7. 背骨に触れて
「お邪魔しまーす……」
「いないって言ったじゃん。ほら上がって。二階行こう」
昨日と同じように、あいりの部屋に入る。背後を取られないようにと警戒していたのだが、あっさりバレた。
「芹奈は協力者になったんだから、襲わない。約束する。…………というか、ただの親友のままでいたかったなぁ」
弱々しい、薄幸の微笑み。
「私も、だよ」
きっと、そんなに上手く笑えていない気がする。表情を隠したくて、クッションを抱えてぎゅっと顔をうずめた。
「『儀式』のこと、もう少し丁寧に説明したいんだ」
あいりはそのまま続けた。
「綾目家の人間が十歳になったら、その子の誕生日に行われるの。親族一同も参加して、再び『命の尊さ』を確認する」
「てことは、あいりのためにも『儀式』があったの……?」
「そう。私も、人が死ぬところを見た。奥の座敷で」
あくまでも淡々とした少女が、目の前にいた。なんて歪んだ家だろうか。
「んで、続きね。生贄を殺すのは、『儀式』参加が二回目の人。つまり私」
「次の儀式は、誰のためにやるの?」
あいりは一人っ子だ。
「いとこのまーくん……
見るとも見ないとも言う間もなく、スマホに映るまーくんを見せられた。利発そうな眉が愛らしかった。
綾目家の罪を、この子も背負うのか。
……写真、見なければよかった。まーくんが怖がるであろう『儀式』の担い手になってしまうなんて、自分が許せない。
「本当は、私だって『儀式』が嫌だ」
スマホをスリープさせて、あいりはぽつりと呟いた。
「こんな負の連鎖、止めたいのに……。今までのやつらと同じように、殺すしかないなんて……」
「でも『儀式』をやらない、ってのは無理なんでしょ?」
「そうだよ」
『儀式』をやらなければ、あいりはこの町から追い払われる。そんなのは自明だ。警察は起きない事件に関して手を差し伸べてはくれないし。ということは、次の『儀式』であいりが生贄を殺すのは避けられない。
「それに、私は生きている限り、繰り返し繰り返し、誰かが殺されるところを見なきゃならないんだ。おかしいって……!」
今度はあいりがクッションに突っ伏す番だった。私はというと、無力だから、ただ背中を撫でることしか出来ない。痩せた背中に、こつこつと背骨を感じる。なんでこんな大きなことを背負わなくてはいけないのだろう。星回りが悪すぎる。
すると意思に反して、言葉が漏れ出た。
「まーくんが『儀式』を放棄したら、生贄が殺されるところは見なくて済む……?」
「――どういうこと?」
「え、そんなに食いつくほどじゃないってば、深い意味はない。……えーと。まーくんが、次の次の『儀式』で生贄を殺さなかったら、あいりへの害はなくて、なおかつ誰かが死ぬことはないよなぁって思ったの。まーくんはこの町から迫害されるわけだけど」
怪訝そうに見つめられる。ぴょこ、とリボンが跳ねた。
うう。やめてよ。そんなにジッと見ないで!
次の瞬間、あいりは意外なことに、真面目な顔をした。
「それだ。芹奈お前天才かよ」
「へ?」
「そうよ。わかった。いいこと思いついた。うん。これならいける!」
……「天才」は、私じゃなくてあいりだと思うよ。私のどうでもいい意見を拾って、そこから何か練っているんでしょ? こんな状況でも、それは昔から変わっていないんだね。
「芹奈。ありがと」
「何にもしてないよ。すごいことを考えつくあいりが偉いんでしょ」
褒めると、あいりはとてもわかりやすくデレる。ニヤニヤしていやがった。
「それで、何を思いついたの?」
「まーくんへの『儀式』は避けられないけど、それより後の『儀式』は、防ぎようがあると思うんだ」
「ふーん……?」
あーっ、わかってないでしょ芹奈! とあいりが笑う。何も知らなかった頃――小学校低学年の頃と変わらない、無邪気な笑顔。それは一回目の『儀式』を経ても無事に見えるけれど、二回目の『儀式』には耐えきれるのだろうか?
あいりのアイデアは、こうだった。
「『儀式』を滅茶苦茶にすればいいの――『儀式』が成り立ってきたのは、存在が世間の目に触れなかったからでしょ? でも、『起きていないこと』の存在を信じる人はいない。だから、『儀式』が終わってから公表すればいい」
「でもっ……! それだと、あいりは殺人犯だし……生贄は犠牲になるし…………」
「仕方がないよ」
目を伏せるあいり。睫毛が長い。
「トータルで見たら、私が殺人犯になったほうが、犠牲になる生贄の数は断然減るよね」
……いつもは猫みたく気ままで勝手なのに、自己犠牲への躊躇いはないようだ。
何で。どうして?
「大丈夫。死ぬのは生贄……昌嗣だけだよ」
あいりは目を開けた――瞳が狂気の色に光っている。
ああ、この顔は「あいり」じゃない。「綾目」だ。
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