第13話 2人の時間
彩葉ちゃんから二度目の告白をされて正式につき合うことになって以降、彩葉ちゃんは新しい職場での仕事が終わってから、わたしの部屋に毎晩寄ってくれるようになった。
平日は大抵わたしの部屋でご飯を一緒に食べて、その後彩葉ちゃんは帰って行く。夜遅くに帰るのは危険だと言うと、それからは家の車を借りてわたしの部屋に来るようになっていた。
昨夜は翌日が休みのこともあって、彩葉ちゃんが泊まっていた。午前中を2人でゆっくり過ごして、午後からは買い出しに行こうと近くのショッピングモールに彩葉ちゃんの車で向かった。
もっとデートらしい場所に出かけることもあるけど、なんでもない日常を彩葉ちゃんと過ごす。一緒に買い物に行ったり、料理をしたり、2人での時間が過ごせれば何だってよかった。
わたしの生活の中に彩葉ちゃんが溶け込み始めていることを感じていた。
一緒に出かけて、手を繋いで歩くことへの抵抗も、徐々に薄れている。女性は友人同士でも手を繋ぐこともあるせいか、そこまで奇異に見られることもないようだった。
ただ、一緒に歩いていても彩葉ちゃんはしょっちゅう見知らぬ男性に声を掛けられる。
「彩葉ちゃんって一度も男性とつきあったり、好きになったことはないの?」
「ないです。変なのは自覚してます」
「そんなこと思ってないけど、男の人に告白されるのもよくあったんじゃないの?」
「ありましたけど、断るしか選択肢がないので、迷いもしませんでした。心和さんと同じです」
「…………何でそのこと知ってるの?」
「秘密です」
彩葉ちゃんは情報ソースを言う気はないらしく、小さな文句を出す。
「心和さんのことは何でも知っていたいんです」
つきあい始めてから彩葉ちゃんはわたしのことを名前で呼ぶようになった。呼びたいと可愛い顔で強請られれば、拒否などできないし、それだけ彩葉ちゃんが近い位置にいる嬉しさはあった。
椚木さんもわたしのことを名前で呼ぶけれど、彩葉ちゃんに呼ばれるとこそばゆさがある。
ベッドの中では情熱的なのに、普段の彩葉ちゃんはそういう素振りを見せなくて、可愛いさが前面に出ている。
その差にわたしは翻弄されることが多い。
「職場が離れたら、これからは彩葉ちゃんが知らないこといっぱいでてくるのに?」
「それは取り消せませんから、諦めてます。その分、プライベートな心和さんを知れたからいいです」
拗ねた声を上げる彩葉ちゃんは可愛い。彩葉ちゃんなりに葛藤があって、それでも今の道を進むしかないと出した答えであることをわたしは知っている。
彩葉ちゃんの新しい職場は、子供の頃から出入りをしていた母親の会社だと聞いている。
これから先、彩葉ちゃんもわたしも職場での姿は互いに知らないものになっていく、それは避けられないものだった。
「戻って来る気ないよね?」
駄目元で彩葉ちゃんに聞いて見る。
「無理です」
小声で返されたそれに「そうだよね」と肯きを返す。
機嫌を損ねてしまったのかもしれないと、わたしはそこで話題を変えた。
「彩葉ちゃんの服って、普段着には思えないくらい、手が込んでるように見えるんだけど、そういうブランドがあるの?」
「これ、ですか?」
胸元の布を摘まんで彩葉ちゃんが問い返してくる。
「うん。可愛いくてよく似合ってはいるけど」
そもそもわたしと彩葉ちゃんだと似合う服装も全く違うので、評価基準がなかった。でも、間違いなく彩葉ちゃんが着ている服は彩葉ちゃんに似合っていた。
「実はほとんど貰い物なんです」
「貰い物? お下がりってこと?」
それに彩葉ちゃんは首を横に振る。
「私の母には長年つき合っているパートナーがいるんです。その人は母の会社のチーフデザイナーなんですけど、仕事の息抜きに私の服のデザインして、おまけに自分でミシンまでかけるって人で、それを貰うことが多いですね」
「じゃあ、1点物ってことなんだ」
「はい。外に着ていく服はほとんどそうですね。それで徹夜しようとするからたまに母に怒られてます」
「お父さんはいないって前に聞いたけど、じゃあ彩葉ちゃんはお母さんとその人と暮らしているの?」
「はい。私にとっては血が繋がっていないけどもう一人の親ですね。時々全然傾向の違う服を買って帰ったら、躍起になって同じようなデザインしようとするデザインバカな人ですけど」
「でも、彩葉ちゃんがモデルだったらわかる気がする。どんな可愛い格好させようってインスピレーション湧きそう」
「そうでしょうか?」
「彩葉ちゃんって着飾ってる時の可愛さはもちろんあるけど、ノーメイクでも可愛いでしょう?」
「心和さん、そういう抱きつきたくなるようなこと言わないでください」
野獣モードをどうやらわたしは発動させてしまったらしい。
我慢できないと、車に乗り込むなり彩葉ちゃんが身を伸ばしてきて唇を奪われる。
「もうっ……」
「心和さんが私に興味を持ってくれて嬉しかったです」
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