南海の決闘! ~戦艦伊勢vs巨大伊勢エビ~
第1話 巨大生物
「行方不明の漁船ならびに周辺海域を調査されたし」
艦隊司令部からの突然の命令に、戦艦「伊勢」艦長は困惑していた。
国内外を問わず、ここ数日の間に「伊勢」が現在航行している周辺海域で漁船が次から次へと消息を断っているのだという。
そこで、「伊勢」に対して二日間にわたり周辺海域を調査せよとのことだった。
だが、「伊勢」は戦う艦であって調査船では無い。
艦長は多少の反発は覚えたものの、しかし命令とあらば仕方がないと割り切る。
あるいは、「伊勢」は戦艦だから、仮に不測の事態が生じたとしてもそれなりに対処が可能だと艦隊司令部は判断したのかもしれない。
艦長はまずは情報を得るために周辺海域で操業しているであろう漁船の姿を捜すよう命令した。
そして、その数時間後、「伊勢」の見張りの兵士からもたらされた報告に艦橋は色めき立つ。
漁船を見つけたことよりも、その漁船が発する発光信号がただならぬ意味を持つものだったからだ。
「S.O.S」
報告を受けた艦長はすぐさま漁船の方角に向けて舵を切るよう命じる。
だが次の瞬間、漁船の後ろで海面が大きく盛り上がる。
そして、そこから飛び出した異形が漁船におおいかぶさった。
艦長以下、乗組員はその誰もが息を飲んだ。
そのうちの何人かは眼前に展開される異様な光景を見て自分は夢を見ているのか、あるいは頭がおかしくなったのかと思った。
「航海・・・・・・」
真っ先に現実に意識を戻した艦長が、かろうじて口から言葉をひねり出す。
「私の目がおかしくなければ大きな海老が漁船に襲いかかった、そうとしか見えないのですが」
「航海」という言葉を忖度した航海長が、顔を青ざめさせつつそうこたえる。
すでに漁船の姿は無かった。
ただ、その海面下では巨大な海老がまだ蠢いているのだろう。
不自然な波と泡が今も海面を騒がせている。
艦長はただちに取舵を命令、さらに副砲と高角砲でもって右砲戦を下令する。
発砲命令はまだ出さない。
今は戦時では無いし、戦闘配備も行っていない。
それでも主砲に比べてさほど手数をかける必要のない副砲と高角砲はほどなく泡立つ前方の海面に向けてその砲身を向けた。
「準備が出来たものから順次砲撃開始!」
艦長の命令と同時に、動きの素早い連中が操作する副砲や高角砲が火を噴く。
その砲撃は「伊勢」が当該海面の至近に近づくまで続けられた。
しかし、そこにあったのはかつての漁船だったものの残骸だけで、異形に関する手がかりは何一つ発見できなかった。
「あれは間違い無く海老でした。それもその触角からおそらくは伊勢エビだろうと思われます」
三重県の漁村育ちの砲術長が艦長に昼間見た信じがたい光景を真面目な顔で報告する。
砲術長の話を聞く艦長も苦い顔をしている。
「漁船を大きく上回る巨大海老を発見」
艦隊司令部にはそう打電した。
だが、戻ってきた返事ははかばかしいものではなかった。
「すぐに帰投し、休暇に入れ」
「伊勢」の居住性は日本の戦艦でも最悪の部類であり、将兵は皆疲れていると思われたのかもしれない。
痛恨だったのは写真撮影をしていなかったことだった。
まあ、誰だってこんなことは予想もしていない。
仕方が無いと言えば仕方が無かった。
「どうされます?」
砲術長が艦長に問う。
漁村育ちの砲術長にとって漁船を襲う巨大海老を見過ごして帰投するのはしのびないのだろう。
「砲術長、あれが仮に伊勢エビだったとして、奴は何を食べる?」
「何でも食べますよ。俗に言う雑食性です。あるいはそれで漁船を襲っていたのかもしれません。船倉にある魚を狙って」
「なるほどな。漁船ばかりが狙われる理由がそこにあるのかもしれんな」
そう答える艦長に砲術長は期待を込めた目を向ける。
「もちろん、巨大伊勢エビと戦うさ。艦隊司令部に頭がおかしくなったと思われるのは癪だからな」
艦長は笑ってそうこたえる。
だが、目は笑っていなかった。
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