その5 伏川邸

 それやこれやで警察から解放されたのは夜だった。


 まず妻に電話する。

 事の顛末てんまつを説明し、しこたま説教を食らった。


 次に江戸医大の伏川ふしかわ先生の自宅に電話する。

 日本外傷手術学会前日の飲み会に招かれていたからだ。

 お察しの通りオレ達は医者だ、危うく患者になるところだったけど。


 電話に出た奥さんにずいぶん心配された。


「こうやって話ができているのだから大丈夫です。遅れますけど、すぐにそちらに向かいます」


 伏川ふしかわ先生の自宅に到着すると他の客も含めて全員総出で迎えられた。


武宮たけみや死すとも日本外傷手術学会は死せず!」


 道中考えてきた渾身こんしんのギャグをかましたが誰も笑わなかった。


 伏川ふしかわ先生の家では高校生の娘さんの手作り料理を食べながら、スリの話や警察の話でその場の全員にエンターテイメントを提供することになった。

 さらに娘さんの作ったケーキをいただきながら、五反田署ごたんだしょで見た包丁の話をする。


 困ったことには翌日が学会の本番なのに、スーツの背中がパックリ切れてしまっていた。

 そこで伏川先生がジャケットを貸してくれることになった。

 恰幅かっぷくの良い人なので、借りたジャケットはオレの体にぴったりあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る