4. 愚痴ジュース
「あー、もう。お母さんがごめんね。あんなんじゃ落ち着かないでしょ」
部屋のドアを閉じると、あいりは私に謝ってきた。
「いや、別にあいりのお母さんに悪気があるとかじゃないし……」
「きっとここまでは来ないと思う。ほら、ゆっくりして」
乱雑に高反発クッションを投げつけられる。両手でキャッチ。ふ、こんなの超余裕。枕投げみたいで楽しい。
「ジュース、オレンジとグレープ、どっちがいい?」
オレンジがいいと答えると、勉強机の横の小型冷蔵庫から、キンキンに冷えたペットボトルを出された。あ、この炭酸、好きなやつだ。ぷしぃ、とボトルが鳴く。
「やってらんない気分だわ」
「大変だねえ」
女子高生かどうか疑うような飲みっぷりだった。なんならおじさんくさい。スカートなのにあぐらをかいているし。
それから、くだらないことを話していた。次のテストやばいね、とか、隣のクラスのカップル最近冷えてない? とか、文化祭で何が盛り上がるかな、とか。
急にあいりが、こんな町出ていきたい、と言った。
「ここ、なーんもないもんね」
「ほんと。ああ、上京したいけど、無理だなぁ」
「え? どうして?」
いつの間にか、ペットボトルの中身は半分になっていた。さっきの緑茶より、ずっと綺麗だ。そう思った。
「だってほら、ここに縛り付けられる人生だと思うよ」
「……そっか」
この地域は、どちらかというと女系である。あいりの家――綾目家も、それに漏れない。だから恐らく将来、あいりは家を受け継がなくてはいけないだろう。
私は好きに生きられるけれど、あいりはそうじゃない。幼馴染みでも、まるきり違う人生を歩むのだ。あーあ。
「あ、そうだ。お願いがあって」
「どしたの?」
私があいりを甘やかしてしまうのは、生きる環境が違うからだ。少しでも、運命に抗いたいから。
「タンスの脚の下に手帳が入っちゃってさ。手が届かないんだよね」
「えーどれどれ……?」
私は床に這いつくばり、タンスの下に手を伸ばす。暗くて見えないけれど、何か引っかかるかもしれないという期待を込めて。すると。
どす。
……え? 何の音?
立ち上がろうとしたけれど、背中が何かにぶつかって、出来ない。
精一杯首をもたげると、視界の端には、無表情のあいりがいた。
「芹奈。叫んだら殺すから。静かにしてよ」
普段気だるげなはずの声は、いつになく冷酷だった。
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