第17話 相阪家
一緒に住む家を探すにあたって、彩葉ちゃんから一度家族に会って欲しいと話が出る。
「大丈夫です。私が心和さんとつきあっていることは親には伝えていますし、反対もされていません。ただ、一緒に住むなら挨拶くらいしなさいと言われているだけなので、顔見せにだけ来ていただけませんか?」
「それならいいけど、彩葉ちゃんのお母さんは理解があるんだ?」
わたしの母親なら、相手が同性だと知ったらきっと卒倒するだろう。
「私が男性とつきあえないことは、以前から知っていますから大丈夫です」
「それは、今までにも紹介したことがあったってことになる?」
「それはないです。同性の恋人はいましたけど、つき合うだけで一緒に住むとかは考えたことなかったです」
「……やっぱり一緒に住むの思いとどまる?」
「なんでそっちに行くんですか、心和さんは。もうキャンセルききません」
もしかして無謀なことを言ってしまったのではないかと思ったものの、彩葉ちゃんにぎゅっと抱きつかれて離れる気はないようだった。
「毎日心和さんの待つ家に帰りたいです」
「後悔しない?」
「しません。むしろ今を逃したら一生後悔します」
「そんなに大げさなものじゃないでしょう?」
「心和さん、私と住むのを犬か猫を飼うのと同じ感覚でいませんか?」
「そんなことないけど……始めてみてから考えればいいかなって思ってる。駄目かな?」
「駄目じゃないですけど、私はもう心和さんから離れませんからね」
方向は間違っていないはずと彩葉ちゃんには肯きを返しておく。
一緒にいるには苦痛ではないし、今以上に彩葉ちゃんとの時間を持てるのは嬉しいに違いないのだ。
彩葉ちゃんの家は、わたしの家から車で30分くらい先の住宅街にあった。今の彩葉ちゃんの会社もすぐ近くらしくて、つまり彩葉ちゃんは家がすぐ側にあるのに、ずっとわたしの家まで片道30分掛けて通ってきてくれていたことになる。
わたしの無茶苦茶な要求を文句も言わずにずっと彩葉ちゃんは叶えてくれていた。
彩葉ちゃんは一途すぎてちょっと危なっかしいところがある。それに最近わたしは気づいた。
休日の午後、前日から泊まっていた彩葉ちゃんの運転する車で彩葉ちゃんの家に連れて行ってもらうことになる。家の前のカーポートに車を駐めて、玄関へと続く小道で家を見上げる。まだ建てられてそこまで年数が経っていないことを示すように、白い壁はそれほど汚れていなかった。
「まだ建ててからそんなに年数経っていないよね?」
「そうですね。私が大学の頃だったので7、8年くらいでしょうか。母の会社が軌道に乗ったから今のうちに終の棲家を建てるって言って建てたんです。心和さんうちは会社を経営しているって言っても、そんなにお金持ちでもないので、普通のサラリーマンと大差ないですからね」
「そういうのは気にしたことなかったよ」
「心和さんの方がお嬢様ですしね」
「えっ!? どうして!?」
「だって、親が結婚相手を決めるって、普通の家ではないですから」
「……そうなの?」
父親は会社の社長で、母親は専業主婦。わたしにある両親はそのくらいの認識しかなかった。実家が何代にも渡って事業を続けているくらいは知っていたけど、それがどれだけの価値があるかなんて気にしたことはなかった。
「はい。自覚なかったんですね」
「なかったかな」
「そういうところがやっぱりお嬢様ですよね、心和さんて」
「飛び出してきたから、もう関係ないでしょう」
「飛び出してくれて本当に良かったです」
笑顔の彩葉ちゃんに手を引かれて、嬉しくなってしまうくらいには、わたしは彩葉ちゃんのことが好きなんだと最近少し自覚は出てきた。
彩葉ちゃんにそのまま手を引かれて、相阪家に2人で入って行く。彩葉ちゃんがまっすぐに向かった先はリビングらしき場所で、そこにはソファーに座ってわたしたちを待っていた存在が2人。
「連れて来たよ。この人が田町心和さん」
事前に話はしてあると聞いていたので、表情を固くしながらも礼をして名前を名乗る。
それ以外はどこまでの範囲で許容されているかがわからなくて相手の反応を待つことにする。
「初めまして。彩葉の母親の相阪
立ち上がって出迎えてくれた人は、彩葉ちゃんに面影があって母親だとすぐに分かった。彩葉ちゃんは日本人離れした顔立ちだけれど、侑子さんもそれは同じだった。ハーフかクォーターなのかもしれない。
年齢はわたしの母親と似たり寄ったりだろうとは思うものの、パワーに溢れているように見えるのは経営者だからだろうか。存在感が全然違った。
そして、もう一人隣に座っていた存在は40代くらいの栗色のショートヘアの女性だった。すっきりとした顔立ちで、若い頃は魅力に溢れていたことが想像できた。
「相阪
姉? 彩葉ちゃんからは一度もそんなことを聞いたことがなかったので、少し混乱する。それに姉とは言っても、さすがに彩葉ちゃんとは20歳くらいは年の差があるように見える。
「美波ちゃん、そんな混乱させるようなことから言わないで。心和さん、私の母親と母親のパートナーの美波ちゃんです。私はこの2人の娘として産まれて育ちました」
「えっ!?」
彩葉ちゃんは母親には長年のパートナーがいると言っていた。何故結婚していないのだろうかと感じた疑問は、それで納得が行った。
同性のパートナーだから結婚できなかったのだ。
でも、一方で同性同士でも子供を育てることも可能だということも示していた。
「言ってなかったの? 彩葉」
侑子さんはどうやらわたしがそのことを知っていると思っていたようだった。
「それを言うために呼んだの。ややこしくしてるのお母さん達でしょ」
「ややこしいって言われちゃった、美波。シンプルに家族になってるのにね」
「普通の家ではないわよ、侑子。ごめんなさい。驚かせちゃったでしょう?」
侑子さんも美波さんもわたしを歓迎しようとしてくれることはわかった。でも、流石に想定の範囲外で頭がまだ受け付けていない。
「はい。まだびっくりしています。美波さんは、彩葉ちゃんが産まれた時からずっといらっしゃるんですか?」
「そう。彩葉はワタシと侑子が望んで産まれた娘だから」
彩葉ちゃんの血が繋がった父親はいるはずだろう。でも、この2人の娘として彩葉ちゃんが産まれ育ったのは何となく納得ができた。
それでも30年近く前であれば、簡単なことじゃなかったはずだった。でも彩葉ちゃんも侑子さんも美波さんも笑顔で、いい家族なのだろうと感じる。
少なくともわたしの家族のように誰かの顔色を窺いながらなんてことはない。
「学生の頃から無断外泊しまくっていた彩葉が、やっと恋人を連れてきてくれたってことは、遊びじゃないってことだよね?」
「美波ちゃん! そういうの心和さんの前で言わないで。別に友達のところに泊まりに行ってただけですからね、心和さん。連絡入れても仕事してていなかったのこの人たちの方ですから」
「彩葉ちゃん可愛いから、つき合ってた人がいないわけないよね」
彩葉ちゃんはわたしとのセックスにも迷いはなかった。つまり、それだけ経験が豊富だということに今更ながらに気づく。
彩葉ちゃんは過去にどんな人を好きになったのだろうか、と興味は湧く。
「いたことは否定しませんけど、今は心和さん一筋です」
「今は、か」
「揚げ足取らないでください。本当にずっと一緒にいたいって思ったのは心和さんだけです」
そう言って彩葉ちゃんが飛びついてきて、彩葉ちゃんを受け止めたものの、人前でどうすべきかを悩む。
「彩葉、がむしゃらに突っ込んでいっても心和さんを困らせるだけよ。もうちょっと頭を使うとかできないのかしらこの子」
「若さ故の無鉄砲さが彩葉の押しだからね」
両親にからかわれて彩葉ちゃんは頬を膨らませる。
「ごめんなさい、心和さん。こんな子でいろいろご迷惑をお掛けすると思いますけど、よろしくお願いします」
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