第14話 招待状

彩葉ちゃんとつきあい始めて変わったことは、帰宅するのが楽しくなったことだろう。今まではただ帰って寝るだけの場所でしかなかった家が、帰るのが楽しみな場所になっていた。


その日、いつものように仕事を終えて帰宅し、何気なくポストを開く。家を飛び出して以降、必要最小限の人にしか住所を知らせてないので、ポストに入っている物は、郵便物よりもチラシの方が多いくらいだった。


開いたポストには珍しく郵便物が入っていて、取り出すと裏側に母親の名がある。


今更何だろうか、と思いつつ家に入ってからそれを開封する。中からは更に封書が出てきて、添え書きがつけられていた。


そこには2歳下の弟が結婚するので、結婚式に出席して欲しいと書かれている。


弟は大学卒業後に父親の経営する会社に入社した。わたしが知っているのはそこまでだったけれど、順調であれば跡継ぎとして今頃は役職にでも就いているのかもしれない。見知らぬ女性と連名で出された結婚式の招待状は開ける気もしなくて、テーブルの上に放り出す。


わたしに出席しろと言うのは家として体裁が悪いからだろう。母親が父親に命じられて招待状を出したことくらいはわかった。


はっきり言って出席する気は全くない。


久々に気が滅入る話が舞い込んできたなとやる気もなくしていると、彩葉ちゃんからのもうすぐ着くという連絡が入る。5分もしない内に彩葉ちゃんは姿を現して、玄関口で出迎える。


「お疲れ様」


触れるだけのキスは挨拶としてもう抵抗がなくなっていて、そのまま彩葉ちゃんを抱き締める。


「心和さん? どうしたんですか?」


「ちょっと彩葉ちゃんに甘えたかった、かな」


「そういうのは積極的にして頂いてもいいです。ただ、止まらなくなっちゃうかもしれませんけど」


触れられたら我慢できなくなる、と自分の欲望を彩葉ちゃんは隠すこともない。


「彩葉ちゃんって、どうしてそこまでわたしに触れたがるの?」


「からかってます? 好きで好きで触れずにいられないんだって心和さんだって知ってますよね?」


「知ってるけど……」


ストレートに好きだと言えて、感情を表現できる、そんな彩葉ちゃんの態度は心地良い。


「知っててどうしてそんな意地悪するんですか?」


考える素振りを見せると、彩葉ちゃんから文句が出る。


「ごめんなさい。からかってたわけじゃないんだけど、誰もが彩葉ちゃんみたいに人を愛せたらいいのになって思っただけ」


「…………別れませんからね」


「えっ?」


「絶対心和さんから私は離れないですから」


どうやら彩葉ちゃんは何かを勘違いしてしまったらしい。


謝りを口にして、ご飯を食べに行かないかと提案する。


それならと、歩いて行ける近くの小料理屋に二人で向かった。





外で彩葉ちゃんとお酒を飲むのは久々で、二人で飲みに行った過去を思い出す。


あの頃のわたしはただ可愛い物としてしか彩葉ちゃんを見ていなかった。いろいろあって、彩葉ちゃんの真面目さや優しさ、後は情熱をわたしはたくさん知った。


つきあい始めてやっとわたしは、相阪彩葉という人間を知れた気がしていた。


見た目以上に彩葉ちゃんは中身も素敵で、わたしにはもったいないけれど、彩葉ちゃんがわたしを見てくれるから独占できる。


「今日は何かありました? 仕事で失敗した、とか」


「そういうんじゃないの。わたしが実家を飛び出してるって話は知ってるよね?」


それに彩葉ちゃんは頷く。彩葉ちゃんだけではなくて、一緒に仕事をしているメンバーなら、誰もがそれを知っていた。


「最近はもう全然連絡が来ることもなかったんだけど、今日母から弟の結婚式の招待状が届いたの。それで面倒だなって思っていただけ」


「出席するんですか?」


「する気はないよ。不肖の娘なんだからこんな時くらいは、出ろなのかもしれないけど、それ以上にわたしは父親に会いたくないから」


「心和さんはご実家との関係を改善する気はないってことなんですね」


「そう。改善したら、親の決めた相手と結婚しろって言われるに決まってるんだけど、彩葉ちゃん困るでしょう?」


「困るどころか取り返しに行きます」


迷いなく言う彩葉ちゃんに、わたしは安心してしまう。彩葉ちゃんがいれば、わたしは大丈夫だと思うようになった。


「そんな彩葉ちゃんもちょっと見てみたいけど、無駄なことをする気もないから安心して。ただ、何もあの人達は変わってないんだなって、思ってるだけ」


溜息を吐いたわたしの手に彩葉ちゃんのそれが重なる。


「心和さんには、わたしがずっとついています。離れろって言われても離れません」


「そうだね」


彩葉ちゃんもお酒を飲んだし、とその日は彩葉ちゃんが泊まることになる。平日は控えようという話にはなっているけれど、その日は彩葉ちゃんからの求めをわたしは拒否しなかった。


彩葉ちゃんを感じたい。


わたしも、そう思っていたから。

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