第4話 デート

彩葉ちゃんとつきあうことには前向きになれないにしても、断ち切ることもわたしにはできなかった。


そんな曖昧なわたしに、芳野さんからの受け入れるでも断るでもない提案は有り難かった。


そのままを彩葉ちゃんに包み隠さず伝えた上で了承をもらって、休みの日に二人で会う約束をする。


恋人としてつき合えるかどうかもわからないのに、失礼ではないかと芳野さんと話はした。


それに芳野さんは男女でもつき合う前に普通にすることだから気にしなくていいと言ってくれて、本当にわたしは恋愛事に疎いまま育ったなと感じた。


あのまま親の勧める相手と結婚していれば、愛も知らずに結婚して子供を産むような人生をわたしは送ったのかもしれない。




でも、愛って必要なんだろうか。




彩葉ちゃんとの待ち合わせの日、一応デートなのだから仕事と同じ格好で行くのは失礼じゃないかと躊躇う。


今日は職場での彩葉ちゃんに会いに行くわけじゃない。悩みに悩んでわたしは緑みがかったグレーのワンピースで待ち合わせ場所に向かった。


ありきたりの待ち合わせ場所は人も多くて、この中で彩葉ちゃんを探せるかと思ったものの、その不安は杞憂だった。一瞬で彩葉ちゃんは見つけられた。


不特定多数の中でも彩葉ちゃんはすぐに目が留まる可愛さだった。


その日の彩葉ちゃんは、着崩して着るタイプの白いシャツに動きのある濃紺のスカートで、少しおとなしめだけどよく似合っていた。


彩葉ちゃんは待ち合わせ場所に一人で立っていれば、ひっきりなしにナンパされる可愛さだ。女性しか駄目だと言う彩葉ちゃんがその相手をすることはないだろうけれど、もったいなさすら感じていた。


「お待たせ」


「田町さん。今日はありがとうございます。そのワンピースすごく似合ってますね」


顔を合わせるなり彩葉ちゃんは満面の笑顔で、その全てが自分に対して向けられていることに優越感的なものはある。先輩と後輩とはいえ、わたしなんかを好きにならなくても、彩葉ちゃんならいくらでも幸せにしてくれる相手が見つかるはずなのにと思ってしまう。


とはいえ、流石にそれを口にするのは失礼だとわかっているので、そこまでのマナー違反はしない。


「ありがとう。相阪さんも今日の格好可愛いね。相阪さんって何着ても似合うよね」


自然と出た言葉に彩葉ちゃんは頬を赤らめる。会社でも同じような会話をしたことがあるはずだけど、照れる姿はわたしの目から見ても可愛い。


「田町さんってどういうファッションが好きですか?」


「うーん、わたしは背が高くて、胸もないし、かなり服を選ぶ範囲は絞られてると思ってる。相阪さんはひらひらした服とか、体のラインが見えるような服とか似合うけど、わたしだと似合わないから」


「そんなことないです」


「無理無理」


いつも似たり寄ったりの服をわたしは選んでしまっていて、今日のワンピースが精一杯だった。


わたしではどう逆立ちしたって、彩葉ちゃんのように可愛い存在にはなれない。


でも、彩葉ちゃんには女性としての嫉妬を覚えたことはない。素直な後輩だということもあるけれど、彩葉ちゃんは本当に人当たりが良くて、周りを幸せにする存在だった。


待ち合わせ場所近くのショッピングモールに入り、二人で目的もなく歩いて、目に留まった店に入ったり食事をしたりして時間を過ごす。


思った以上に仕事での彩葉ちゃんを意識することはなくて、友人のような関係でその日を楽しむことはできた気がしていた。




今日は有り難うございます。楽しかったです。




彩葉ちゃんからのメッセージを見ながら、これでいいんだろうかと自信はない。そもそもデートがどういうものであるかもわかってないので、彩葉ちゃんの反応だけが頼りだった。


それから隔週で二人で休日に会うようになって、プライベートでも彩葉ちゃんと過ごすことには慣れてくる。


今までは知らなかった食の好みや、無意識で出る癖にも気づいた。


わたしと二人で会う時の彩葉ちゃんは、いつも笑顔で、どうしてわたしなんだろうかと思う半面、それを独占できていることの優越はある。


その日のデートは、ベイサイドのエンターテインメント系の施設に向かって、一通り遊んだ後に海側に出る。


海に面してコンクリートの階段があり、そこで並んで海を見ながら休憩をしていた。


「こんなに遊んだの大学の頃以来かも」


「田町さんって、こういう場所好きじゃなかったですか?」


「どうだろう。そもそも世間に疎すぎて、こんな施設があることすら知らなかったからね。体を動かすのは嫌いじゃないから、気にしなくていいよ。楽しかったしね」


「……田町さん、今だけ手を繋いでいいですか?」


照れながら言う姿は万人が可愛いと感じるものだろう。


断る理由もなくてOKを出すと、彩葉ちゃんの手が私の手に重なる。


遠慮がちに触れられたそれはこそばゆさはあったものの、わたしより小さな掌は温かくて、握った手に緩く力が込められている。


手を繋ぐことにはわたしも抵抗はなかったなかった。一方で、繋ぎたいと思う心が彩葉ちゃんにはあるということは、やはりわたしを求めていることなのだろうとは理解していた。

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