13. 握りしめた手

 腕や脚の素肌が、なぜか冷たいものに触れていた。柔らかくて、すべすべしている布。このままずっと、くるまっていたい。小さいころにシーツを被って遊んだ記憶が甦った。

 誰かが私の頭に触れてきた。髪がゆっくりと撫でられる。とろりとまた眠ってしまいそうだ。

「起きて、芹奈」

 そのフレーズを合言葉にしていたかのように目がぱっちり開き、後頭部の鈍い痛みは存在を主張してきた。

「大丈夫? 多分、おばさんに殴られたよね?」

「……だと思う、けど、わかんない」

 そう言ってうつむくと、私が纏う衣服は、見覚えのないものだった。視界を占めるのは、白い浴衣みたいなもの。けれど、雪のような生地とは対比的に、私の手首は赤くなっていた。何だろうと思って周りを見渡すと、あいりの膝もとに、裁ちばさみと麻縄があった。腕の拘束を解いてくれたようだ。

「えっと、私、気を失ってた?」

「ごめん」

「なんであいりが謝るのよ」

「私が手順よかったら、あいつらが来る前に、着替えさせられていたから」

 あいりによると、私を部屋に案内した直後に服のことを思い出し、取りに向かっていたのだそうだ。生贄が着るための服というのがあるようだ。

「入れ違いになっちゃった……本当にごめん、怖い思いさせちゃって……」

 プライドが変に高いあいりが謝ってくることなんて、ほとんどなかったのに。目の前の彼女は、私に誠心誠意の謝罪をしていた。

 私は、さっきあいりにされたように、頭を一撫でした。

「ふふ、あいり。馬鹿ね、『儀式』に巻き込まれてる時点で、もう何が起きたって怖く思えないんだけど?」

「――迷惑かけて、ごめんね」

「もう、しおらしいな。やめてよ、調子狂っちゃうもの」

 そう告げて、私は微笑んで――心からの、混じりけのない笑みを浮かべて――震えるあいりの手を、両手で包んだ。


 これから彼女は、この手で、人を殺めアヤメるのだ。


 遠くでカラスの鳴き声が聞こえた。もう夕方のようだ。ふすまの隙間から射す光は橙。

 あいりは意を決したように、重々しく顔をあげ、必死な表情で私に確認した。

「今から言うこと、ちゃんと覚えられるよね」

 うん、と私が頷くと、あいりは言いよどむことなく、一気に喋った。

「拘束されてるように見せなきゃだから、一応ゆるゆるに縛っとく。それで、私が昌嗣を斬ったら、自転車で逃げて。スマホは籠の中に入れた。高校の前の交番に行って。いい?」

「まーくんが殺されるところはいなきゃ駄目なの?」

 そんな光景を見たら、動けなくなってしまう気がした。返り血に染まるあいりを想像しようとした……けれど、無意識のモザイクがかかった。

 はぁ、とため息をついて、あいりは説明してくれた。

「もしも芹奈が先に逃げたら、とっ捕まって殺されるよ? 昌嗣と私に注目が集まってないと、安全に逃げられないでしょ」

「……確かに」

「もう、私は綿密に計画立てたもん」

 私を小馬鹿にして、目元を綻ばせていた。

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