5. レールの分岐

「手伝ってほしいんだよね」

 そう言われても、状況が怖すぎて、何もわからない。酸欠になりそう。そもそも何を手伝うの?

 一生懸命考える。まず、胴体を面に拘束しているということは……もしかして、さすまた? 綾目家は何があってもおかしくないけれど、さすまたなんてほぼフィクションだと思っていた。

「あのさ、金魚じゃねぇんだからさ、ぱくぱくしてないで何か喋って?」

「……えっと」

 何を言えばベストなのか。それはわかんない。でも、黙っていても機嫌を損ねるだけだ。

「初めから全部説明して。何か手伝うなら、経緯を知らないと失敗すると思うから」

「おっけい。でも、この体勢のままでね」

 越えてはいけない一線を越えてしまう気がする。しかし目の前には、一本のレールしか見えなかった。

「綾目家は昔から、人を殺してきたの。代々必ず。何でかというと『どうやって人が死ぬのか』とか『命の尊さ』とか、そういうのを教えるためでさ。綾目の血を引く人間は、このあたり一体のあるじだから、上手くやっていくには人格者でなきゃいけないでしょ? 教育の一環、って感じかな。それで、次の『儀式』の生贄を探さなきゃいけないの。でも、私は体が弱いし難しいじゃん? だから、芹奈に生贄探しを手伝ってほしいんだけど」

 私が口を挟む暇もないほどに、一気にまくしたてられた。これを言うために文をあらかじめ考えていて、練習もしていた、というような印象だ。

「え、あの、整理させて」

 この家で、人を殺していた? 教育の……一環、って言った? 生贄探し?

 狂ってる。おぞましい。気持ち悪い。そんなことをさらっと抜かすあいりが、悪魔のように見える。

「……もし、私が生贄探しを断ったら、どうなるの」

「残念だけど、芹奈を生贄にするしかないんじゃない?」

 あいりはもう、普段通りの口調だった。すごく軽い言葉。

「言っとくけど、私は芹奈が大切だから殺したくないよ。生贄探しを拒まれたら死んでもらうけどさ」

 何を考えているのか理解できない。私が大切、と言われても信じられない。

 幼少期は、思い通りにいかないとすぐ泣いていた。それと同じで、泣き出したくて仕方がない。

「ねぇおかしいよ。普通に考えてわかるよね? あいり、馬鹿なんかじゃないでしょ。警察に話したらいいんじゃない? というか、そんなことをわざわざしなくたって、『儀式』をやらなければ」


「んなことわかってんだよっ!!」


 頭上から怒声が飛んで、私の言い分はかき消された。そして、声が大きいとマズいと判断したのか、あいりは静かに口を開いた。

「……警察がまともに相手してくれるとでも思ってるの? 馬鹿はお前だろ。もし『儀式』をやらなかったら、私は家を追い出される。高校生がどうやって一人で生きてくの?」

 確かにそうなのかもしれない。情報過多で処理し切れず、思考回路は乱れていた。

「警察にバレたらどうするのよ。どうやって綾目家は殺人を隠せていたの?」

 もう、これぐらいしか吐き出せない。

「絶対にバレない。土地は腐るほどあるんだから。暴かれることは決してない――。綾目家は、そういう家なの」

 理解を脳が拒んだが、とりあえず「わかった」ことにしておきたい。

 今、目の前のレールは二つに分かれている。一つ目は「生贄探しを断る」。その先には、私が生贄にされる未来がある。つまり死。

 二つ目は「生贄探しを手伝う」。私があいりに従えば、何も変わることのない平穏な日常が続く。なぜなら、綾目家の罪は決して露呈しないから。

 そう言いたいのでしょう、あいり?

 瞳を見て、聞きたかった。しかし、仮に顔を合わせて話していたとしても、そんな勇気はないんじゃなかろうか。

「…………う……よ」

 声が震えて、音にならなかった。

「何?」

「……引き受けるよ。生贄探し」

 結局は、誰だって自分のことが一番大事なのだ。

「契約成立ね」

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