第5話 最後の会話

 「何か、言い残すことはあるか?」


 刀を持った役人が問う。


 死刑は、見せしめとするために村のど真ん中で行われる。だが実際のところは、わざわざ死刑を見に来る人は多くない。


「ない」


 俺がそう答えると、役人が周りにも聞こえる声を出す。


「これより、殺人の罪を犯した二宮桂太を打ち首の刑に処す!」


 聞いたことがある。首を斬るということは相当難しく、ましてや一刀両断など、余程の力がないとできないと。


 意識を保ったまま、何度も刀を振られ続けるのだろうか。それを思うと、やはり怖い。


 だけど、これでよかったんだ。あのまま恭太か俺を庇い続けてたら、恭太も何かしらの罪に問われることがあったかもしれない。



 それだけは嫌だ。

  

 苦しみを味わうのは、俺一人で十分だから。


 覚悟を決め、目を閉じる。


 ごめんなさい、母上。あなたから授かったこの命、最期まで全うすることができませんでした。母上の子供として生まれてこれて、本当によかったです。


 ごめん、恭太。俺がしっかりしてないから、またお前を辛い目にあわせてしまった。一人にさせてしまった………だけど、生きてほしい。恭太には、必ず幸せになってほしい。死にたくなるほど苦しくても、その手で幸せを掴みとってほしい。天国で、お前の楽しい話が聞けるのを待っているから。


 周りが水を打ったように静かになる。


 人の声も、動物の鳴き声も、風の音さえも聞こえない。まるで示しあわせたかのように、何の物音もしない。


 そんな状況の中、静寂を打ち破るように誰かの声が響いた。


「兄上!」


 聞き間違いだと思った。


 唯一の心残りである弟が、俺の心の中で叫んでいるだけだと。


 だが、その声はあまりにもはっきりと聞こえていた。


 顔を上げ、目を開くと、弟が泣きながらこちらに向かって走ってきていた。


「恭、太…………」


「兄上っ!」


 涙で濡れた顔で、俺の体を強く抱き締める。


「兄上、死んじゃ嫌だ! 兄上はなんにも悪くないのにっ!」


 かすれた声でそう言う。


「恭太」


「何で誰も僕の話を聞いてくれないのっ?!

兄上は殺してなんかないっ! 僕を守ってくれただけなのにっ!」


「おい餓鬼、離れろ」


 役人が恭太をつまみ出そうとする。


「五月蝿いっ! 村の住人の事情を汲み取ることもできないお前らなんかに、兄上は殺させないっ!」


 まるで幼い子供のように、役人に怒鳴る。


「兄上…………もうこんな村から逃げ出そうよ

…………逃げて、二人で一緒に生きようよ……二人で、幸せになろうよ………………………」


「…………恭太」


 恭太だって分かっているはずだ。この状況で、二人で逃げ出すなんて不可能だと。たとえ逃げ出せたとしても、その後には今まで以上に過酷な生活が待っているだけ…………。

「ごめん…………できない…………ごめん

…………………ごめんな…………恭太」


 涙が、溢れだしてくる。


 俺が弱いから、こんな結果になってしまったんだ。弟を殺されたくない一心で、頭に血が上り、あいつを殺してしまった……………その結果がこれなんだ……………俺がもっと強い心を持っていれば……………。


「謝ってほしいんじゃないっ! どうしていつも兄上は謝るの? 兄上はいつだって自分のことは後回しで僕や母上のことばかりっ! ………兄上が死ぬくらいなら……………僕が殺されてればよかったっ!」


 言葉が、出ない…………頭が真っ白になった。


「いい加減にしやがれ!」


「っ! 離せっ、離せよ糞野郎っ! 兄上っ!

兄上っ! 兄上えええええ!」


 恭太の叫び声が、いつまでも心に響いていた。




 

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