本編

第2話 鹿肉のトロトロ串焼き、濃厚たれ

 何から話すか。まあ、この店の中でも自信のあるメニューがいいよな。

『鹿肉のトロトロ串焼き、濃厚たれ』これなんかどうだろう。


 鹿肉を、表面をあぶって、軽く煮て、またあぶって、肉を煮詰めて取っただし、醤油、味噌なんかで調合した濃厚なたれをかけた当店自慢の焼肉だ。肉とビールで終わりの疲れをいやすというのは、明日へ向かうために重要なことだ。


 皆、『今日生きててよかった』だの、『今度の仕事はやばいかもしれない』だの、『最後の晩餐だ』だのと山ほど飯を食い、どこに入るのか不思議に思うほど旨いビールを飲んで大騒ぎした数週間後にまたやってきたときには、前に来た時から一人欠けていたりする。


 それでも、『あいつは勇敢だった』とか、『あいつも最後にいい仕事した』とか、今は鬼籍に入って死んでいった仲間たちのところにいるであろうついこの間までの仲間のことを思い出しながらここにきて酒を飲んでいる。


 何?それを食べてみたいって?分かった。注文は『鹿肉のトロトロ串焼き、濃厚たれ』であってるな。少し待ってろ。今作るから。これが少し作るのに時間がかかるんだ。一〇分程度。まあ考え事でもしていてくれ。



 ほらできた。


 まだ熱いからあんまり勢いよく口に入れると肉汁で火傷するぞ。


 カリッと焼けた表面に守られるように内側にはたっぷり肉汁を含んだ層がある。その層までしみ込んだ濃厚なたれは、しっかり脂がのった肉に、醤油や味噌の素朴な塩味が加わり、さらに食欲がわいてくる。


 たれは肉のうまみを引き立てつつ少しだけ自己主張のある辛みがあり、食欲が増してくる。


 どうだ。ビールのつまみにちょうどよさそうだろ。え?車で来たって?そいつは残念だ。なら、代わりにこのおにぎりでもどうかな?当店からのサービスで。


 炊いた米に海苔を巻いただけ。俵型とお結びなんだが、これが子の串焼きと一緒に食べると、まるで別の食べ物のように感じるんだ。


 たれの旨味が、脂ののった肉が、もちもちした白米の甘みに合わさって、同じコメを食べたとは思えないおいしさになる。


 あっという間に食べ終わるだろ。たれの辛みで食欲が増すから、たくさん食べてもしっかり腹に収まるんだ。


 それでは。またのご来店をお待ちしております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る