2. いつもどおり

 びゅんびゅんと廊下が視界を通り過ぎていく。いや、本当は私が通り過ぎているんだけども、でもどちらが動いているのか、というのは天動説か地動説か、という話と一緒で――――。走っているときって、やけにいろんなことがクリアに頭を巡るものである。

「あいりっ! 早くして!」

 振り返ると、あいりはやっと角を過ぎたところであった。Uターンして駆け寄ってあげる私。

「もう、体力つけてよね?」

「……ぜぇ、ごめ……ん…………」

「わかればよろしい。ほら鞄貸して」

 半ば奪うようにあいりのトートバックを肩にかける。は? 何を入れたらここまで重くなるの?

 そして、チャイムが鳴り響く中、教室に駆け込むと――。

「はい、ちこーく。ホームルーム終わったら教卓んとこ来いよ」

 笑われた。なんて無慈悲な担任だろうか。悪魔じゃん。

「私、こいつのせいで遅刻したんです」

「お、遅刻は遅刻だぞ、桐野。あきらめな」

 はあ。ため息をつきながら椅子に腰掛ける。手で座面に触れると、初夏だというのにひんやりしていた。

 ――いつもどおり。

 ホームルームでの担任の連絡も、クラスメイトも、特にあいりも、それから私も。

「はい、これで終わり。ほら、遅刻したやつら、こっち来て」

「行こ、芹奈」

 教室のざわめきは、もう私たちなんて気にしていなかった。

「えーと、今日遅刻したのは」

 彼はあいりを見て、それから私へと視線を移す。


綾目あやめと桐野な」


 先生が出席簿を閉じると、あいりはようやく口を開いた。

「せんせー」

「何で教室、一階にないんですか」

「ん?」

「教室が四階にあるから遅刻するんです」

 それじゃあ仕方ないな、今度はもう少しだけ頑張ってみろよ、と彼は笑いながら教室を去る。

 担任の足音が遠ざかってから、私はあいりを咎めた。

「ねぇ、さっきのはまずいって。なめ腐りすぎ」

「そうかな」

 あぁ、もう。イライラしてきて、何か一つ文句をかましたくなる。

「あのねぇ、先生に向かって、あんな生意気なこと――」

「いいでしょ」

 きっぱりと言い放たれ、私はついひるんでしまった。そして、あいりがいつになく暗くうつむいていることに気がついてしまう。

「だって」

彼女は再び口を開く。

「あいつらは『私』のことなんて見ていない、でしょ?」

 ……何にも言い返せなかった。だってあまりにも、あいりの表情は寂しさのそれだったから。

 確かに、そうだ。誰も「あいり」を見ていない。見ているのは、「」だ。だって……。

「さ、一限は現社でしょ。安斎先生の声、まじ眠いんだけど。だる。ねぇ?」

 一転して明るい声を出している。そうだね、としか言えない私。

 ごめんねという言葉は、音になりそこねた。

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