近入った事が無かったが昔から変わらない光景がそこにあった。
厳格でありながらその言動が粗野だった男であった。衣食住に特別のこだわりも無く、常にヴィレッジの運営に尽力し、指導して来た南部。
彼は普段見せるぶっきらぼうな言動からは想像出来ないほどに落ち着いた空間で生活をしていた。
見た事のない本が所狭しと並べられた本棚には言いようの無い美しさがあった。
銃の部品は全てラベルの貼られた引き出しに細かにしまわれ、机の上には何も置かれていない。
ベッドは生活感が無く、毛布は丁寧に畳まれている。ふと、その室内に違和感を感じた。
「こちらにおられましたか、ステアーさん」
その声に弾かれた様に背後に振り返り腰に提げた銃を……銃が無い。
ついさっきまで目の前にあったというのに私は棺の上に置かれていた自分の銃が視界に入っていなかったらしい。
私がそれに気付き、一瞬焦りが全身を駆け巡ったが視線の先にいた男が両手の平をこちらに向けていたことで少なくとも敵ではない事に安堵した。
そうだ、敵はもう片付けたのだ。
男の顔を一瞥し、返事を返す。
「名乗った覚えは無いけど?」
男は見慣れない顔だった。誰かの知り合いだとしてもこの男自体を今まで見てきた人間の顔と一致しない。
オールバックを撫で上げる男の顔は小奇麗な好青年と言った具合で、その見目からヴィレッジに住んでいる者であるのが分かる。
横浜ヴィレッジの部隊に混じっていたのだろう。詰襟の丈が長い服は昔本で読んだカソックと呼ばれる服だろう。
首にかけた少しくすんだロザリオが目立ち自然と視線が胸元に向かう。そこで服が不自然に膨らんでいる事が分かり銃をカソックの中に仕込んでいるのが分かった。
全身から優男と言う風貌をかもし出しているが、一見隙だらけの様に見えてその仕草の端々から戦い慣れしている戦士である事を見抜く事が出来る。
というよりも、その無抵抗をアピールする様子が異様にわざとらしく、胡散臭い。
「このヴィレッジの方が貴女を探しておられたので……」
「私を?」
特別交流のあった人間は少ない。私を名指しで探しているような人間なんて今どれだけいるのか分からないが、なんとなく予想はついた。
彼には結局このヴィレッジから出て行くのに私の部屋の荷物をまとめるのに手伝わせてしまった。
僕の荷物なんてほとんど無いから、と言っていたがその背中はその歳に似つかわしくない悲しみが重くのしかかっている様に見えた。
適当に片付けを済ませて私は彼を他の住人達の所へ行かせたのだった。
もしかしたら物陰に隠れているブリガンド残党がいるかもしれない中で私と二人きりは危ないと思ったからだ。
男の口から出た名前は予想通りあの子の名だった。
「ええ、理緒君と言う少年が貴女を探しておられました。姿が見えなかったので探していると聞きまして、非戦闘員の方々は今一箇所に集めて保護しているので私が代わりに。あ、申し遅れました。わたくし、横浜ヴィレッジ教会の神父、アスンプトと申します」
アスンプトと名乗った男は恭しくお辞儀をして見せた。名前を聞いて再度男の姿を見るが、妙な名前だと感じた。
だがわざわざ私に名前を偽る意味は無いし、名前に関して人の事を言えたものではない。特別気にかける事ではないだろう。
それに進んで人の頼みを聞いて口だけではなく行動している辺りには好感が持てるのは確かだ。
銃を取りしまい込むと私はようやく立ち上がった。
「理緒が迷惑かけたわね」
「いえ……しかし理緒君に関してですがステアーさんに少しお話したいと思っておりまして」
「理緒がどうかしたの?」
アスンプトは何やら話しにくそうにしていたが私の背後にある棺を少し見つめ、重い口を開いた。その表情は暗いが真剣な眼差しで私を見た。私がなんて返事をするか不安、と言いたげな顔だ。
「彼の両親が今回の一件で亡くなられまして……」
「なんですって……」
なんと言う事だ。あの子、理緒はまだ一三歳。一人前の男として働かされる年齢とはいえまだ両親の支え無しでは、愛情無しでは生きて行く事も難しい。
あの子はただ戦いに巻き込まれただけで、何も罪はない。私やヴィレッジの兵とブリガンドの抗争に、ただ巻き込まれただけ。
私だけではなく私達の戦いで理緒を孤独にさせてしまった。
恐らく、理緒以外にも今回の戦いで親や子を亡くした家族がいるだろう。そう思うとやるせなくなる。
私が急いで駆けつけずにいたらきっとヴィレッジの住人全員が皆殺しにされていただろう。しかし私が駆けつけてしまったが故に家族を引き裂いてしまった。
全員死ねば良かったという事じゃない。この孤独を他の子達にも味あわせる事になってしまったことが悲しい。
「ステアーさん?」
「ああ、ごめんなさい。それで、私はどうしたら?」
「それなんですが、理緒君本人がステアーさんをとても慕っていらっしゃるようなので、彼の新しい家族になって頂きたいと思っていたのですが……申し訳ありませんが育児と言いますか人に教育等を行ったことはございますか?」
どうやら理緒を引き取って欲しいが私には資格が無いと私の口から言って欲しい様な口ぶりだ。
銃を持って埃にまみれた未成年の女が子供の教育をしてきた人間に見える様ならば、この男の目が節穴か頭の中がかなり幸せな事になっているに違いない。
いや、神に祈ってるだけで幸せになれると考えているような連中の頭の中はとっくに幸せな事になっているか。
癪だが、意地でも私が引き取ると言った所で実際にはこれから住む場所も探さなければならないし、私一人では出稼ぎに行っている間に理緒一人に家の留守を任すのは仮にヴィレッジの中で住めたとしても不安が残る。
理緒は優し過ぎるし、いざ争いになっても所詮は戦闘経験の無い子供だ。
最近は神奈川で子供を誘拐して奴隷にして売り飛ばす悪質な奴隷商人がいると聞いた事があった。
それは今までシェルターの壁によって脅威では無かった為に重要ではなかった情報だが、今はその壁すら無くなった。他人事ではない。
私は心の中で舌打ちをしつつ、この男の言葉に素直に返答するしかない。
「……あるわけ無い。私すら、まだまだ教わるべき事があった筈だったんだから」
私の言葉にアスンプト神父は私の背後に再び視線を向けると一度だけ深々と頭を下げた。
「心中、お察し致します。ですが、今は生きている人間の重要な分岐点のお話をしなければなりません」
「分岐点……」
「そうです。理緒君は恐らく貴女についていくと言う事でしょう。ですが、貴女も理解しているように、それは正直言ってこの世界では危険なのです。理緒君も、貴女も」
「私も?」
「はい。もし理緒君と貴女が一緒に生活したとして、ブリガンドの脅威が全く無い生活などどこへ行ってもありえません。万が一、理緒君を人質にされ金品でも要求されるような事があれば、貴女も理緒君も大変危険な目に合う事でしょう」
饒舌なアスンプトの口ぶりに私は黙って彼の言葉を聞く事にした。私が話を聞く姿勢だと察したアスンプトは話を続ける。
彼の声は非常に他人を安心させる不思議な心地のする声色だ。全身から醸し出される胡散臭さが無ければ美声の好青年だと言えたがどうやら神とやらは二物は与えなかったらしい。
だがなんとなく怪しいと言うだけで相手の全否定するには材料が少な過ぎるし理不尽と言うものだ。
丁寧過ぎるほどの物腰、今の時代において他人を気遣う余裕など無いと言うのに他人の気持ちを汲もうとする姿勢や相手に忠告をする様な所を見るにこの男は伊達に神父なんて役職をやってはいないのだろう。
「私達の教会では多くの孤児となってしまった子供達を預かっております。私達の目的は今の時代の子供にしっかりとした知識と道徳心を養ってもらい、再び終末以前の倫理を取り戻した世界を作る事にあります。我々の代では成し得なかった無秩序からの脱却です」
綺麗事。そう切り捨ててやりたかったが、正直その取り戻すべき秩序とやらがあれば今回みたいな襲撃も無かっただろうし、多くの人間が悲しむこともなかっただろう。
実際に無秩序からの脱却、倫理の復活がありえるのならば私もそんな世界を見てみたい。
だが、私は他人を救うなんて事は出来やしない。実際に出来なかった。
この男は自信満々に自分らの理想を語るがその自信はどこから来るものなのだろうか。
「理緒君を私に、私どもに預からせては頂けないでしょうか。住む場所も、学ぶ場所もございます。日々の食事も着る物にも困らない生活を送らせる事も神と、貴女に誓いましょう」
真剣な眼差しが私を射抜く。
だが私に決定権等無い。私は慕われているかもしれないが血の繋がりがあるわけでもなければ、一度として親の代わりをした事もない。
これを決めるのは本人の意思一つだ。
「私に誓うのは結構。だが私が良しと言った所で理緒の意思を聞かない事にはこの話も意味を成さない」
「それは勿論」
「……私が話してみよう。それで理緒が良いと言ったら後は理緒の決めた事だ。もう自分で物を判断できる歳で彼の人生だからその意思を尊重したい」
アスンプトは何やら考えているような仕草をしていたが直ぐに頷いて見せた。
「分かりました。ではお話はお任せします。横浜ヴィレッジまでは皆さんご一緒に移動となります。どのタイミングでお話しするかはお任せしますが、横浜に戻った後私は教会に戻らねばなりませんので教会の場所を記した紙をお渡ししておきましょう」
そう言うとカソックの中から一枚の小さく折りたたまれた紙を取り出すと私に差し出してきた。その教会とやらの地図だろう。用意の良い事だ。
私は差し出された地図を無言で受け取りポーチの中に押し込んだ。
「それとステアーさん。もう一つ良いでしょうか」
「まだ何か」
「私も、祈らせて頂いてよろしいでしょうか?」
誰に対しての祈りか。そんなの分かってる。きっとどんなに祈ったって私たち銃を握る人間が天国なんて所に行けるとは思えない。
けど、祈らないよりマシだろう。死んでも尚苦しむ必要なんてないじゃないか。十分過ぎるほど、この世界は人にとって厳し過ぎる。
死んだ人間は決して帰ってこない。だからせめて、向こうでの幸せを、安らぎを願いたい。
「お願いします。神父さん」
震えそうな声を必死に整える。他人に弱さを見せたら駄目だ。それが教えられた事だ。
でも、少し、きつい。
「ステアーさん?」
「すまない。理緒の所に……祈りは任せます」
返事も待たず私は逃げる様に神父の横をすり抜けて駆け出した。
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