第15話 相談

夏が近づくに連れて、彩葉ちゃんの仕事は忙しくなって、徐々にわたしの部屋に来る時間も遅くなっていた。


つきあい始めてから、彩葉ちゃんはわたしの毎日顔を見たいという我が儘をずっと叶えてくれている。それでも仕事もあるし、体調が悪い日だってあるから無理はしないでいいとは何度か口にしていた。


「それって、同棲は考えてないんですか?」


芳野さんとのランチ会で、わたしはそのことを何気なく話題に出した。


芳野さんは彩葉ちゃんとも在職中には面識があったので、つき合っている相手が彩葉ちゃんであることは言ってないものの、恋人ができたことだけは話をしていた。


「同棲?」


「毎日会うことが負担にならないかと気になっているくらいなら、一緒に住むのが一番簡単な解決手段じゃないですか?」


芳野さんが仲のよい恋人と同棲していることは以前から聞いていた。


そういう手段があったのかと、経験がなさすぎてわたしは思いつきもしなかった。


でも、彩葉ちゃんからも一度もそういう提案は今までない。


何となくだけど、彩葉ちゃんはそういうことを真っ先にしたいというタイプに思えていた。それなのに言い出さないのは、一緒に住むよりも今の形の方がいいということだろうか、と疑問が沸く。


「一緒に住んだら良いところも悪いところも全部見えちゃうので、良し悪しなところはありますけどね」


「芳野さんは同棲して後悔したところある?」


「後悔はそんなにないですね。ワタシは一緒にいないと駄目になると思ったから同棲を始めました。それに、それ以前もワタシの部屋にかなり入り浸っていたので、どんな人かもわかっていたから一緒に住み始めたストレスはほぼなかったです」


彩葉ちゃんは週末には泊まることが多いので、それなりに家での彩葉ちゃんの姿も知っているつもりだった。


「そういう話が出ない理由は、わたしとは暮らしたくないから?」


極端すぎますと、芳野さんにストップを掛けられる。


「考えられるとすれば、つきあい始めてまだ日が浅いからもう少し時期を見計らっているか、相手に何か一緒に住みたくないという理由があるか、もしくは、同棲否定派で一緒に住むなら結婚するタイミングだと思ってる、とかでしょうか」


芳野さんの想定3はわたしと彩葉ちゃんの関係には当て嵌まらないので、1か2が残る。1は有り得なくはないけれど、2は想像がつかなかった。


「逆に先輩は同棲したいですか? したくないですか?」


「わたし?」


「先輩から言ってもいいんじゃないかなとは思います。ただ、同棲って結婚まではいかないですけど、それなりに互いの気持ちが固まってないと上手く行かないと思ってます。どんなところがあっても、受け入れられるくらいはその人のこと愛せてますか?」


わたしの彩葉ちゃんへの思いなんて、計ったことがなかった。一緒にいるのは楽しいし、体を重ねるのも恥ずかしさはあるけれど慣れてはきた。


わたしの生活の中には、もう当然のように彩葉ちゃんの存在がある。


「どこまで受け入れられるかなんて、やってみないとわからないとしか言えないかな」


「そうですね。すみません、あまり深く悩まないでください。一緒に住みたいって思いがあるなら、先輩から言うのもありですよって言いたかっただけです」


「ありがとう、芳野さん」





わたしはその日から、彩葉ちゃんと一緒に暮らしたのかどうかを考えるようになった。


彩葉ちゃんは今かどうかは別として、最終的にはわたしと一緒に住みたいだろう。


今との違いは彩葉ちゃんが夜に帰らなくて、朝出勤をするようになるくらいの違い。


でも、それはただの行動としての評価だけで、同棲することの本質はそういうことじゃない。恐らく芳野さんはそれを言おうとしたのだと思っている。


つまり、ずっと一緒にいたいと思っているくらい、相手を愛せているか。


わたしには人を愛することが何となくしか分かっていない。


彩葉ちゃんを好きだとは自覚している。


ただ、それがどれほどのものかを問われても比較対象がなくて、わからないとしか言えなかった。

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