第3話 告白
「……驚かれると思うんですけど、私は田町さんが好きです。女性同士であることもわかっています。でも、田町さんとおつきあいがしたいです」
今までに告白をされたことは何度かあった。その全てをわたしは断っている。
それは親から男女交際をずっと全面禁止されていた過去から来るものだったけれど、告白相手がわたしのどこを好きになったのかと不思議でしかなかった。
「相阪さん……」
「すみません。気持ち悪いですよね」
その声は震えている。だからこそ彩葉ちゃんが冗談で言ったわけではないことは知れた。
「差別的に聞くわけではないけど、相阪さんは同性じゃないとだめなの?」
「はい。そうです。でも、もちろん同性なら誰でもいいわけではないです」
彩葉ちゃんと一緒に仕事をしてきて、そんな素振りを一度も感じたことはなかった。誰にでも笑顔で、彩葉ちゃんは人を特に選り好みするようなところもなくて、レズビアンだったなんて疑ったこともなかった。
「そう……」
「女性とつきあうなんて、田町さんは考えたことないですよね?」
「それは正直に言ってない。でも、それは女性だからじゃなくて、そもそも今まで誰かを自分からそういう意味で好きになったことがないんだ、わたし。相阪さんのことはもちろん後輩としては好きだなって思っているよ」
「田町さんは誰も好きにならないということでしょうか?」
「好きにならないと決めているわけじゃなくて、結果的にそうなってるかな。人の愛し方がわからないなんて、いい年して駄目なんだろうけどね」
「……私は絶対に考えられない、でしょうか?」
可愛い後輩という意味では、彩葉ちゃんはわたしの中で特別な存在だった。それは今まで告白してきた相手とは明確な違いがある。とはいえ、人を愛したことがないわたしにとって簡単に出せない答だった。
「少し時間をもらってもいい? 相阪さんが真剣なことは分かったし、考えられるか考えられないかは、正直に言ってわからないとしかは今は言えないからちょっと時間が欲しい」
それに彩葉ちゃんが頷いたのを確認して、その日はそこでお開きにした。
彩葉ちゃんからの告白には驚きはあった。でも、女性しか愛せないという彩葉ちゃんを差別をしようという気はなかった。
ただ相手が同性だからという理由だけで、真剣に告白をしてくれた彩葉ちゃんに断りを入れるのはあまりにも失礼だと思っていた。
でも、わたしは彩葉ちゃんの思いに応えられる自信もない。
人を愛するということをどう考えればいいのか、悩んだ末にわたしは芳野さんに相談を持ちかけていた。
芳野さんには恋人がいて、少なくともわたしよりは人を愛することを知っている。真面目な性格だし、女性に告白されたと言っても真剣に相談に乗ってくれそうな気がしたのだ。
「ごめんなさい、急に呼び出して」
「いいですけど、どうしたんですか?」
休み時間に声を掛けて、その日の定時後に芳野さんと待ち合わせをした。
今日ばかりはお酒を飲みながらする話じゃないとは思ったけど、行きつけのスペインバルは常連がほとんどで、会社関係の人に遭遇する確率が低いので相談場所に選んだ。
「こんな話はもしかしたら不快かもしれないけど、相談に乗ってくれそうなのが芳野さんしか思いつかなくて、ごめんなさい」
「大丈夫ですよ。田町先輩と私は近すぎないから相談しやすいのかなって思いますし。それで、何かあったんですか?」
仕事で接しているとは言っても、芳野さんはわたしが仕事で使っているシステムのシステム改修を行うSEで、接するシーンは限られている。そういう意味で芳野さんは近すぎない存在だからできる話があった。
とはいえ、本当に話してしまっていいかを少し逡巡してから口を開く。
「……後輩の女の子につき合って欲しいって告白されたの」
「断らなかったんですか?」
芳野さんが即答したのは、告白してきた相手を女性だと言ったからだろう。普通に考えれば迷う余地なんてないのかもしれない。
こんなことに迷っているわたしは可笑しいのだろうか。それでも、わたしは彩葉ちゃんを好奇の目では見たくない。
「その子後輩としてはすごくいい子だって思ってるんだ。仕事でも自分に近い存在だから傷つけたくないし、どうすればいいのかわからなくなってね」
「田町先輩の答はノーで決まってるでいいんですよね?」
「正直分からないが正しいと思う。言われたときに、何を言ってるのか理解しきれなかったと思ってる。女性同士でそういうこともあり得るとは知っていたけど、いざ自分に当てはめて考えられるかと言えばそうじゃないから」
言ってみて、わたしは断り方を探っているんだろうかと自問自答する。
「まあそうですよね。LGBTは少しは社会的にも認知されてきていますけど、それでも偏見を持っている人は多いですし、男女の恋愛しか考えられない人がやっぱり大多数なので」
芳野さんは大人しいけれどしっかり自分を持っていて、冷静な判断ができると信じて相談することにした。それは間違いなかったようで、茶化さずに話を聞いてくれる。
「そうだよね。わたしも恋愛は男女でするものだって思って生きてきたから、すごく戸惑ってる」
「断れない理由は後輩だからですか?」
「そうかな。断ったら今までのような友好的な関係ではいてくれないだろうから」
わたしを迷わせているのは、多分これなんじゃないかと思っている。
わたしにとって彩葉ちゃんは大事な後輩で、毎朝向かいの彩葉ちゃんが『おはようございます』と言ってくれるだけで、仕事を頑張ろうという気にさせてくれる存在だった。
「それも覚悟してその人は告白していると思いますよ。多分それだけ田町先輩のことが好きなんだと思います」
「そんなの断れないじゃない」
好きでいてくれることは嬉しいけれど、今以上のことを求められても戸惑いしかない。でも、断れば彩葉ちゃんはわたしにもう笑顔を見せてくれなくなるかもしれないなんて、考えたくなかった。
「じゃあ先輩は女性とキスとかセックスできますか? 例えばワタシとキスできます?」
やってみないとわからないものの、やってできないことはないんじゃないかと言うと、慌てて芳野さんはわたしを制止する。
「本気でしようとしなくていいです。ワタシの恋人は本気で妬くので」
「そうだったね、ごめん。正直に言って、今のわたしには何も物差しがないんだと思う。男性ともちゃんとつき合ったことがないから想像ついていないし、男と女で何が違うのかって分かってないから」
男性と女性の違いを芳野さんに聞いてみたけど、両方は知らないからと、当然の答えが返される。
「正直、悩んでるなら試してみるしかないんじゃないでしょうか。一応その後輩には受け入れられるかどうかわからないと話をした上で、一緒にデートしてみるとか」
「それはいいかも」
「あくまでも参考意見ですからね。男女なら普通はそうやって始めるかなって思っただけです。女性同士でも恋愛はできなくないですけど障害も多いので、そのリスクを避けたいなら今はっきり断った方がいいと思います」
「わかった。ありがとう芳野さん」
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