第2話 山城最後の戦い

 左右にやや遅れて前方からもまた多数の発砲炎がほとばしり始める。

 距離は思ったほど離れていない。

 あるいは、一万五千メートルも無いのではないか。

 敵が放つ発砲炎から、敵が砲撃戦の理想とされる丁字陣形を描いているのが分かる。

 それを見た西村司令官は不利な態勢を強いられているのにもかかわらずほくそ笑む。

 敵の砲弾が飛んでくるのにも構わず、「山城」は最大戦速で突っ込んでいく。

 敵に近づくにつれ、その発砲炎の大きさから敵艦隊は前衛に巡洋艦、その後方に戦艦を配置しているのが分かった。

 米艦隊との距離が一万メートルを切ったあたりから敵の砲撃は正確になり、「山城」も複数の命中弾を食らう。

 だが、その多くは巡洋艦からのもので、戦艦からのものは少ない。

 それでも「山城」の艦上の至るところで火災が発生し、それは敵にとっては格好の目印であり、さらにそれが敵の攻撃を誘引することになる。

 「山城」はボロボロになりながらも最後の力を振り絞り前進を続けた。

 西村司令官は命令を発す。


 「各艦は我を顧みず前進、敵を攻撃せよ」


 燃え盛り、速度の衰えた「山城」を「扶桑」と「那智」、それに「足柄」の三隻が追い越していく。

 各艦の艦橋では艦長らが「山城」に敬礼しつつ、そのいずれも米艦隊に向けての進撃を継続する。


 一連の様子を確認した米艦隊は目標を「扶桑」へと変更、距離が近かったこともあり、同艦が火だるまになるのは「山城」よりも早かった。

 「扶桑」が先頭に立った時点で米艦隊との距離はすでに八〇〇〇メートルを切っていたから、いくら夜間にスコールという悪条件の中だとはいえ、よほど腕が悪いのでない限りは必中の距離だ。

 一方、火だるまになった「扶桑」だったが、それでも機関部は無事であり、最大戦速で米艦隊に肉薄する。

 日米双方の距離が六〇〇〇メートルを切ったとき、その燃え盛る「扶桑」の左右に二つの影が飛び出した。

 「那智」と「足柄」の二隻の重巡だった。


 「機関が焼き切れても構わん。敵艦隊の中央を突破するつもりで突っ走れ」


 第二遊撃部隊を率いる志摩長官の命令で「那智」と「足柄」は三三ノットに増速、そしてその直後に弾火薬庫に火がはいったのか、「扶桑」が大爆発を起こした。

 「扶桑」の爆発光に幻惑された米艦隊は「那智」そして「足柄」への対処が遅れる。


 命中が期待できる間合いに到達した「那智」と「足柄」は魚雷発射のために速度を落とす。

 最大速度で航走する最中に魚雷をぶっ放せば、かなりの確率で魚雷にトラブルが生じるからだ。

 魚雷発射が可能になる速度になったことを確認した「那智」と「足柄」は合わせて一六本の魚雷を発射する。

 さらに大胆にも敵前回頭を成し遂げさらに反対舷の魚雷の発射にも成功していた。

 その時、米艦隊は丁字陣形を描いていたために大きな横腹を「那智」と「足柄」にさらけ出す形になっていた。


 一方、魚雷を撃ち込めばもう用は無いとばかりに「那智」と「足柄」は遁走を図る。

 やがて、米艦隊の複数カ所で大きな光が発生する。

 酸素魚雷が命中した証だった。

 友軍の損害に激怒した米艦隊の巡洋艦が「那智」と「足柄」に追撃をかける。

 その数は四隻。

 二倍もの敵に追撃をかけられては両艦ともに助かる見込みはない。

 だが、その米巡洋艦の前に炎の壁が立ちはだかった。

 「山城」だった。

 艦上に発生した火災は懸命の被害応急によってかなり下火にはなっていたものの、それでも艦がうけたダメージの大きさは遠目からでもよく分かった。

 その「山城」から発光信号が放たれる。


 「各艦は我を顧みず前進」


 そこまでは先ほどの命令と同じだった。

 だが、それに続く命令は「敵を攻撃せよ」ではなく「生きて国のために尽くせ」だった。

 それを見た「那智」艦長が志摩長官をみやる。

 その目は「山城」を置き去りにして自分たちだけが離脱するのかと問うている。

 志摩長官ははっきりとした声で「那智」艦長に命令する。


 「このまま前進だ」


 仲間を盾に、そして見殺しにした臆病者の汚名は自分がかぶるとの覚悟がその瞳に宿っていた。

 それにほとんどの魚雷を撃ち尽くした「那智」と「足柄」に出来ることはもうほとんど残っていない。

 ここは生き残って再起を期す以外に道はなかった。


 「那智」と「足柄」が「山城」の後方を抜けていったという見張りからの報告を受けて西村司令官と「山城」艦長は微笑んだ。

 目標を「那智」と「足柄」から「山城」に切り替えた敵巡洋艦から次々に発砲炎が上がる。

 満身創痍の「山城」にさらに大量の砲弾が降り注ぐ。

 一方、「山城」は最後の力を振り絞ってまだ生きている三番ならびに四番の二つの砲塔を旋回させる。

 夜の闇と火災の煙、それに丈高い艦上構造物に遮られて米巡洋艦はそれに気づかない。

 すでに反撃能力を失ったと早合点して迂闊に必中距離にまで近寄った米巡洋艦に「山城」の四門の三六センチ主砲が傲然と火を噴いた。



スリガオの閃光 ~山城 扶桑最後の戦い(完)~

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