12. ささくれた畳

「やっほー」

『儀式』の日の朝。あいりと出くわしたのは、路地裏へと続く角だった。

「あぁ、おはよう。わざわざ迎えに来てくれたの?」

「『儀式』は母屋じゃなくて、旧宅のほうでやるの。だからこっち来て」

 私が追いつくよりも前に、先に行ってしまうあいり。頭上にはいつものリボンがなくて、幾分大人びて見えた。なんだか無性に悲しくて、寂しかった。

「本来ならば、生贄は人目につかないようにさらうんだ。あらかじめ招待するなんてことはしない」

「あ、私、お母さんに『あいりのとこ行ってくる』って言っちゃった」

「問題なーし。むしろ正解でしょ。後で『私呼ばれただけです』って話すときに整合性が出る。変に隠したら怪しまれるよ」

 あの時、失敗せずに済んでいたのか。……けれど、私はもっと慎重に行動すべきだ。今までの考えが甘かった。

「そっか。あいり賢い」

 そう言うと「知ってる!」と、はにかんで返された。このお調子者め。

 この会話も、きっと最後なんだろう。いつまでも思い出せるように、言葉を反芻した。


「右手に見えますはー、旧宅にございまーす」

 相変わらずあいりはふざけたテンションだった。

「はいはい、ありがと」

「『儀式』の直前になったら呼ぶから。それまではこの部屋にいて」

 そう言われ、連れ込まれたのは、割かし簡素な和室だった。ふすまが閉められると、あいりの足音は遠ざかっていった。

 ……母屋と違って旧宅は、あまり管理の手が行き届いていないようだ。畳は日焼けしているし、歩む足の裏はちくちくする。

 がたっ。

「ひぃっ!?」

 ふすまの向こうで、物音がした。誰?

「……で、あいり…………よ」

「あら。じゃあ……昌嗣…………」

「…………だわ」

 誰かの話し声だ。大人の女の人が二人。一人はあいりのお母さんのはずだ。

 焦りでいっぱいになっていると、知らない方の声が、私に話しかけてきた。

「桐野さま? そこにいらっしゃる?」

「え、は、はい」

 何。何の用よ。

「失礼します。芹奈ちゃん、今日はお茶しに来てくれてどうもありがとう」

 あいりのお母さんと、よく似た女性。……まーくんのお母さんかもしれない。共通して二人とも、目に人間味がなかった。

「いえ、あの、何の御用でしょうか?」

「お詫びしに参りました。今、立て込んでおりまして……。客人である桐野さまを、こんな古い部屋でお待たせするなんて大層な無礼ですが、あと少しで準備が整います。少々お待ちください」

 ――その言葉を聞き終わる前に私は、殴られた。

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