第13話 烈火:後編
地下街は広い。しかしその広さのせいで照明がない闇の空間は余計広く見えて、どこまでも続く様な迷宮の様な錯覚を覚える。
先を行く神威が徐に懐中電灯を取り出して周囲を照らす。
それに追いつくと特にお互い言葉を交わすことなく歩き出した。
ヴィレッジザラはこの地下街に隠された更に地下にありその入り口は何の変哲の無い地下街の業務員専用扉に偽装されている。
自分はそこから出入りしていた為、見慣れていたその扉は今、私の目の前で黒い枠を作って扉そのものは無残にもタイルの上に酷く歪んで倒れていた。
その表面は熱に溶けているようにも見える。
「爆薬か」
「あんな銃も持ってるんだもの。高性能爆薬の一つや二つ持っていても不思議じゃないわね」
そう言うと二人で狭い通路を通り抜け、ようやく広い通路に出た。本来、ヴィレッジ・ザラの入り口は地上と繋がっていた造りになっていたそうだが私が生まれた時には既にその地上への広い道は瓦礫で埋まっていた。ずっと昔からそうらしい。
仮に今使っている道すら埋まっていたらどうなっていたかとか思うと恐ろしい。
そして遂にヴィレッジ・ザラのメインゲートの前まで辿り着いた。
「イサカー! 南部ー!!」
声を大にして名前を呼ぶも返事は無い。
前面に存在する左右スライド式の巨大な扉が酷く破損している。破損と言うよりも最早破壊されていると言っていい。
点滅する照明に照らされる扉の輪郭は醜くひしゃげている。破片は木っ端微塵と言えるほど細かく散っており、そのどれもがまだ熱を帯びているのか僅かに白い煙を上げていた。
一歩踏み出すと急に神威が制止する様に私の目の前に手を出す。
「何する……」
「放射線だ」
言われて初めて自分の左腕の時計から僅かにカリカリ、と言う音がするのに気付く。ガイガーカウンター内臓の腕時計だ。私は何が起こったのか更に分からなくなった。
「一体何が起きたの……」
神威が私の直ぐ前で周囲を見渡すと小さく呟いた。
「小型核爆弾」
「な、何ですって……?」
神威の口から飛び出したとんでもない単語に私は驚きを隠せなかった。発言をした当の本人は何食わぬ顔で奥へと走り出す。
仮にその様な代物を使ったとするなら一度は耐えたであろう核シェルターの扉ももしかしたら破壊できるかもしれない。
いや、実際こうして破壊されてしまった。あの男の声が脳裏に過ぎる。
『二〇トンの鉄くず』
私はバヨネットの言葉を思い出して自己嫌悪するとあの耳障りな声を脳内から消すように頭を強く横に振った。
「駆け抜けるぞ」
「言われなくたって分かってるわ」
私はジャッカーを抱えつつも何とか神威の後を追った。遠慮なく前進する神威に追いつくのは大変だったがガイガーカウンターの耳障りな音は直ぐに止んだ。
居住区に入る。いつもなら所狭しと人が行き交う居住区の中央通路は血の臭いが漂い、薄暗い照明に照らされた死体の山に私は嫌悪はしたが吐き気はしなかった。
少しずつ慣れ始めている自分に嫌気が差す。
私は再び名前を呼びながら周囲を見渡すも今までに無い静寂に私は背筋に冷たいものを感じていた。
ヴィレッジに入ってからは土地勘が無いからか自然と私が先導する形へと変わる。
神威は黙ったままではあったが周囲に生存者がいないか、僅かな周囲の変化に気を配って歩いている。
居住区を抜けて商業区に入る。理緒の食堂がある所を覗くも明かりは無く、中は無人だった。
無人な事に安堵してしまうのもおかしいがともかくここで死んではいないと言うことで私は足早に先へ進んだ。
商業区も基本的に店員や客、キャラバン隊などで賑わっているが今はとても静かだ。そして何より死体が少ない。
ここにいた人達は避難に成功したのだろうか。
全滅はありえない事を確信し、奥へ奥へ進んだ。
そして、私は唯一皆が避難しているであろう場所の前まで辿り着いた。
神威も黙って後ろからついて歩いている。私たち二人が辿り着いた場所。そこは大きな金庫であった。
金庫と言っても四角い鉄の箱ではない。巨大な格納庫の様なものであり本来なら戦前の人間達の財産が詰め込まれる予定だったのだろう。
しかし私たちが住む時代では既に中はがらんどうだった。
そしてこの大金庫と呼べる場所の扉はゲートの扉同様に強度がある分厚い鋼鉄製だ。
私は閉ざされた円形の扉を強めに叩く。
無機質な音が数回響くと奥からくぐもった声が聞こえる。よく聞き取れないが、恐らくこちらが何者か聞いているか、私達をブリガンドだと思って罵声を浴びせているかのどっちかだろう。
声を振り絞って大声をあげる。
「私よ! ステアーよ!! ここを開けて!!」
「……」
私の呼びかけにしばらくの間を置き、扉は重々しく開かれた。開ききるのにたっぷり30秒はかかっただろうか。私は開ききる前に中へと駆けた。
目の前に飛び込んできた光景はヴィレッジに居た何百人と言う人口からは想像出来ないほどに減った人々の集まりだった。
百人も居ないだろう。だがその半数以上がこちらを見て疲れた笑みを向けていた。
「ステアー!」
人ごみの中から聞き慣れた声が聞こえる。
「理緒!」
「ステアー! 良かった無事で!」
理緒だった。相変わらずの笑みで私を迎えると走って私を強く抱きしめる。私はそれを受け入れ優しく抱きしめ返した。
「それはこっちの台詞よ。良く避難出来たわね」
「探索隊や警備隊が頑張ってくれたから……」
理緒はそう言うも言葉尻はとても消え入りそうで、私はその様子に安心させるように髪をそっと撫でた。
「どうしたの?」
「……来て」
それだけ言うと理緒は来た時とは違い力なくトボトボと歩き始めた。その後をゆっくり着いて行く。
ふと足を止めて後ろを向くと神威は無言で首だけ動かし〝行け〟と促すと開いた扉の前で提げていた銃を手にした。
神威に見張りを任せて私は理緒が見えなくなる前に追いかけた。
******
そこで私が見たもの。
それは、私が今まで見たことがなかったもの。そして、私の心を折るに十分過ぎるものだった。
私はそれに歩み寄る。仰向けで倒れるその男に、顔が見えるように、体の左側に膝を折って座り込む。
聞き慣れた声はかすれていた。その声に相当な怒声を上げて戦ったに違いない。
耳は弾丸で抉られ、腹部には包帯が巻かれてはいるものの、血が赤黒く滲んでいる。ここまで弱った姿を私はこれまで見たことは無かった。
弱りきっていても、その鋭い目つきは老いを感じさせず強い意思を持っていた。
「なんだ……随分、早いお帰りじゃねぇか……」
眉間に皺を寄せて口角の片方を吊り上げて軽口を叩くもその顔は青白い。
「南部……」
「何湿気た顔してやがる……」
「ブリガンドが報復に来るの、知ってたんでしょ。横須賀には碌な物資も武器も無かった。適当に理由をつけて私をヴィレッジから遠ざけたかった……違う?」
私の質問に、南部は黙ったまま灰色の天井を見つめる。
「なぁ、ステアー。俺の頼みを聞いてくれないか……」
「……なに?」
声が小さくなってきた南部の声を、一言も逃すまいと耳を南部の顔に近づける。
「小奇麗なガキがお前に近づいてきても、絶対かかわるな」
突拍子も無い言葉に私は南部の顔を見直す。その顔は真剣そのもので、意味の無い事を言っている訳ではない事は明白だった。
でも、私は文句を言わずにいられなかった。
「急に何を言い出すかと思えば……。そんなこと言ってないでさっさとその傷治しなさいよ」
私の声は震えていた。頬に熱いものが伝う。
ヘヘッと笑う南部は小さく咳き込む。その後ゆっくり、大きく息を吸った。
「なぁ、俺はお前に何もしてやれなかったな……」
「な、何言ってるのよ……いきなりしおらしくなって」
「お前に言ってなかったことがある……。聞いてくれ」
南部の言葉に私は口を閉じた。そして、南部が持ち上げた左手を私は何を言われずとも両手で握り締めた。
「お前の本当の両親を……いや、親父を俺は知っている。いや、知っているというのは違うな。見当がついている。だが、そいつは恐らくお前を駅に捨てた時に死んだ。どこでくたばったかなんて知ったこっちゃねえ。お前みたいな赤ん坊を捨てるような奴の末路よ。だがな、決して探ろうとするな。お前は……」
そこまで言うと南部は苦しそうに胸を右手で押さえる。私は膝を浮かせかけたが南部がこの期に及んで「いいから聞け」と怒鳴ってみせる。
私は、黙って従うしかなかった。
「……お前は、自由だ。好きに、生き、ろ……」
そこまで言って、南部は、瞼をゆっくりと閉ざした。そして長い、長い眠りに入った。
私の手の中で冷たくなっていく南部の手、その冷たさは私の体温も奪っていく。
「最後まで勝手なことを言わないで。
今更なにを聞いたって、何を知ったって『私の父親は南部、貴方だけなのよ』そう言いたかったけど、結局私はその言葉を最期の時まで胸にしまったまま。言えなかった。
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