番外編 夏休み
夏休み
俺はズズズズーッと豪快に冷やし中華をすすった。
「うっま……!!」
この夏、思いっきり冷やし中華にハマった店長は、タレを変え、具材を変え、驚くべきバリエーションで毎日のまかないを楽しませてくれている。
今日は担々麺風に旨辛そぼろがたっぷりのったもので、彩りのトマトとオクラが見た目も味も爽やか……ピーナッツとゴマのタレが絡んだ麺は最高に美味い。
今日もランチ営業は大盛況で大忙しだったが、そんな疲れも吹き飛んでしまう。
俺は最高に幸せ気分で冷やし中華を平らげた。
デザートの桃がのった皿と俺専用の湯呑をカウンターに置いた店長が微笑む。
「麺は二玉茹でてるのに、ペロッと食べちゃうんだから……若いっていいねぇ」
「店長、そういうこと言ってると老けちゃいますよ」
デザートの桃を口に放り込む。
良く冷えた甘い蜜が口いっぱいに拡がった。
旨辛い料理の後に、とろけるような甘さ……店長のチョイスが光る。
「でも、明日から一週間も休みなんて……お客さん達、残念がってましたよ」
「万里くんが友達連れて帰ってくるんだ。
カウンターの椅子に腰かけた店長は微笑み、優雅にお茶をすすった。
イギリスの魔術学校に特別編入中の万里が、明日帰ってくる。
そして夏休みの一週間を日本で過ごす。
それに合わせて、ムーンサイドは一週間の臨時休業になったのだ。
「万里の友達かぁ……どんな子だろう」
店長から「人間の友達をつくる」という宿題を出されていたが、しっかり頑張ってるんだな。
偉いぞ、万里!
「寮でルームメイトになった子らしい。名前はダニエル。夏休みの前半はその子の実家でお世話になって、色々興味深い体験をしたみたいだよ」
「ダニエルかぁ……ん? 興味深い体験?」
軽く首を傾げ、意味深に微笑む店長……あー、これは詳しく聞かない方がいいやつだ。
「明日の朝、空港に迎えに行くようアレクに頼んであるけど都築くんも行く?」
「もちろん行きます! って、店長は行かないんですか?」
「朝は苦手だからなぁ……まぁ、行けたら行くよ」
「…………」
行く気ゼロだな……。
俺のジト目もどこ吹く風で、店長はお茶をすすり、小さく吐息を漏らした。
「その子、日本に来るのは初めてらしいよ。都築くんも仲良くしてあげてね」
「もっちろんです! 思いっきり『日本』を楽しんでもらいましょう!」
俺は気合いっぱいで力強く頷き、ジューシーな桃の最後の一切れを口に放り込んだ。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
早朝の空港は人もまばらだ。
俺とアレクは二人並んで、万里たちが現れるのを待っていた。
やはり店長は来ていない……まぁ、そうだよな。
何やかんやと便利に使われているアレクは、もう完全に「ムーンサイド」の雑用係その2だ。もちろん雑用係その1は俺だが……。
「店長は何にも教えてくれなかったんだけど、アレクは万里の友達がどんな子が知ってるか? 日本語とか大丈夫なのかな……」
「あぁ、万里とルームメイトになって猛勉強したらしい。今じゃ万里より日本語が上手なんじゃないか?」
「そんなわけ……って、そうかもな」
俺は思わず苦笑した。
アレクは冗談のつもりで言ったんだろうが、実際万里は口下手だ。オブラートに包むように言葉を選ぶのが下手とでも言うのか……そこは言語スキルより対人スキルって気もするが。
そんな万里が、夏休みに一緒に過ごす友達ができるなんて……俺は込み上げてくる感動を、なんとか押さえ込んだ。
「店は休んで、明日から尾張の別荘へ行くんだってな。都築も一緒に行くんだろう?」
「あぁ、店長が海の近くに別荘を持ってるらしくて……あの人、ほんっとーに金持ちだよなぁ。アレクは行かないのか?」
「尾張に誘ってはもらったんだが……俺は教会の仕事もあるし、子供達と一緒に育ててる朝顔の水やりもあるからな……」
「そっか……」
アレクは教会の日曜礼拝の後、子供達の夏休みの宿題もみてるって言ってたし、本当に面倒見がいい。ずいぶん子供達からも慕われてるようだ。
「つづきーっ! アレクーっ!」
聞き間違えようのない万里の声に振り向く。
笑顔の万里が足早でこちらへ近づいて来る。
「万里……!」
大きめのゆるTシャツにジーパン、リュックを背負った万里は、この春ここで見送った時より少し背が伸びた気がした。
元気そうなその姿と笑顔に、俺も嬉しくなる。
「待ってよ、万里くんっ!」
大きなスーツケースを押しながら、万里の後ろをヨタヨタついて来る奴がいる。
ゆるくウェーブした柔らかそうな金髪、そして頬のそばかすは、俺の中の「英国人」イメージそのものだった。ちょっと野暮ったく見える大きな眼鏡の奥の綺麗な緑の瞳が印象的だ。こちらは白い襟付きのシャツに薄いベージュのスラックス。絵に描いたような「いいとこの坊ちゃん」スタイル。
とにかく真面目そうだ。
万里を追いかけている姿は、どこか頼りなげで、少しどん臭そうでもある。
こういうタイプは万里と相性イマイチな気もするが……いや、決めつけは良くない!
俺たちの元へやってきた二人を、アレクが笑顔で迎えた。
「万里、元気そうだな。そっちがダニエルか?」
「うん」
ダニエルは万里の横で慌てて背筋をピシッと伸ばした。
「は、はじめまして! ダニエルと申します。日本は初めてで分からないことも多くて、ご迷惑をおかけするかも知れませんが、どうぞよろしくお願いします!」
めちゃくちゃ流暢な日本語!!
万里とルームメイトになってから、ほんの数ヶ月で勉強したとは思えないほど、発音もイントネーションも丁寧語も完ぺきだ。
「俺はアレクシス・ナインハートだ、アレクと呼んでくれ」
「あ、エクソシストの……よろしくお願いしますっ!」
アレクは人懐こい笑顔で自己紹介し、ダニエルはちょっと緊張気味に挨拶した。
それから俺の方を見たダニエルは、軽く目を瞬かせてからニコッと笑顔になった。
「都築さんですよね、一週間お世話になります!」
「えっ!? なんで俺が都築って分かったの?」
驚く俺に、ダニエルの眼鏡がキランと光った。
「とっても強そうな犬の守護霊が憑いてるので……万里くんから聞いてます。確か、パトラッシュでしたっけ?」
おっ! ダニエルは「見える」のか!
パトラッシュをハウスさせるのを忘れてたが、ダニエルはこれっぽっちも怯えた様子はない。
魔術学校の生徒なんだ、そりゃ色々と慣れっこなんだろうな。
ダニエルはフフッと笑って続けた。
「それに、万里くんから聞いてた通りの人だから……」
「…………」
万里から何を聞いてるのか知らないが、ふいっとそっぽを向く万里の様子からして、きっとロクな事じゃないんだろう。まぁ、今は追及すまい……。
俺は精一杯の歓迎の気持ちを込めて、ダニエルにニッと笑い返した。
「よろしく! 一週間、いーっぱい日本を楽しんでくれ!」
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
「それで、万里くんは座学も実技もとにかくすごくて、もうビックリしちゃったんです!」
空港から店長のマンションへと移動する車の中で、ダニエルは興奮気味に「万里の凄さ」を説明してくれた。二人は学生寮のルームメイトでありながらクラスも同じらしい。
万里は特別編入の前に「ムーンサイド」の手伝いでずいぶん鍛えられていた。たしか、編入試験も優秀だったと店長が自慢してたなぁ……。
俺はもちろんだが、運転席のアレクも万里を褒められてまんざらでもなさそうだ。
「万里、しっかり頑張ってたんだな……偉いぞ!」
嬉しくなって助手席からバックミラー越しに褒めると、後部座席の万里はちょっとバツが悪そうに車の外の流れる景色へ目をやった。
「万里?」
万里の隣でダニエルが苦笑する。
「万里くん、落第しそうなんです」
「えっ!? 優秀なんだろ? どうして?」
驚いて問いかけると、万里は拗ねたように口を尖らせた。
「だって、朝起きられないから一限目はほとんど出られないし、興味ない授業も出たくないんだもん……」
「あぁ~……」
俺は思いっきり納得した。
万里の隣で、ダニエルが肩を落とした。
「僕も一生懸命起こすんですけど……万里くん、朝は本当に弱くて。制服に着替えさせて、寝ぐせを直して、朝食を食べさせてたら、僕まで遅刻しちゃうので……もう僕も諦めて朝はそのまま寝かせてます」
「は、ははは……」
俺はもう笑うしかない。
万里め、めちゃくちゃ迷惑かけてる!!
ルームメイトになったばっかりに……ダニエルの苦労を思うと俺が申し訳ない気分になってしまう。
この一週間、しっかりダニエルをもてなして、日本を満喫してもらおう!
俺は密かに決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます