訳あり食堂、営業中
曇空 鈍縒
プロローグ
第1話 ここは食堂
ここは食堂だ。
そう書いてしまえばそれまでだ。炊き立てのご飯の柔らかい匂いや、炒め物の油の熱い匂い、肉汁の食欲をそそられる香りが、秒単位で動く社会からほんの少し隔離された場所。そして、そこそこ人が入り、そこそこ暖かい場所。
それ以下のものにはなりようがないし、それ以上のものにするのは至難の業だ。
だがここは『訳あり』だ。ある意味でそれ以上のものでもある。
例えば、飲食店を開くにあたっての最低条件は、食品衛生責任者の資格が必要ということぐらいだが、実は私はそれを持っていない。
この食堂の従業員は私一人だから、当然持っている人を雇用しているわけでもない。
つまりこの店は違法っ
待て。一一〇番は待ってくれ。気が早すぎる。今までこの店で食あたりとかそういうことは一度も起きていない(はず)。何しろこっちも向こうも到底きれいな身とは言えない。
訴えたり訴えられたりする前に、撃ったり撃たれたりの話になる。死んでも己が弱い方が悪い。死にたくないなら強くあるしかない。そういう世界だ。
だから俺は強くなった。うちの店はたぶん暴力団がくつろげる数少ない場所だ。ここを争うとするやつはあっという間に・・。
待て。早まるな。
もし、この食堂がつぶれたらこの付近の日の当たるところを歩けない人たちはほぼ全員、数日間外食に行けなくなるうえに、ここの顧客名簿が一行でももれたら日本の殺し屋、反社会勢力は信じられない打撃を受ける。
私は責任を取る羽目になってほぼ百パーセント物理的に首が飛び、何人もの人が責任を取って自害し、何十人もの人が戸籍を捨てて逃げ出す羽目になり、何百人が路頭に迷うことになる。だから早まるな。
良かった。ありがとう。まずその受話器から手を下してくれ。
こほん。ともかくこれでここが訳ありである理由が分かっただろう。当然、こんな都市部のビルの三階にあるホームページもポスターもない食堂に来る人なんてこの食堂があることを誰かに聞いた人ぐらいだろう。
だから、この食堂は、事実上紹介制だ。だがまさか実際
まあこのビル自体、暴力団所有のものだ。ここの組長もこの店の常連だ。組長お抱えの殺し屋も、たまに顔を出す。
この店で何かあった時は一一〇番するより暴力団に連絡した方がいい。え?電話番号知らないって?まあ何かあったら俺が連絡してやる。
まあともかく、せっかく来たんだから何か注文してくれよ。このたいして広くない店と、古びた感じの木製の椅子と机。補修跡があるカウンター。分かるだろ?最近暴力団の羽振りが悪くて商売上がったりなんだ。
警察が本格的に動いているからな。家の店に踏み込むようなことはないと思うが踏み込まれたらそれこそ大変だ。
話がそれた。まあとにかく、なんか注文してくれよ。え?しばらく考えさせてくれ。分かった。ゆっくり選んでくれ。その間に、まあ俺の出会った客の話でも聞いてくれ。この店以外では話せないからな。
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