第10話 二〇トンの鉄くず:後編
ロータリーまで出るとそこには円を描くように廃バスが並び、そこで多くの商店が客引きの声を上げていた。
多くの人間が死んだ目をしながら行きかい、視界の隅、停留所の屋根の下、廃車の隅にはコンクリートの地面にしゃがみ込み動かない人間がお互いの体を温め合う様に寄り添って膝を抱えていた。
以前に来た事があるだけに慣れた足取りで人の波をすり抜けて銃器を扱う店の前まで行き、顔馴染みの店主に声をかけた。
「お久しぶりです。おじさん」
「おお! ステアーじゃないか! 今日は随分へんちくりんなもん連れてるなぁ」
そう言われ、ふと後ろを見るとそこにはジャッカー。
確かにこんな人に空を飛んでついて来る球体は見慣れない代物だろう。苦笑交じりに軽く今までの流れを説明した。
「南部に頼まれて横須賀まで行って来たのさ。これはその戦利品、かな」
「そうなのか。今そっちのシェルターが襲われたそうじゃないか。これから帰るんだろ? 気をつけな」
「ありがとう。きっと通信装置が壊れただけさ」
心配してくれる店主に気楽に答えるが恐らく私の表情は固まったままだったと思う。戦前の弾丸数発で弾倉一杯の弾丸を幾つか買うと店主がジャッカーをまじまじと見つめているのに気付いた。
「なぁ、もしこの丸い機械、故障でもしたら中身見せてくれよ」
「何言ってるんだ。南部から借りてるレーザー銃、直すって言って分解したまま組み立てられずに怒られてたでしょ」
「昔のハイテク武器にはどうも興味が湧いてしまってなぁ」
武器屋をやっている割に修理が出来ない店主はあくまで銃は他の武器商人から卸して売っている。
銃の扱いは上手いらしいが、好奇心だけで精密機器に手を出して毎回壊している様で細かいことが苦手。
本人曰く、引き金引くだけなら朝飯前なんだがなぁ、だそうだがそんなのは誰でもそうだ。
雑談も程ほどに。店主に礼を述べて店を後にした。
食事を済ます為に食事を提供する店を探す。そういった店に覚えがあり私の脚は真っ直ぐそこへと向かう。以前来た記憶を頼りに駅の近くの旧デパートだ。
そこは上階が居住スペースになっていて、一階が酒場になっていた筈。そこで食事もとれる。携帯食料を温存させておいて損は無い。
食べれる時に食べておきたかった。考えても仕方が無い。いや、何か食べてその間でも考えることを止めたかったのだ。今何かを考えても不安に押し潰されるだけなのは分かっているつもりだった。
入り口の取り付けられた木製の扉を開いて中に入る。
入った瞬間、様々な物の臭いが鼻腔を刺激した。肉の焼ける香ばしい匂いがするが煙草の臭いと酒の臭い、そして肉の臭み、獣の臭いだ。それらが入り混じった臭いに思わず眉をしかめた。
修理された卓が並べられ、多くの人間が背を丸めて食事をしている。多くの雑談と咀嚼音が混ざり賑わいを見せる店内をカウンターまで歩きつつ空いている席を探す。
私が歩く度に周囲の空気が揺れ、ただ揺蕩うばかりの紫煙が揺らいで消える。
換気扇が回っているが、その小さなプロペラひとつでどうにかなる環境ではない。
ぼんやりと辺りを見渡す。そんな私を背後から声をかけてくる者がいた。
「なんだ。お前もここに来てたのか」
その最近聞いたことのある嫌な声に、私は振り向き様に銃を抜いた。
振り向いた先にいたのは、あの男だった。
「お前、バヨネット……!!」
そう、横須賀で散々追い掛け回してくれたあのバヨネットが今私の前で片足を机に乗せながら椅子に背を預け、今すぐぶっ飛ばしたくなるような薄ら笑いを浮かべながら酒を飲んでいる。
直ぐにでも引き金を引こうとしたが私は何十人と言う数え切れない数の視線を感じ、指が止まる。
「おいおい、こんなところでドンパチか? ここじゃ恨み言も酒に流すのがルールだぜ」
体を動かさずその場で確認できる限り周囲を見ると何人かの者が銃を抜いた私に反応し各々が銃を抜こうと身構えている。
ここでやり合うのは確かに分が悪すぎた。幸運にもバヨネット本人は戦う姿勢を見せない。私は渋々と銃を納めた。
「そうだ。頭が良いな優等生。一杯おごってやろうか」
「結構だ。お前に借りなど作ったりしないわ」
「いや、お前があそこでその玩具を手に入れてくれたおかげで俺は早く仕事が終わってね。寧ろ借りを作ってしまったのは俺なんだよなぁ」
そう言いながら手にしたグラスと口へと運ぶバヨネット。
バヨネットの言葉に背後のジャッカーがビープ音の様な音を発する。自分は玩具ではないと言いたげだ。
人語を理解して処理する、人工知能の様なものが搭載されているみたいなのでバヨネットの言葉に怒ったのかもしれない。
機械の事は良く分からないが、人の言葉一つで一喜一憂する機械なんて見たことが無い。昔の人間は何を思って機械にそんなプログラムを施したのだろう。
そしてバヨネットの借りとは何を指しているのか。私はバヨネットの都合の良い事をやっていた覚えなど無い。
「どういうこと……?」
「俺は傭兵、用心棒、殺し屋だ。あの施設にあるものを守れと言う仕事を貰った。前金でな。そしてお前がそれを持っていった。守るものが無くなったから仕事はおしまいさ」
「取り返そうとは思わないの? 仕事だろうに」
「取られたら奪い返してでも守れ、とは言われて無いからなぁ? 取り返して来いと言う仕事を貰ったら話は別だがな」
責任感の欠片も無い事を言いながらその依頼料で飲んでいるのであろう酒をあおる。酒が入っているのかやたらと饒舌に感じられる。
戦っていた時とまるで別人だ。全身隙だらけで邪気にも似たあの気迫も感じられない。今私の前にいるのはただの飲んだくれの男。
にも関わらず、私はあの戦いが脳裏に蘇り、今にも殴りつけそうな拳をなんとか抑える。
それに殴りたいと思う前に1つ疑問が浮かんでいた。
いつからその仕事を請けていたかは知らないが、あんな大昔の施設になぜ物資の補給の為にではなく保護の為にコイツを雇ったのか。
中の物が気になるなら、それこそコイツに取りに行かせれば良い事だ。
「なに呆けてやがるんだ? 酒も飲まないで態々俺に絡まれに来たわけじゃないんだろ?」
「誰がお前なんかと。お前には関係無いわ」
冷たく言い放つと私は背を向け、目に入った空席に腰を下ろした。カウンター席だった様で、座った途端に待っていたと言わんばかりに私の前に水の入ったグラスが置かれる。
それをガッと掴み取ると喉を鳴らしながら一気にグラスの中身を飲み干した。
この店はヴィレッジから電力供給を受けている為、電磁調理器等の調理器具等が充実しており、シェルターの食堂同等の食事にありつける。
そして此処には稼動できる数少ない冷蔵庫も何台か置かれている。今は冬場ではあるがそれでもキンキンに冷えた水の美味さは一年通して変わる事は無い。
これで背後に信用なら無い男がいなければ最高だ。
カウンター越しに立つ店員に今日あるメニューの注文をする。常にある食材など殆ど無いからだ。
常に用意できるものと言えば調味料になりそうなものしかない。
ラード等の動物油は地上で飼っている家畜から十分に得る事が出来る。植物油も同等に栽培したものがある。
バジルも相当繁殖力があり、数少ない香草として重宝している。どれにしたって汚染された土壌で育ったものだが仕方の無いことだ。
今の時代、汚染されていない土壌等存在しない。
そんな土地があるとするならばあの世だとか天国だとか言われている所なんだろう。
地獄はどうだろう、今生きるこの世界よりはきっとマシかもしれない。そんな事を思いながら運ばれてくる食事を待つ。
「ハクビステーキです」
そっけない言葉と共に出された料理を見る。ニンニクのスライスと一緒に中までしっかり過熱された肉料理だ。
「ありがとう」
ハクビとは内陸側で生息している胴と尻尾の長い小さな獣だ。
全体的に茶色や黒い毛並みをしているが額から"鼻"までのが"白"い事からそう呼ばれるようになったそうだ。
戦争以前にもいたのならなんと呼ばれていたのだろうか。
生きている姿を見たことがあるが愛嬌のある顔と柔らかそうな毛並みに正直自分で殺して捌いて食べようと言う気持ちは湧かなかった。
しかしこうやって調理済みが出てくれば人間は残酷なもので、食欲には勝てるはずも無い。
以前食べた事があったがその時は肉が臭くてやはり進んで食べようとは思わなかった。
だが今目の前にあるものは肉の臭みをニンニクと胡椒で焼いて誤魔化している。
ニンニクの香りが湯気と共に立ち上り、その香ばしい匂いはモヤモヤした気持ちをこのひと時だけ吹き飛ばしてくれるだろう。
一緒に出されたナイフとフォークで一口サイズに切り分けてそのまま口に運ぶ。
火が通っていて少し固めの肉だが塩で下味がついていたためか特にソース等が無くても食べれた。美味い。
そう思ったが今は味わっている時間が無い。私は最初の一切れを味わうと後はサッと胃袋に放り込み、代金として弾を置いて席を立った。
「もう行くのか?」
バヨネットがまた声をかけてきた。
私は無言のまま歩き出す。出入り口の周りは人の流れが出来ている為か混んではいない。
明らかに話しかけるなと言いたげな雰囲気を全身から出して歩いていくも、あと数歩で外と言うところでバヨネットは構わず声をかけてくる。
「お前どこに住んでるか知らないが、そのまま飯の種を探しに出るなら北に行くと良いかもな」
その言葉に私は足を止めざるを得なかった。
反射的に振り返るバヨネットは先ほどよりも更に腹立つニヤケ顔を私に向けていた。
「どうやら川崎の方の大型シェルターのヴィレッジが潰されたみたいだからよぉ。ブリガンドのおこぼれに与れるかもなぁ……!」
「……っ!!」
「ここも川崎も二〇トンとか言う無駄に重くて厚いドアで核爆発も耐えたようだが……三世紀も経てばただ思いだけの鉄くず。ハイテクな棺桶にしたって重い蓋じゃねぇか……クククッ」
完全に向き直る私は同時に銃を抜いていた。
銃身が持ち上がり地面と水平になる所で次に私がしようとした事は誰が見ても明らかだった。
だがしかし持ち上がった銃に突然重くなり、銃身が下がる。地面に引っ張られると言うよりも上から押さえつけられたようだった。
私がその存在に気付きふと横を見ると、見慣れない男が立っていた。
赤い、炎の様な髪色をしたその男の手が私の銃を掴んでいる。いつの間にそこにいたのか、私が呆気に取られていると男は静かに口を開いた。
「お前、駅にいた女だろ。救急隊が出るぞ」
「なぜ……それを」
「お前が連れてるその浮かんでる機械はどこからでも目に付く」
赤い髪の男は銃から手を放すとついて来いと言わんばかりに手を仰ぎながら先を歩き始めた。
その姿とバヨネットの顔を交互に見やる。バヨネットはあっちに行けと言わんばかりに手を下から上へ振る動きを見せる。
憎たらしい態度に下唇を軽く噛みつつ、赤い髪の男を見えなくなる前に追いかけた。走り出す私の背後でバヨネットの声が聞こえる。
「くたばった奴らに俺達は後から行くからよろしく言っとけよぉ!」
******
赤い髪の男を追って小走りに人の波を掻き分け駆ける。その後ろで人の波の少し上から悠々と着いてくるジャッカーをこういう時は羨ましいと思ってしまう。
昔は空を飛ぶ機械が空を所狭しと飛び交っていたらしいが、今となっては空を飛んでも誰も邪魔するものはいないだろう。……地上からの狙撃を除けばだろうが。
直ぐ側まで追いつくと男は歩きながら私が追いついたのに気付いた様だ。
目の前にいる男の向かう先には横浜駅。駅の周りには人が少なく、武装した兵士が巡回しているくらいだ。
人で混雑した空間はシェルターの中での生活である程度慣れてはいるものの、好きではない。
漸く広い場所に出れたかと思うと安堵のため息が自然に出た。
「お前、アイツと関わると碌な目にあわないぞ」
「バヨネットを知っているの?」
私の質問に男は背を向けたままだがあからさまに笑っているのが分かった。
「シェルター育ちは噂にも疎い様だな。まぁいい。あれは地元で有名な不良とか言うレベルの有名な傭兵ではない。恐らくはこの関東の焦土中では知らない人間はお前みたいなのを除けばいない程だ」
そこまで有名とは知らなかった。
南部すら口に出したことが無かったがたまたま聞く事が無かっただけか、はたまた人前で言うのも躊躇われる様な奴と言う事か。
正直後者だろうと私は思う。
「そんな奴とは知らなかった」
「だろうな。アイツに銃口を向けるような奴はお前の様な知らないが故に無謀な奴か奴に狙われちまって仕方なく応戦する奴だけだ」
そんな話をしているうちに駅の中へ入る。最初に入った時から数十分、雰囲気は一変し、呼び集められた武装した一団が整列しており、今すぐ駅を出て川崎へ向かうといった様相だった。
その列の中に赤い髪の男が最後尾に立つ。
するとその足元には彼の荷物であろうバッグと銃が置いてあった。
置いてあった銃、M一四にも見えるそのライフルはパッと見た時の印象はM一四であったが若干バレルが長い。
長さもそうだがそもそも少し太くも見えることから恐らく機関部、レシーバーも変えているのかもしれない。
ストックからフォアグリップまで木製だが、テープが巻きつけてあったりと何度か修繕したような後が見えた。
取り付けられたスワットスリングを掴んでライフルを持ち上げるとそのままの勢いでライフルを肩に掛けた男は漸くこちらに顔を向けた。
鋭い目つきの男だがどことなく少年の様な子供っぽい顔つきでもある。
体格を見る限りでは十代後半から成人はしている位かと思ったが顔だけ見たら理緒よりも少し年上、少なくとも私より年下かもしれないと思える程であったがその顔立ちに相応しくないほどに深く刻まれた眉間の皺が彼の人生が以下に苦労が絶えなかったか物語っている。
いや、この世界に生れ落ちた時点で苦労の無い人生などありえないのだ。
だから彼が特別不幸だったとは思わない。ただ、きっと今までは表情を殺す事が出来ない人間だったのだろうと思えた。
子供っぽい顔つきだと思い改めてその後姿を見る。背丈は私より少し低いくらい。
先ほど真横に立たれた時、目線がほぼ一緒だったのでそう変わらないか。
元々は白かったのであろうロングコートは埃や砂等で汚れて茶色く変色したり、所々黄ばんでいた。
裾が奇妙な解れ方をしているように思う。防刃効果でもあるのだろう。風によってもあまり靡かない様子を見る限り生地に何か編み込んでいるのか重さを感じられた。
全身をアーマーやプロテクターで固めていて体格まで子供なのかは分からないがそれで汗1つ流さず何食わぬ顔で歩き回っている所を見るに相当体力はある様だ。
と、そこで目の前の男はわざとらしく一度咳払いをした。ジロジロ見すぎたか。
「お前の名前はステアーでよかったか」
「……お前に名乗った覚えは無いけど?」
「見慣れない人間がいると聞き耳を立ててしまってな。普段はヴィレッジの警備をしているから職業病みたいなものだ」
いつの間にか構内で兵士とした会話を聞かれていたようだ。
こんな目立つ人間など目に留まるような気もするが一体どこから聞いていたのか。
しかしそのおかげもあってか私の事を気にしてくれたようだ。
だが私だけ一方的に名前を知られていると言うのはどうも気分が良いものではない。
と言うよりも、自分の事を一方的に知られており、相手の情報を自分が持っていないと言うこの状況が落ち着かなかった。
「そう言う貴方は何者?」
「俺か。俺の名は火野神威。どっちでも好きに呼べ」
「神威? 変わった名前ね」
特に何も考えず言ってしまった言葉に自分で人の事を言えた事かと思ったが案の定目の前で鼻で笑われた。勿論次に出た言葉は「お前に言われたくない」だった。名付け親に文句を言えと思いつつもその言葉は飲み込んだ。
救急隊の隊長と思わしき壮年の顎鬚を蓄えた体格の良い兵士が点呼を取ると武装した一団が一斉に歩き始めた。漸く出発だ。
南部や理緒、イサカ、ヴィレッジのみんなを心配しつつ、私は横浜ヴィレッジの救急隊と共に駅を後にした。
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