第16話 限界
そんな中、いつものように仕事が終わってからやってきた彩葉ちゃんは、様子がおかしかった。
ただいまのキスもなくて、ちょっと疲れたみたいです、と腰を下ろして、目を離した間に座ったままで眠ってしまう。
やはりわたしは彩葉ちゃんに無理をさせているのかもしれない。
転職をしたばかりで慣れない仕事で疲れも溜まっているのに、毎晩仕事終わりにやってこさせている。
華奢な体はどこにそんな力があるのだろうと思うくらいパワフルだけど、疲れないはずがない。
「無茶しないでって言ったのに」
ブランケットを肩に掛けて、そのまま彩葉ちゃんを眠らせておく。
よく眠っていた彩葉ちゃんが目を覚ましたのは、23時を回った頃だった。
「すみません。寝ちゃってました」
「疲れてるなら1日くらい来なくても大丈夫だから、ゆっくり休むのを優先して」
「駄目です」
わたしの言葉を彩葉ちゃんははっきり否定する。
「駄目? どうして?」
「わたしが心和さんを一日でも一人にしたくないからです」
「彩葉ちゃん……その気持ちは嬉しいけど、彩葉ちゃんが体を壊すでしょう?」
「それでも駄目です。これはわたしが唯一、心和さんの望みに応えられる手段ですから」
頑なな言葉の理由を探ってみて、わたしは彩葉ちゃんがただわたしの前にいることしか求めていないことに気づく。
わたしはそれ以外を、今まで彩葉ちゃんには求めてこなかった。
だからこそ彩葉ちゃんは疲れても毎日それを愚直に守ろうとしてくれたのだ。
「そういうのもうやめよう。わたしはただ彩葉ちゃんに会えればいいじゃないから。わたしは彩葉ちゃんと一緒にいたいけど、彩葉ちゃんにもわたしといて楽しいとか幸せだとか感じて欲しい。一方的に彩葉ちゃんが頑張る必要ないから」
わたしは彩葉ちゃんの前に膝を落として、彩葉ちゃんを真っ直ぐに見る。
「心和さん……」
「毎日会いに来るくらいなら、同棲でもいいんじゃないかって職場で言われたんだ。でも、彩葉ちゃんがそれを言い出さなかった理由が分かった気がする。彩葉ちゃん、わたしが彩葉ちゃんを愛してるって思ってないよね?」
「…………あやふやなものだと思っています」
視線を逸らした彩葉ちゃんは、独り言のように続ける。
「私はずるをして私は心和さんを手に入れました。呪いの言葉で私に振り向かせて、錯覚させ続けることで縫い止める。それが精一杯でした」
「ごめんなさい、彩葉ちゃん」
無理をするな、なんて酷い言葉だ。無理をしないといけない状態に彩葉ちゃんを追い込んでいたのはわたしなのだ。
つき合っているなんて言いながら、わたしは恋人として求め合うべき一番大事なものを求めていなかった。
「それでも、私は心和さんといたいです。離れたくないです」
「彩葉ちゃん、一緒に住もうか」
自信なんか全くなかった。
でも、今を変える手段がこれ以外にわたしは思い当たらなかった。
「わたしは彩葉ちゃんの恋人であることを、もっとちゃんと頑張りたい。だから、彩葉ちゃんもわたしを普通の恋人として扱って? 彩葉ちゃんだけが頑張るなんて関係は、多分正しくないから」
「本当にいいんですか?」
「彩葉ちゃんが思っているよりも、多分わたしは彩葉ちゃんのことが大事だし、愛してるって気持ちもあるから、見ない振りをするのはもうやめようと思ってる」
「大好きです。心和さん」
目の前の存在がわたしに飛びついてくる。
「心和さんが本気で余裕なくなること言うから、今夜は離しません」
わたしを引き寄せた存在はそのまま唇を奪いながらも、既に手は部屋着の中に手を潜り込ませている。
見た目は可愛いのにわたしに夢中な彩葉ちゃんが可愛くて仕方ないと、最近では少し余裕を持てるようになった。
そのまま裸になって互いに触れ合う。
「我慢できなくなりました?」
頷きを返すと彩葉ちゃんは軽くキスをしてから、わたしがが訴えた場所に触れて行く。
「……もうっっ……」
訴えに彩葉ちゃんが応答することはなくて、指先と口で蕩けさせられてわたしは絶頂を迎える。
「もうっ……」
羞恥で彩葉ちゃんに小さく抗議すると、悪びれなく心和さん可愛いと返事が返ってくる。
「どんどん心和さんの感度が良くなるので嬉しいです」
「彩葉ちゃんが触るから」
「だって、私からもう離れられないように私しか見られないようにしっかり体にも覚えておいて欲しいんです」
「……もうそうなってるから。彩葉ちゃんがそんなにエロいって思ってなかった」
「すみません。それは仕方ないので、諦めて甘受してください。その代わり、心和さんのことは愛し尽くしますから」
「うん……」
「心和さん大好きです」
わたしの頬に彩葉ちゃんの触れるだけのキスが落とされる。先輩らしさなんか彩葉ちゃんの前では全然出せなくて、翻弄されるばかりだった。
でも、気を遣い合っていて、理解し合える関係なんてないんじゃないか。
わたしは何となくそう感じるようになっていた。
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