3. 蝋人形の緑茶
放課後、私はあいりの家の応接間にいた。流石はこの町で一番権力を持つ家だ。来る度に実感してしまう。装飾の施された黒檀の座卓。木綿の座布団。窓の外には緑の庭園がまぶしい。鳥の剥製が、私をガラスの瞳で見つめる。暖色のきらびやかな照明に照らされて、緑茶の水面は滑らかに揺蕩っている。
本当はあいりの部屋で駄弁る予定だったけれど、あいりのお母さんに引き留められたのだ。
「芹奈ちゃん、御無沙汰していたけれど、お元気でしたか?」
「ええ、まあまあです」
私の歯切れが悪いのは、お茶が不味いから、とかじゃない。この人のことが得意ではないからである。何というか、怖い――笑顔が崩れないから。まるで、蝋人形のように。
「やっぱりあいりが御迷惑掛けているでしょう? ごめんなさいね」
「いえ、何もそんな。むしろ、私がお世話になっているんじゃないかと思います」
「やぁね、芹奈ちゃんってば。昔からの付き合いなのだから、そこまで他人行儀でなくともいいのよ?」
ええ……。私は他人行儀で、あなたは他人行儀じゃないって、基準がわからないよ……。
困っていると、察しのいいあいりが助けてくれた。
「ねぇ、そんなふうじゃ芹奈が困るでしょ。やめてよお母さん。ていうか、私の部屋に連れてくから」
「あら、そう? じゃあ、お菓子ぐらい持って行ったら?」
「別にいい」
すっくと立ったあいりは、私の手を掴んだ。それにつられて、私も立ち上がる。
「あ、お、お茶、ごちそうさまでした」
半ば強引に引っ張られながら、取り急ぎお礼を口にした。
「いえ、お粗末様でした」
あいりのお母さんが答えたときには、もう顔は見えなかった。でも、想像はつく。どうせ、いつもと変わらない表情をしているのだろう。
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