第5話 結論

秋になって、毎日届いていた彩葉ちゃんからのメッセージが目に見えて減るようになった。休日の誘いも次の予定がないままの状態がここ三週間続いている。


仕事が忙しくなったせいもあるけれど、隔週で会っていたのに誘われることもなくなっていた。


明らかに彩葉ちゃんに避けられている気がして、わたしも次をどうするかを問えなくなる。


一緒にいることには、不快もストレスもなかったけれど、恋人として接することができるのかという問いの答えをわたしはまだ出せていない。


彩葉ちゃんと出かけることは楽しい。でも、どこまでこの曖昧な関係を続けるかにわたしは迷うようになった。


相手はつき合いたいと言っているのだから、その先を望んでいることは自分なりに理解しているつもりだった。


であれば、今の関係に答えを出す必要がある時期に来ている気のかもしれない。





芳野さんとの定例になっているランチ会の日、わたしは彩葉ちゃんとのことを切り出す。


何度か二人で出かけていることは、芳野さんにも話しているので、唐突な会話でもないだろう。


「毎日のようにメッセージをくれていたんだけど、最近連絡をほとんどくれなくなって……会社では毎日顔を合わせているんだけど、何かまずいことしちゃったのかなってちょっと気にはなってる」


「何があったか聞いていないんですか?」


「聞いたけど何でもないって。少し仕事が忙しいからだって。どうしたらいいんだろう」


こんなこと相談されても芳野さんが困ることは分かっていたけど、他人の意見がわたしは欲しかった。


「田町先輩は、その告白してきた人のことどう思ってるんですか? 一緒にいて楽しいとか、逆に辛いとかあります?」


「何に対しても真剣に取り組んでて、可愛いなとは思っているよ」


プライベートで会っても、そこまで気を遣い合うこともなく会うこと自体には苦痛はない。むしろ今まで知らなかった彩葉ちゃんを知れたのは嬉しかったくらいだった。


「つき合う、つき合わないの答を出すならどっちですか?」


「それってどう考えたらいいの?」


「もっと一緒にいたいかいたくないか、触れ合いたいか触れ合いたくないか、とかでしょうか」


わたしはこの前の彩葉ちゃんの手の感触を思い出す。触れたいから彩葉ちゃんは手を繋いでいいかを聞いたのだろう。遠慮がちに握られた手だったけれど、彩葉ちゃんはなかなか離そうとしなかった。


「芳野さんは恋人にはそういうこと思ってる?」


「ずっと一緒にいたくて、触れ合っていたいです。田町先輩ってキスしたいとか、性欲とかって感じることあります?」


「ないわけじゃないけど、具体的に誰かを当てはめたことは今までなかったかな」


「告白された人は、そういう意味では考えてないってことなんですね」


手を繋いでいいかと言った彩葉ちゃんには、その思いがあるのだろう。でも、わたしは手を握った彩葉ちゃんに対しては、綺麗な手だなくらいしか感情が湧かなかった。


「好きなら触れたいって思うのは当然だと思ってます。互いの気持ちを埋めるだけの時間は必要ですけど、応えてくれない人を追い続けるのって結構しんどいような気がするので、もしかしたら落ち込んでいるのかもしれません」


「そっか……全然わたしは理解してあげられてないね」


二人で出かけるのは距離を縮め合うことが目的だろう。わたしは彩葉ちゃんのことを今までより知ったものの、親しみを覚えた程度だった。


「他人なので、それが普通ですよ、先輩。ワタシだって言葉にして貰わないとわからなくて、逃げたりもしたことありますしね」


わたしよりずっと恋愛に慣れている芳野さんでもそうなのかと思うと、わたしなんて無理じゃないだろうか。


「わたしはやっぱり、恋愛には向かないのかな」


「それにチャレンジしてみるのも一つですし、答えを出してあげるのも一つだと思います」


「そうだね。ちょっとちゃんと考えてみる」


芳野さんと別れた後、更にわたしはどうすべきかを自問自答した。


このままを続けることはわたしにとっても、彩葉ちゃんにとってもよくない。



多分わたしは彩葉ちゃんに応えられない。



一緒にいるのは苦痛ではなかったけれど、わたしが求めている関係と彩葉ちゃんが求めている関係は根本的に違う。


わたしから答えを言うべきだろう、と帰宅準備をする彩葉ちゃんに声を掛けた。


「もうほとんど葉っぱ散っちゃったね」


少し寄り道をしないかと、わたしは川沿いの遊歩道に彩葉ちゃんを誘い出す。


最近夕暮れが早くて既に日が落ちているせいか、街路灯の明かりだけが遊歩道を照らし出す。


彩葉ちゃんは口を噤んだまま、わたしの少し後ろを歩いてきている。


「無理に誘ってごめんなさい。日が沈んだら一気に寒くなるし、相阪さんだって早く帰りたいよね」


「そんなことはないです」


目を下に向けたまま、彩葉ちゃんはわたしを見てもくれない。


「相阪さん、相阪さんと二人ででかけたりするのは楽しかった。これは本当だけど、多分わたしは相阪さんと同じ気持ちにはなれないだろうなって思ってる。これ以上会っても相阪さんを苦しめるだけだから、もう二人で会うのは終わりにしようか」


「それは、Noってことですよね?」


彩葉ちゃんの声が震えてるのがわかって、それだけで胸が苦しい。どうして応えてあげることができないのかと自分で口にしたくせに後悔がある。


「ごめんなさい」


目元を自らの腕で覆った彩葉ちゃんから嗚咽が上がる。


「相阪さん」


触れようと伸ばした手から逃れるように、彩葉ちゃんはわたしの前から走り去る。


「ごめんなさい」


彩葉ちゃんの消えた方向に、もう一度わたしは謝りを口にしていた。



振ったのはわたしなのに、心が苦しいなんておかしい。

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