たてこもり

 万里の手を引いて廊下を走る。

 しかし、オジサン達を引き連れて玄関から突入してきた店長に鉢合わせしてしまった。


「都築くんっ? 何やってんの!?」


 俺は舌打ちし、すぐ横の階段を駆け上がる。


「パトラッシュ、頼む! 階段を塞いでくれ!」


 俺が叫ぶと、階下でオジサン達の悲鳴が聞こえた。

 ら、乱暴はするなよ……パトラッシュ。


 二階の廊下で俺はようやく万里の手を放した。


「一馬……、かずま? どこ?」


 万里は床にへたり込み、それでもまだ「かずま」という式神を呼んでいる。

 俺の存在すら見えていないようだ。

 声をかけるのも、ためらってしまう。


「一馬って……白石一馬?」


 そっと声をかけると、万里はゆっくりと顔を上げて俺を見た。


「……うん」


「ここの……白石の子だよな?」


「……うん」


「それって――……」


「都築くーんっ!!」


 俺の問いは階下からの店長の声にかき消された。


「君たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて、大人しく出てきなさーいっ! いい子だからーっ!」


 俺は階下へと叫び返した。


「いーやーでーすーっ!!」


 店長も橘も、ちゃんと話もしないで力づくなんて……こうなったら俺が話す!

 俺は万里に向き直った。


「万里、悪い。さっき勝手にあちこち見てまわったんだ。そこ……一馬くんの部屋だよな?」


「……うん」


 俺はへたり込んだままの万里の横に腰を下ろした。

 廊下の床がひんやりする。


「置いてあったノート、見た。お前ら、一緒に術の研究するくらい仲良かったんだな……」


「…………」


 万里は答えない。

 俺は、八伏家のさつきちゃんとバロンのことを思い出していた。

 亡くなった愛犬と離れたくなくて、戻ってきて欲しくて……反魂はんごんの術を使ってしまった女の子。


 万里も……そういうことなんだろうか。


 だとしたら強引に引き離すのは良くないと思う。

 万里はふらりと立ち上がり、一馬くんの部屋へと入って行く。

 俺もついて部屋に入った。


 万里は勉強机に近づき、さっきのノートに手を伸ばす。

 表紙をそっと撫でる万里の指は「白石一馬」という名前のところで止まった。


「色んな家に……預けられたけど、ここが……一番、好きだった……、……すごく、楽しかった」


 万里はぽつぽつと話し出した。


「おばさんのハンバーグ、美味しかった……おじさんも、優しかった……、俺……はじめて、誕生日……お祝いして、もらった……」


 俺は言葉を失った。

 何を言えばいいのか分からない。


「俺が、術の研究してても……誰も、笑わなかった……バカにしなかった……、一馬は……一緒に、考えて……くれて……」


 万里はノートを手に取り、パラパラめくった。


「俺に……、白石の子になればいいって……言って、くれた」


「…………」


 きっと、ここは……万里が初めて見つけた「居場所」だったんだ。

 だから……きれいに掃除して、遺影に花を飾って、一人でこの場所を守り続けてるんだ。


 俺は鼻の奥がツンと痛くなった。

 祓いの事故から二年……、……ずっと一人で、ここで、亡くなった三人のことを思ってきたのか……。


 でも、それなら余計に……一馬くんをちゃんと天国に送ってあげないとダメな気がする。

 大切な人だったなら、なおさら……。


「万里、一馬くんと離れたくない気持ちは分かるけど……万里だって、分かってるんだろ? 本当は、ちゃんと天国へ……」


「約束、したんだ」


 俺の言葉を遮った万里の声は、泣いてるみたいだった。


「やく、そく……?」


「ずっと、一緒って……約束、した。……一馬が、死ぬ時……俺の式神に、なりたいって……、そしたら、ずっと一緒だから……って、……」


「……――っ!!」


 一馬くんの、遺志いし!?

 まさか、そんな……でも、……目の前の万里が嘘をついてるとは思えない!


 万里にとって、式神の研究は……遊びなんかじゃない。

 大切な人との「約束」なんだ!


 その時、階段を駆け上がって来る複数の足音がした。

 勢いよくドアが開かれ、店長が現れる。その後ろには橘やオジサン達の姿も見えた。


「店長っ? パトラッシュは?」


「階段の下で目を回してるよ、犬ごときに僕を止められると思った? ふふふ、もう逃げられないよ……覚悟はいい?」


 不敵に笑う店長……あんた、悪役かーーーーっ!!

 俺は思わず万里を庇うように、店長や橘の前に立ちふさがった。


「店長、話を聞いて下さいっ! 万里の式神は――…っ!!」


 最後まで言えなかった。

 俺はなだれ込んで来たオジサン達にもみくちゃにされ、気づいた時には俺も万里も完全に取り押さえられていた。


「橘くん、式神の解放を……」


「はい」


 店長に促されて印を結ぶ橘に、俺は叫んだ。


「待ってくれ! 人間を式神にしたのは、ちゃんと理由があるんだ! 遊びなんかじゃないんだ! たちばなっ!!」


 オジサンに床へと押さえつけられながらも、俺は必死で訴えた。

 視界を遮るように、目の前に店長の足がくる。

 見上げると、俺を見下ろす店長と目が合った。


「どんな理由があろうと、禁忌は禁忌だ」


 冷たく言い放つ店長を、俺はキッと睨み返した。


「店長の分からず屋っ!」


「もう、いいよ……都築。もういい……」


 俺と同様、床に押さえつけられている万里からの諦めの言葉に、俺は目を見開いた。


「良くないっ! お前、ぜんっぜん納得してないだろ!」


「いいんだ、……ありがとう、都築。俺は約束さえ守れれば、それでいいから」


「どういう、意味……っ!?」


 俺の問いに万里が答えるより早く、橘が困惑の声を上げる。


「えっ? な、なに……これ、……契約の術式が、これはっ……陰陽道じゃ、ない?」


 印を結んだまま呆然としている橘に、店長が不思議そうに声をかける。


「橘くん? どうしたの?」


「あ! さっきのノート!」


 橘は何やら思い当たったように、床に転がっていたノートを慌てて手に取り、パラパラとページをめくる。


「これだ……!」


 店長も橘の横からノートを覗き込んだ。


「へぇ~……、なるほどねぇ……」


 橘がノートを指さす。


「この部分は陰陽道の式神の術式です……でも、ここは……何だろう、見たことない……」


「そこは西洋魔術の使い魔のシステムを応用してる……」


「えぇっ!?」


 店長の言葉に、橘は驚きの声を上げた。

 ノートに視線を走らせながら、店長は独り言のように呟く。


「全体的なベースは式神のものだけど、あちこち改良してある……でも、注目すべきはこの部分……ここは完全オリジナルだ。すごいな……イカレてる、よくこんなの思いついたな」


 店長の目が笑ってる、めちゃくちゃ楽しそう……。


「こんな複雑な術式、橘くんには解除できないね……」


「尾張さんなら出来ますか?」


「んー、やろうと思えば出来るけど、これ……契約解除したら、万里くんも死ぬよね?」


 えぇっ!?

 俺は万里へと目をやった。万里は全てを諦めたとでもいうように目を閉じて体の力を抜いてしまっている。


 万里と店長を見比べ、橘が問いかける。


「どういうことですか?」


「万里くんと式神の魂そのものを結合してるんだよ。人間の式神なんて扱いづらいし、どうやって従わせるのかと思ってたけど……なるほどねぇ、これなら自分の手足のように動かせる……でも、……」


 店長はいったん言葉を切り、ゆっくりと続けた。


「式神の消滅や解放で契約が解除になった時点で、万里くんの魂もほどけてしまう……式神と一蓮托生なんて、僕なら絶対にやらない……」


 俺はもう一度万里を見た。

 万里がさっき言ってた、約束……「ずっと一緒」のその意味を理解した瞬間、せり上がってくる熱いものにグッと奥歯を噛み締めた。


 そんな形で約束守って、どうすんだ!!


 うーん……と、軽く首を傾げて考えた店長は、床に押さえつけられたままの万里を見下ろした。


「本当なら、式神を解放して万里くんは厳重注意ってのが理想だったけど……、そう上手くはいかないようだね。ま、万里くんもそれで良さそうだし、式神と仲良く一緒に――……」


 俺は思わず叫んだ。


「店長っ! 前に教えてくれたじゃないですか! 殺し合いにならないよう、考えるんだって……ッ、……依頼主が納得する形で、損害を最小限にして、皆が生き残る方法を、考えるんじゃなかったんですかっ? ちゃんと、ちゃんと考えて下さいよっ!!」

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