10. トロッコ問題
「えーと、儀式の日はですね、七月二十日」
あいりがもったいぶって言った。え? 二十日って……。あいりの部屋の壁にかかっているカレンダーを凝視する。
「来週じゃない! 何で直前になってから言うのよ! 生贄は? もう探したの!?」
ちらりと腕時計に目をやると、四時過ぎだった。日が長くなると時間感覚が崩れて困る。
「ううん。探してはいない」
「はぁ……?」
言い方が引っかかる。淡々としているあいりと視線が合わない。彼女は私よりも奥の空間を見つめているかのようだった。そういう遠い目をしていた。
「だって、もう前から知っている人が、飛び込んできてくれるんだから」
そう聞いて即座に頭に浮かんだのは、なっちゃんだった。彼女はクラスメイトだ。それに、面倒見がよくて親身になってくれているし……。男子よりは女子のほうが体格的に殺しやすいかもしれない。比較的、条件を満たしているのは彼女な気がする。
でもそれはもちろん嫌だ。『儀式』で、なっちゃんもあいりも失うだなんて……。なっちゃんは死んで、あいりは殺人犯になって、私はたった一人にされてしまうじゃないか。あいりとの別れは覚悟したつもりだけれど、さらにもう一人の友人って……。
「ねぇ、生贄ってまさか」
ほぼ吐息でしかない言葉を吐いた。平然としているあいりの口元を凝視してしまう。あそこから漏れ出る音が、人の生死を決定する。なんでこの子は狂った人形になってしまったんだろう。
指先が落ち着かないまま、あいりに告げられた名は――なっちゃんではなかった。
「昌嗣だよ」
「……え?」
「だから、」
あいりの声が、うっすら上ずっていた。多分、私以外の人なら気が付かない。それぐらいに、ほんの少しだけ。けれども顔は、やっぱり蝋人形だった。
「昌嗣だってば。いとこの」
まーくんのための『儀式』で、まーくんを生贄に?
「昌嗣なら私よりちっちゃいし。儀式の日には確実にここにいる」
「そんな、可哀想だよ」
つい言ってしまった。あのくりくりした目の少年が犠牲になるなんて耐えられない。
するとあいりは激高した。
「じゃあ何? なっちゃんあたりでも生贄にする? そしたら芹奈は嫌だって言うでしょ!?」
「そ、それは……」
何も言い返せない。まーくんなら「可哀想」、なっちゃんなら「嫌」。確かに、私は彼らに順序をつけている。
「それとも、知らない人を選んだら何も言わない?」
「うっ」
さらに痛いところを突かれた。
「自分が殺すわけでも、殺されるわけでもないくせに。――偉そうなこと言ってんじゃねぇよ」
こうやって綾目家の人々は、この地を治めてきたんだろう。狂った人間であったとしても、言葉は正しいのだから。
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