第6話 バヨネット:後編

 遠目に見てもわかる。戦闘機の残骸の影に幾つも転がる死体、死体、死体。降り始めた雪にその体の輪郭は見やすかった。

 ここで何か大規模な争いがあったのかもしれない。ブリガンド同士の縄張り争いでもしたのかもしれない。それ自体は珍しい事ではない。

 軍事施設に居を構えれば武器防具の確保は保障されるだろうし、破壊を免れた施設はその辺の一般の住居よりも強固な造りになっているだろう。

 拠点として機能するのならば地上でのこれ以上の安全な場所は無いだろう。

 それにここは海の近く、軍港があり、目の前に広がるは飛行場。

 視界が広く確保できて尚且つ海を背にすれば外敵の攻めてくる方向は狭くなる。戦力を分散する必要も無い為に人員も装備も少なく済むだろう。


 だがしかし、抗争があったと仮定するならば勝利した側の人間はどこに行ったのかと言う疑問が直ぐに浮かぶ。静かすぎるのだ。

 私は銃のスコープを覗きこみ、金網の向こう、敷地内の建築物を見た。

 屋上、窓際、建物の出入り口、何処にも人影は無い。窓も出入り口も、硝子は割られ中は暗い。

 ふと脳裏に過る言葉。


「バヨネット……」


 私は飛行場に散らばる数多の死体をスコープ越しに観察する。


 そして、私の半分ありえないと思っていた妄想は目の前に現実として目にする事になった。




 切り傷、刺し傷……。転がる死体は全て鋭利な刃物による損傷を受けていた。軽装の者はその衣服をズタズタに裂かれ、目に見える範囲の肌と言う肌は無残に切り刻まれている。重装備でアーマーを着こんでいる者も、プレートの隙間を切り裂かれていた。

 そして知ってしまった。


 傷が、新しいのだ。


 血が固まっている者もいたが、その殆どはまだ粘性の強い真っ赤な体液を傷口から垂らし、積もり始めた雪を赤く染めている。


 死んだ今となってはこの死体達の戦闘能力の程はわからないが、どれも銃を携帯している。そんな集団を刃物で仕留める連中がいるのだとするならば余程の狂人の集まりだろう。仮に銃を持っていたとしても銃を持った集団に刃物で相手にしようとは思わないし、銃を持っているなら尚更銃で奇襲し、少しでも相手の数を減らしたいと考えるのが正常な思考だと思う。

 そしてある事に気付き、戦慄する。




 私は何度銃声を聞いた?


 そう、私は此処に来る予定だった。その途中で銃声に気付き、先程その銃声の主と思われる男の死を見た。

 そして今前に広がる死体はどうだ。死体は新しい。抗争があったのなら、もっと早く銃声に気付いただろうし、そんな数発の銃声では済まされない、けたたましい銃撃戦の音が聞こえた筈だ。


 一人一人、こっそり忍び込み殺して行ったとするならばどうだろうか。それでも一人の人間につけられた傷の数は異常だ。

 それに一撃でも切りつけられれば悲鳴のひとつも上げるだろう。そうすれば周りの仲間は敵襲に気付く筈なのだ。

 この集団と同じ人数の刃物を持った集団が一斉に暗殺をした? 今見える範囲でも十人以上はいる。

 そんな数の人間が集団で動いて1人にも気付かれずに一斉に斬殺を行ったと言うのは現実味が無さ過ぎる。


 どちらにせよ常識が通用しない様な何かがこの武装集団を壊滅させたのだろう。

 これ以上の考察は気が滅入るだけだと判断し、私は意を決して軍事施設に乗り込む事に決めた。

 そうだ、例えどんな事があろうともヴィレッジに必要な物がこの先にある筈だ。


 私は集団を相手にする事を仮定して、武器をTMP二丁に持ち変えようとした、その時である。




 スコープから目を離そうとした次の瞬間、一瞬だがスコープに何かが映った。私は急いでまたスコープを覗きこむ。


 人だ。施設の出入り口付近に先程までいなかった筈の人間が立っている。生きた人間だ。


 私は瞬時に引き金に指を添える。直感的に、この斬殺死体を作った側の人間であると思った。そうでなければ自分の仲間が殺されているのに呑気に煙草など吸っている筈が無い。それに周囲の人間と違い特徴的な姿をしていたのも違和感を感じたのだ。


 男は火を点けた煙草を口に銜え、佇んでいる。長い前髪で顔が見え難い。左目の上で分けられた前髪、その左側の髪は後ろへと上げられ固めており、左耳に垂れ下げたピアスが強調されている。

 目は鋭く、違和感の1つはその目の色である。薄く紫がかった黒目部分は私の知っているどの人種にも当てはまらない。透明度の高い瞳の薄紫はいつか図鑑で見たアメジストの様だ。その美しい色合いに反して、その瞳に宿った冷たい眼光は初見でその者の残忍さを隠す事無く晒していた。

 そして違和感の2つ目は服装だ。男は黒い防弾ベストの上に厚めのコートを着ている。その為筋肉量は分からないが高身長でガッチリした印象を受ける。それだけならよく見かける外を探索する人間に該当するのだが、そのコートのデザインだ。

 黒を基調としたロングコート、その裾には白の連なる山形、ダンダラ模様だ。


 基本的に、外界で活動する者はあらゆる危険に遭遇する事を想定して様々な装備をする。戦争によって都会は全て荒れ果てた廃墟群となり果てた。そこに緑は無く、黒と灰色の瓦礫のジャングルだ。そこで危険を避けるために必要なのは迷彩である。

 迷彩は周囲の色に合わせた装備をして擬態効果を発揮し、外敵から自分を発見させないようにする為のものだ。つまり、崩壊した町並みに溶け込むには今私が着ているコート等の衣類の様に黒っぽい服装でいた方が擬態効果を得られやすい。


 だがこの男はどうだ、擬態などする気が無いように見える。

 そもそも隠れる気すら無い。それどころか警戒すらしている様に見えない。


 あんな所で立ち、紫煙を吹かして何をしているのだろうか。

 誰かを待っているのか、それとも待ち構えているのだろうか。どちらにしても、私はその男の立っているその奥に様がある。


 気付かれていないのなら、先手を取るまでだ。幸い相手は煙草を吸ったまま雪の降らせている暗雲を見上げている。


 男の顎に狙いを定める。相手は丸腰だ。刃物を持っていたとしても、数百メートルは離れたこの場所からの狙撃に対処等出来る筈も無い。


 引き金を引き絞る、刹那。



 バンッ――!!


 響く銃声。室内に反響する。

 暗雲立ち込め雪が降る薄暗い空の下、静かな飛行場の空気を弾丸が切り裂く。

 スコープに映る男の顎は銃弾によって抉られ、見上げていた頭の後頭部をぶち抜く……筈だった。


(外した……っ!!)


 私は焦った。目の前の男は偶然か半歩横にズレ、私の放った銃弾は男の頭の横を通り抜けて行ったのだ。

 半ば焦る気持ちを抑えつつ、再び男に狙いを定める。明らかに向こうは自分が狙われた事に気付いているだろう。位置まで特定される前にさっさとケリをつけなければ。


 冷静さを装っていた私だったがスコープの中心を男の顔に合わせた瞬間、背筋に冷たい物が走るのを感じた。

 時間が、止まって感じた。


 笑っている……。男は、笑っている。口角を釣り上げ、その冷たく鋭い視線をスコープを通して私へ真っ直ぐ向けながら不気味な笑みを浮かべているのだ。

 その時確信した。避けたのは偶然ではない。この男は、いつからかわからないが私がここで銃を構え、狙撃する事を知っていたのだ。

 それを知ってしまった私は初めて人に対して恐怖を感じた。仮に居場所が分かっていたからと言って、数百メートル先の狙撃手の銃を撃つタイミングを察知して一歩歩くだけの動作で銃弾を避ける等、常人が出来る芸当では無い。


「何なんだ……コイツ……!!」


 思わず口を衝いて出た言葉。それに合わせるかの様に男は笑みをその顔に貼り付かせたまま、ゆっくりとこちらに向かって歩き始めたではないか。

 気味が悪い。私は半分慌てながら男に向けて第二射を放った。



 バンッ――!!



 二射目は確実に男に当てる為に胴体を狙った。しかし、なぜだ!?


 男の体に銃弾は届かない。それどころか銃声に重なる様に聞えた金属音。



 キンッ――!



 男の左手にはいつの間にか刃渡り一五センチ程の刀身の厚いナイフが握られている。

 信じたくはないが私の狙いを見抜き、隠し持っていたナイフを命中する個所に合わせて振って銃弾を弾いたのだろう。

 化け物、私はこの不気味にして常識の範疇の外に存在する男に驚きと恐怖の入り混じった感情を覚えた。

 男の持つナイフの鍔を見ると特徴的な輪が付いていた。銃に着剣する為の輪だ。


 銃剣……バヨネット……こいつが私の背後で息絶えた男が死に際に言っていたバヨネットなのだろう。


 男は段々とだが歩く速度を強め、肩で風を切る。そして私は見た。今まで見た事の無い刃渡りの剣を。そう、それは正にナイフでは無く剣だ。一メートル以上はあるだろう剣をコートの内側から抜き放つと次の瞬間には男の歩きは走りへと変わった。その速さは確実に私の足よりも遙かに速い。百メートルを四秒程度か。

 手にした剣にもさっきのナイフと同じ特徴的な鍔の形状をしていた。

 どう見ても自ら手で握って振り回さないと扱いにくそうな長物の剣。これも銃剣だと言い張るのなら、バヨネットリングの付いた物は全部銃剣と呼ぶだろう。

 警告をして死んだ男に騙された様な思いだったが今はそんな事を気にする暇は無い。更に言えば、距離を取り直す暇は無い。

 一瞬にして狙撃出来る距離では無くなった所まで詰められた事に焦りを感じつつも直ぐ様銃を横に放り、TMPを二丁一気に引き抜くと男に向けて銃弾を雨を食らわせる。

 分間九〇〇発を連射するTMPが二丁、そのフルオート連射を真正面から受けるのだ。遮蔽物も無い。

 こちらに向けて真っ直ぐに突っ込んでくる体勢から回避行動をするには一瞬でも体の動きは遅くなる筈だ。

 勢いを殺さずに避けようとするなら前に向けて倒れ込むようにしなければならないだろうが、そうなれば倒れ込んだ所に集中砲火だ。

 私は両手のTMPの引き金を同時に勢いよく引いた。


 瞬く間に硝煙の香りが辺りを漂う。連続で響き渡る銃声。飛び散る薬莢。雪を赤く染める鮮血……。


 鮮血が視界に広がると思ったが、予想は違った。


 連続した発砲音、その中に紛れていた。偽りなくその音は正しく、金属のぶつかり合う音。

 聴き慣れている筈の"跳弾"の音だ。

 跳弾というのは、基本発射された銃弾が何かにぶつかって軌道がずれて明後日の方向へ飛んでいく事を指す。



 そう、私が弾倉の中身を撃ち尽くした僅か数秒の間に、目の前の男は勢いを殺さず、弾を避けもせず、真っ直ぐに、私に向けて、その笑みを崩さず、走りながら、手にした銃剣を振り回し、私の放った銃弾のその殆どを弾いて防いだのだ。


 ありえない! そんな馬鹿な!! 真正面からフルオートの射撃を受けてたかが銃剣二本で自分に当たる弾丸を全て防ぎきったのか!?

 無暗に振り回して偶然全て、運よく、全てを叩き落とす等、どんな偶然が重なったにしてもあり得ないし、その様な偶然に駆けて前進する者等狂人でもそうはいないだろう。

 つまり奴は、ダンダラ模様のコートを着た謎の男は意図して自ら突っ込み、自分の力を確信して私の銃撃を真正面から防ぎきったと言う事だ。

どちらにせよあり得ない事だ。人間に出来る業じゃない。


「おいおい、手が止まってるぞ」


 我に返る。声が聞こえる距離にまで男に接近を許していた。

 馬鹿な。私とした事が、取り乱した揚句に数百メートル先にいた人間の狙撃を失敗したどころか、その標的に気付かれ至近距離まで接近を許し、その時には両手の銃の弾倉を全て撃ち尽くしていた。なんて無様な。


「……チッ!」


 私は思わず出た舌打ちと共に体を反転。廃ビルの暗がりへと走り出した。

 背後で男の声がする。神経を逆なでする様な、高いとも低いともつかない、ねっとりとした声。


「逃げろ逃げろ……」


 私が先程まで立っていた場所に男は窓を飛び越えて降り立った。

 そして私を直ぐに追おうとせず、その口角を怪しく釣り上げ、私に聞こえる声でこう言った。


「ウサギ狩りの時間だ! 精々頑張って逃げろ逃げろ!」


 その後を継いで出た男の笑い声は暗い廃ビルの中に反響した。

 私は確信する。この男こそバヨネットと呼ばれる男。そして戦いを狩りと称する戦闘狂だと言う事を。

 ヘビーバレルを放ったまま置いてきてしまった事を頭の隅で後悔しつつ、私は廃ビルの階段を駆け上がった。

 廃ビルの中にまで乗り込んで来たバヨネットを見て、私はある事を思いついていた。あんな化け物、真っ向勝負なんてやってられない。


 走りながらTMPをホルスターに納め、次の行動に移る為に廃ビルの二階に上がった所で呼吸を整えた。

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