その4 五反田署

 その時だ。


「3本確保、五反田ごたんだ!」


 という声が飛び込んできた。


「おおーっ、確保したか! 武宮たけみやさん、同行お願いします」


 どうやら首実検らしい。

 生まれて初めてサイレンを鳴らすパトカーに乗ることになった。


 パトカーは赤色灯とサイレンで周囲を威嚇いかくしながら信号無視で交差点に突っ込む。

 とはいえ、サイレンに気づかない一般通行車両も多いので、パトカーの方が道を譲ることもあった。

 ともあれ五反田署に到着。


 建物の一角から複数の怒鳴り声が聞こえる。異国の言葉だ。


「こっちに来てください」


 そういってヤマハシさんはズンズン歩いていく。

 突き当りに小部屋が3つ並んでいた。


 その手前の机に無造作に包丁が3本、放り出されていた。

 ボール紙でつくった手製のさやも一緒にだ。

 それを見た瞬間、現実を突きつけられた。


 額に汗が噴き出る。


「こんな危ないものを持っていたのか!」


 思わずつぶやいた。


 部屋の中からは理解不能な怒声どせいが響いている。

 3つの小部屋は隣り合っていて声が筒抜つつぬけだ。

 口裏合くちうらあわせなんか簡単にできてしまう。


「先生はまだか!」


 どうやら通訳を呼んでいるらしい。


武宮たけみやさん、顔を確認してくれますか?」


 最初の部屋のドアを開ける。

 怒鳴り声が一瞬やんで、中年男がこちらを振り返る。

 すぐに興味なさそうに顔を戻した。


「この人じゃない」

「じゃあ、次いきましょう」


 次の部屋も同様だ。

 結局3人とも見たことのない顔だった。


「いけたと思ったんだけどな」


 ヤマハシさんはいかにも残念そうだった。

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