第1章 巣立ちの時を待っていた少年
第9話 二〇トンの鉄くず:前編
外に出てみれば、薄っすらと地面に雪が積もっていた。戦いの最中で雪など気にしていられず、途中から忘れていた。
雪を見た途端に寒い、と感じるのは不思議だ。
川崎と違い、破壊と汚染による影響が少ないこの場所では朝の冷たい空気を遠慮なく胸いっぱいに吸い込めた。
施設の前に散らばっていたブリガンド達の死骸やおびただしい量の血痕は、冷たい白に塗りつぶされていた。
一歩踏み出す。そこで背後の存在を思い出す。背後にある軍の施設から手に入れた球状の飛行物体。
ジャッカーと名付けられていた白く塗装された真ん丸い球体である。ふわふわと宙に浮く姿はどこと無く愛嬌がある。
それだからか妙にかっこよさのある名前に違和感を感じずに入られない。兵器に可愛い名前もなんか変な気もするけれど。
ふと今更になってジャッカーを近くで観察してみる。どんな技術か分からない静かな推進装置で動いている様だ。
本体は丸い鉄の物体だがアンテナや推進装置などがそこにくっついているような見た目で、近づけば流石に音が聞こえてくるがそれでも耳障りにならない程度だ。
恐らく昔の軍で兵士をサポートするように近くにいても不快感を感じさせない様にしつつ音によって周囲の音を探る邪魔をしない設計になっているのだろう。
少なくとも今自分が一緒にいて周囲を警戒するのに支障は無さそうだ。
あのバヨネットを退散させた強力な一撃。あの武器は丸い本体の中に内蔵されている。
普段は砲身も中に入っていて、撃つときのみ展開する仕組みのようだ。
このそう大きくないボディの中がどうなっているのか気になったが、自分の手で解体したら元に戻せる気がしないので変な気は起こさないようにした。
終末の先を生きる私達の大半はそれ以前の技術など殆ど魔法と呼べるもので構造を知る事よりも使えると言う事実があれば何でも良い。
観察も程ほどに、ザクザクと小気味好い音を立てつつ私は施設の中の食堂で拾った片手鍋を手に少し多めに雪が積もっている場所を探した。
数分もしない内に幾らかの雪の塊を鍋に入れる事が出来たのでその場の瓦礫を適当に積んでかまどにする。
鍋を上に乗せて蓋をする。燃やせる物を探そうと思ったが、雪のせいで屋外に転がっている角材やブリガンドの死骸が着ている衣服等は湿気を吸っており役に立たなかった。
仕方なくいつもより少なく携帯していた木炭をかまどにくべる。そこにファイヤースターターを使い火を起こす。
暖を取りつつ、一〇分ほど煮詰めて漸く飲み水を確保できた。水筒に円錐状の紙製のフィルターを敷き、零さない様にゆっくりと水筒へ注いでいく。
並々と注ぎ、きつめに蓋をし、まだ鍋に残っているお湯に理緒から貰った粉末を入れてスープにした。
理緒が料理で使ったスープの残りをヴィレッジの設備でフリーズドライする事で野外でもお湯に溶かすだけで粉末が溶けてスープになるのだそうだ。
これのおかげで探索隊の士気は大きく向上した。
ヴィレッジを出る時にスープを水筒に入れて出掛けても長期に渡っての野外活動をするとなると最後は今私がしている様に様々な方法で水を調達する。
時には人から買い、時には雨や雪、水溜りなんかを沸騰させて何とか飲める所までにもっていく。そんな中、美味いスープをどこでも飲める様にした理緒は探索隊に取って頭の上がらない存在になった。
小さな少年でも、ヴィレッジと言う巨大な集団の中で活躍することが出来る。私も負けて入られない。
温かなスープで心身を癒した所で私は改めて死体の山へ近寄る。
そして迷うことなく死体を弄る。腰のポケットやガンベルト、手に握ったままの銃。その中で使える物を頂いていく。
まだ硬直が解けない手から無理やり銃を引き剥がす事は出来ないが、弾倉を抜く事は出来る。
使える武器、弾薬、薬。何でも良いから持てるだけ貰っておく。こんな奴らでも戦前の出来の良い弾薬を持っている事だってある。それは銃弾として消費するよりも物を買う対価として使われる。この神奈川と言う地域一帯では戦前の弾薬は昔の日本円と呼ばれる貨幣に取って代わっていると言っても過言ではない。誰もが欲しがる物であるからだ。南部が若かったことから既に物と弾のやり取りと言うのは浸透していたらしい。私も含み、現在使われている銃は手製の弾薬を使っている為精度が良くない。
だから時々自分の得物に合う戦前の弾丸が手に入ると金としても弾薬としても使える。戦前の弾丸を使った時の感触は今まで自分が使ってきた銃と同じ物で撃ったのかと疑うほどに違っていた。むやみやたらに使うわけにはいかないが、手段として握っておくのも悪くはない。
実際、今回の旅も持ち歩いていたがバヨネットとの戦闘ではその弾を入れた弾倉と取り替える隙が無かった。それに殆ど冷静ではいられず途中から頭の中から消えていたのもあって使う機会を完全に逃していた。
次会ったら、容赦無くぶち込んでやる。
転がっている死体の数が数だった為、それなりに収獲を得た所で帰るために一度ヴィレッジメノウを経由する為に歩き出した。
巨大シェルターは大体正式名称があるのだが巨大シェルターはこの神奈川に関しては1つの地域に一基しか存在しない。
その為大体巨大シェルター由来のヴィレッジは地域名で呼ばれる事も多い。私のヴィレッジはヴィレッジザラと言う名前だが大体の人が川崎ヴィレッジと呼ぶ。
ヴィレッジメノウも横浜ヴィレッジと言われることが多く、ヴィレッジ関係者以外は特に地域名で呼ぶ。その方が大体の位置が分かるからだそうだ。
過去にヴィレッジメノウに行った際にそこの住民にどこから来たのかと尋ねられた時、ヴィレッジザラだと言ったらポカンとした顔で「どこだそこは?」等と言われてしまった事がある。
探索隊や警備隊等シェルター運営に関わる人間じゃないと通用しないことが多い気がして私はどの呼び方をしたら良いか未だに迷っている。
先に普及してしまったものが例え正しいものでないとしても一度広まったものを修正するのは難しい。
私一人が何を言おうが多くの人間に影響を与える事など出来ない。そう思って出来ない事に思考を巡らすのを止めた。出来ない事に時間を割くだけ無駄だからだ。
と、いう言い訳をしてしまう。面倒な事を後回しにする。それが結果今より酷い状態になるとしても……。
瓦礫の山をよじ登り、横浜までの距離を短縮する。この辺りは川崎ほどに破壊されていない場所が多く、未だに空に向かって聳え立つビルがいくつも見える。
過去の繁栄の象徴、いや、残骸と言うべきか。その殆どはエレベーター等の昇降機が使い物にならず、ただそこに立つだけの姿はまさにガラス張りのモニュメントと思えた。
東京も川崎同様相当な破壊がなされたみたいだが、戦前使われていた円を描くように敷かれた線路の内側へ入る事は出来なかった。
未だに倒壊せずに放置されたビル群の密集度に関しては東京の方が高かったがそれ以上に破壊された建物の数も多く、それらを乗り越える術が私達外側の人間にはなかった。
きっと内側には今の人間の手に触れられる事無く放置された戦前の技術が残されているだろうという噂は絶えない。
見た事の無い世界に、実は未だに汚染が酷く人は生きることが出来ず、見たことも無い怪物が跋扈する地獄の様な世界が広がっているのではと言う恐れの声すらあったが、それはこの世界を見捨てた神のみぞ知るところなのだろう。
私がふと思ったのは、戦争後三世紀以上放置された今の世界でそれなりの変質を迎えただろうが人の手を逃れた自然が息を吹き返し、恐ろしくも美しい森林が広がっていたら良いなと思った。
そうだったら、あの瓦礫の向こうに行くだけで私の夢が半分は叶うのだろうけど、現実は甘くないか。
などとぼんやり考えながらも自然にその足は真っ直ぐ横浜ヴィレッジへ向かっていた。
一度は通った道は何となく覚えている。その為か行く時よりも迷う事無く歩を進められた。足取りもしっかりしていると思う。
二日かかった道のりも半分ほどの時間で戻れそうだと私の勘が告げる。勘が当たっているかは兎も角、当てにした事は無いが周りからは当てにされる事もあったのでその精度はそれなりなのかもしれない。
昼前には歩き始め、気付けば日が暮れ始めていた。沿岸沿いから離れ内陸に足を運べば瓦礫で作られた穴倉などそこかしこにある。
沿岸部では風が強く夜の寒さをより強くする。鉄とコンクリの塊でも、空気が篭り風を遮断してくれる空間は火を起こしやすく、程よい狭さが周りを常に警戒しながら歩いてきた分、気持ちを落ち着かせるのに丁度良い。
完全に日が暮れる前に今日の寝る場所を確保する。
丁度漢字の〝人〟を連想する寄り添うように倒れた廃ビルを見つけ中を確認する。ビルそのものはしっかりした出来で寝ている間に崩れ落ちる事は恐らく無いだろう。
トンネル状になっているかと思えばそうではなく、ビルの間に入って向こう側が別の瓦礫で塞がっていた。
さて此処で休もうと荷を降ろそうとした時、地面に放置された円形に置かれた石を見つけた。同じ事を考えた奴がいたらしい。
そんな時背後から微かに足音が聞こえた。
即座に銃を抜き、振り返る。
「ちょ! ちょっと待て!! 撃つなぁ!」
振り向き様にTMPの引き金を絞りかけたがその声と目の前で両手を高々と上げる男の姿に指が止まった。
声も若干上ずっている事で戦う意思は無さそうだと思うも、芝居かもしれないと言う考えから銃を下ろすまではしない。
見るとボロ布をまとったみすぼらしい男だった。腰のベルトに固定された小さな丸い水筒と幾つかのピッキングに使うと思われる金具、ぶら下がった携帯充電器に工事用のランプ付きヘルメット。胸の膨らみから見て服に銃は隠して無さそうだ。裾が擦り切れたコートを腰周りでベルト留めしている。正面から見ただけでは分かる事はそれだけだった。背に武器を隠しているとしたら拳銃やナイフが取り回しを考えれば妥当か。
「……」
「直ぐに撃たない辺りアンタはブリガンドじゃないんだろスカベンジャーさんよ。仲間同士仲良くしようぜ? な?」
スカベンジャー。文字通り物を拾って生活する人間達。言うなればこの世界の人間の大半を指し示すであろう言葉は戦前とは若干意味合いが異なって使われている。
ジャンク品や物資、その他食料そのものを集めて生活するとは即ち他者からの略奪を生活の基礎としない連中、この男が言うようにブリガンド以外の人間を指す。
更に幅を狭めるとひとつの場所に定住しない人間を、つまりはヴィレッジの住民以外を指す言葉でも使われている。
後者の人間の一部はある程度安定した生活が出来るヴィレッジ住民に対して良い思いを抱いていない事が多い。
私は銃を下ろして肩をすくめて見せた。
「ここは貴方のテリトリーだったか。ごめんなさいね」
「いいって事よ。銃を下ろしてくれた時点で文句はねぇさ。それに今日はねずみ以外の肉が手に入ってな。一緒にどうだい?」
そう言って男は徐に側の瓦礫の影を指差すと今まで気付かなかったがそこには一匹の狸が転がっていた。何箇所か刃物で刺された跡があるが、地面に血は広がっていない事から殺傷してそこに隠していたのだろう。
「これは貴方が?」
「ああ、近所にある大型スーパーの廃墟に転がってたカートを解体して罠を作ってみたんだが、案外上手くいくもんだな。アンタも食っていけよ。どうせ寝る場所探してたんだろう?」
「……いいの?」
どう見ても武装している私に此処まで親切にしてくるスカベンジャーは珍しい。
大体警戒されて逃げられるか、ブリガンドじゃないと見抜くやビジネスの話を吹っかけて来るものと言う認識だったからだ。きっと目が点になってたと思う。
そんな呆気に取られる私を見て男は欠けた歯を見せて笑った。
「ああ、一人より二人の方が安心できるってもんさ。この辺りは瓦礫が多すぎてブリガンドも滅多に来ねぇ。アンタが来たのは予想外だったが、久々に安眠が出来そうだぜ」
残った物を奪い合うこの時代にこんな心ある人間に出会う事は殆ど無い。みんな自分の利益を優先し、他人を騙して生きている。
だがこの男の目はそんな人間達に無い光が宿っているように見える。こんな男がなぜこんな廃墟の隙間で細々と暮らしているのか。もしかしたら散々騙され続けた結果今の暮らしまで貶められてしまったのかと邪推してしまう。しかし詮索するのも気が引けた。素直に善意を受け取ることにしよう。
男に世話になった礼をしたら気持ちのいい笑い声をあげて「こんな綺麗な嬢さんと過ごせるなら安すぎるってもんだ」なんて言うものだから結局下心かと思ったがただの照れ隠しだったのか、特に手を出されることも無く、夜には私が代わりに火を起こし、男が肉を捌いて焼いてご馳走してくれた。
明日には横浜ヴィレッジを経由して補給を済ませたら帰還だ。
横浜ヴィレッジと川崎ヴィレッジの間は直線距離こそそこまで遠くは無いが、その間には汚染の濃度に差が生まれるほどに空気の流れを塞ぐ倒壊したビル群を抜ける必要があり、そこを抜ける事に時間がかかる。
装備には問題ないしキャラバンが見つけた安全なルートも把握しているので補給も少なく済ませれば資金の節約にはなるだろう。
夜が開け、朝を迎えた時には目が覚めたが既に男は朝食の準備を進めていた。その時にせめてのお礼に粉末スープの残りを幾つか分けてあげた。
ありがてぇと言いながら頭を下げる男に何とか頭を上げてもらい、私も改めて礼をしてその場を後にした。
ヴィレッジの中でもまともにやりとり人間も少なくない。ヴィレッジの外でここまで人と会話できて少しばかりだが心が弾んでいた。
******
数時間、日が頭の上まで昇ってきた時に見慣れた場所に出た。今回の探索の道のりでは通らなかったが過去に何度か通ったことがある場所だ。
比較的破壊の跡が見られず、過去の町並みが何となくだが想像出来そうな地域に辿りつくとそれはもう直ぐヴィレッジに着く事を表している。
しかし安心は出来ない。横浜ヴィレッジから見て南。
つまり今私が前にしている地域には中規模のブリガンド集団が拠点を築いているからだ。
ヴィレッジの規模には満たない兵力を持つ為に下手に武力衝突を起こす事は無いが、問題が起こらない筈もなく、ヴィレッジとの睨み合いが続いている。
その為かこのブリガンド集団は近隣で略奪するとヴィレッジの警備隊に目をつけられる為離れて活動している事からヴィレッジに近づく程安全といえる。
物陰に身を隠しつつ、ブリガンド拠点を迂回し、漸くヴィレッジの正面へ回ることが出来た。
横浜駅前の広いロータリーは瓦礫と化したビルに囲まれ、四方に伸びていたであろう道路を悉く塞ぎ、僅かに空いている隙間も廃材で作られたフェンスや廃車などで通れない。
ロータリー中央は地下で住む事の出来ない外からの者達によって町が作られていた。町と言っても小さな廃車に個人の就寝スペースがあり、バスやトラック等の大型の廃車の中で商店が開かれてる。
地下と地上でひとつのヴィレッジとして扱われている。地上の人間は外界の状況をいち早く把握出来、地下の人間は地下にある現在も稼動しているハイテク機器によって生み出される様々な恩恵を地上の人間に分け与えることでお互いに共存している。
地上部は何となく歩いたことがあるが地下部はあまり入る機会は無かった。ただ私の住むヴィレッジと比較にならないほどに広いシェルターであり、シェルターと言うよりも地下都市と言って良いものだというのは知っていた。
戦前からそうだったらしく、無理やり地下を掘り進め増改築を繰り返し続けた結果らしい。
私がまだ探索隊に入る前にもその増改築に三百年の歳月によりボロが出始め、数え切れない回数の修繕が必要になっていたらしい。
最初から設計図通りに設計され、長らく維持され続けている私のシェルターは構造がそもそも違うのだろうか。
未だ大規模な修繕作業が必要になった事は無かったが、何れ私の代か、後の代か、必要になる時が来るだろうと思う。
横浜ヴィレッジへ入るには横浜駅東口から駅内部を通り抜け西口に出る。出ればそこはロータリーで横浜ヴィレッジの地上部、そこから地下への階段があり、そこから地下シェルターへ行くことが出来る。
補給目的なら地上部の商店で事足りる。
廃ビルの間を縫うようにして歩き、目の前に見えてきた横浜駅東口。そこには小銃を持った男が三人、入り口の前で周囲を哨戒していた。
その内の一人がこちらに気付き、少しだけ銃を持つ手に力が入るのが見て取れる。
私は軽く両手を広げて戦う意思が無い事を見せる。
「ヴィレッジザラのステアーよ」
相手がシェルターの管理に関係する人間の為に正式な名称の方を出して所属を伝える。
兵士はその言葉に銃を下ろし、こっちの事を認めたと思った矢先に私に駆け寄ってくる。その様子は半ば慌てているようだ。何かあったのだろうか。
「ステアー!? 南部さんとこの譲さんか! 生きてたのか!! 他に生存者は!?」
「……は?」
私が状況を把握していない事を察すると「とにかく中へ」と駅の中まで引き入れてくれた。
駅の中は武装したヴィレッジの兵士達が行きかっていた。五〇、いや六〇人はいるだろうか、物々しい雰囲気を直ぐに感じ取れる。
シェルターから伸ばした電気の配線が天井を巡り、駅構内を明るく照らしている。
横浜ヴィレッジの入り口と言える横浜駅は過去に何度か入った事があるが、ここまで物々しい雰囲気を放っている状況は今までに無い。
近隣のブリガンド集団が襲撃してきた時でさえここまで兵士を集める事は無かった。一体何があったというのか。
歩きながら駅の中まで連れて来てくれた兵士に尋ねる。
「なぁ、一体何があったんだ」
「あんた、もしかして遠征にでも出てたのか?」
「あ、ああ。そうだ。今からここで補給をしてヴィレッジザラに戻る予定だ」
「……昨日の夜、そのヴィレッジザラからの通信が途絶えた」
「なんですって?」
私は思わず兵士の腕を掴み、歩みを止めた。自分でも全身の血の気が引いていくのが分かる。
「通信中に攻撃されたらしく、途中から攻撃を受けたと言う報告を受けたがその後連絡が途切れている。今、救助隊を組織してザラに出発しようとしていた所だ」
「そんな……」
「あんたはどうする。救助隊が帰るまでここで保護してもらっても良い。その準備は出来ている。戦闘も予測されるが救助隊に混ざってザラに帰っても構わん」
私の答えは決まっていた。
「今すぐ、ザラへ帰るわ」
「まぁ待て。お前補給するんだろう。こいつを受け取れ」
兵士はポケットに手を突っ込むと握った手を私の前に差し出して広げる。手の中には五発の戦前に作られた五.五六ミリ弾。
手持ちの銃の弾を買う為には十分な数どころかその後に温かい食事を店で食べても余るほどだ。
「これは……」
「こんな事今まで無かったことで救助隊も人員は集められても救急セットだの担架だの準備しないといけない。今すぐ出発するわけではない。お前も行くなら補給だけ済ませて来い」
「いや、しかしこんなに貰う訳には……」
狼狽える私に兵士の語気が強まる。
「何遠慮してるんだ。お前の故郷がどうなっているかわかんねぇんだぞ。それにお前の手持ちで補給が不十分になったらこっちも困るんだよ。おら、さっさと行った行った!」
そう言い、兵士が私に無理やり弾を握らせると後ろに回りこみ、私の尻を思い切り叩いた。
「っ……! すまない。ありがとう」
兵士の気遣いに私は礼をし、にこやかに敬礼して見せた兵士を背に私は駆け出した。私の心中をどこまで察したのかは分からない。
しかしどんな現実が待っていようと気をしっかり持って挑めと、あの兵士は言いたかったのだろう。
最初に南部と言っていた辺り、恐らく南部の知り合いだったのだろう。こことの交流は長い、キャラバンや探索隊等、外に出る人間なら何度か会ったりもしているかもしれない。私自身はあの兵士の事は知らなかったが向こうが私を知っていた所を見るにどんな話を聞いたか知らないが私の事も話だけ耳に入れていたみたいだ。
こんな時は南部の顔の広さに感謝してしまう。恐らくあの兵士が南部を知らなければ無条件でここに保護され、救助隊が帰ってくるまでは拘束されていただろう。
むしろ、そっちの方が良かったと思うこともあるかもしれないが、それでも良い。私の家が、家族がどうなったか、自分の目で確かめねば。
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