1. 烏滸言と私達

「芹奈。おはよ」

 凛とした声を聴いて、あぁまた同じ朝を迎えているのだと実感する。

「遅いんだけど」

 前言撤回。凛となんてしていない。むすっとしてる。

「仕方ないじゃん、あいりに言われる筋合いはない」

「何でよ」

 意地っ張りなあいりに言い返される。でもこれは喧嘩とかじゃなくて――そう、私たちにとっては「じゃれあい」。

「見ればわかるでしょ」

 あいりは頭上の、ワイヤ入りのリボンを揺らしながら、くるっと右を向いてしまう。こういうところで素直さの鱗片が垣間見えるあたり、非常にちょろい。

 眼下に広がるのは急勾配の坂。下には小さく私の家の屋根が見えていた。

「それとも、登校するときに短く坂を下るだけの人間には、わかんない?」

 私はわざとらしく首を傾げてみる。あいりとおそろいのリボンが揺らいでいることだろう。

 どういうことかというと、あいりの家は坂の頂上にあって、そして高校は、私の家と逆方向の坂道の中腹にあるのだ。

「あー、はいはい、もう行こ。ま、きっと今からならダッシュで間に合うよね」

 手のひらを返されてしまった。でも、こんな茶番を繰り広げるのは楽しい。遅刻ギリギリであることを除けば。

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