双子

 俺の悲痛な訴えにも店長は顔色一つ変えない……。

 お互い一歩も譲る気はない俺たちを見かねたように、橘が口を挟んでくる。


「尾張さん、何とかなりませんか……?」


 さっきは兄弟ゲンカしてたけど、橘だってむやみに弟を死なせたくはないだろう。


 依頼主である橘からの相談は、さすがにムゲに出来ないようだ。

 店長は軽く腕を組み、何やら考えるように天井を見上げる。


「問題は二つ。一つめは、うちのアシスタントがごねてる。この子……一回ヘソ曲げたら、かなり面倒なんだよねぇ……根に持つタイプだし」


 店長め、よく分かってるじゃないか!!


「そして二つめ、こっちはかなり深刻だ。橘くん、自分で分かってないと思うけど、橘くんと万里くん……二人は力を共有してる」


「え……共有、ですか?」


 問い返す橘だけでなく、万里も顔を上げて店長を見た。


「おかしいと思ってたんだよね。二人とも尋常じゃないほどの力を持ってる。コントロールが難しいほどに……。でも、こうして二人を見て分かったんだ。君たちは力を共有してるから、一人で二人分の力を使えるってこと。まぁ片方がガチで使い過ぎたら、もう片方はエネルギー不足で何もできなくなるだろうけど……」


 橘と万里の二人は目を見合わせた。

 店長は説明を続ける。


「二人が同じタイミングでフルパワー使うことなんて今までなかっただろうし、別々に暮らしてたんだ……気づかなくても仕方ないと思うよ。それにしても、双子って面白いね……本当に興味深いな」


 そういえば橘を初めて見た時、店長は「ご隠居以上」だとか「まるで先祖返り」だと、その力に驚いてたな。

 ということは、つまり……


「万里くんが死んだら、橘くんの力は一人分に……今までの半分になっちゃうってこと」


「えぇ~っ!?」


 橘だけでなく、俺を取り押さえていたオジサン達からも驚愕の声があがった。

 一人だけ冷静な店長は続ける。


「いきなり力が半分になったら感覚も変わるし……しばらくは、まともに術を使えないだろうね……。そもそも力の総量が変わるから、今まで普通に使えてた術も使えなくなる可能性がある。橘家当主として、まともに仕事できなくなるのはマズいよねぇ……」


 橘は目を見開いて青ざめ、口をパクパクさせている。

 そうとうショックみたいだ……。

 さらに、店長の容赦ない言葉が続く。


「橘家としては大損害だよね」


 混乱しまくりの橘……、見ててちょっと可哀そうになる。


「で、でも……このまま禁忌の式神を野放しにするわけには……」


「他の祓い屋の手前、きちんと対処しないと、身内に甘いだのルール無視だの色々言われるだろうね。対外的な問題だけじゃなく、橘家の身内からも疑問の声があがるだろう」


「…………」


 橘は黙り込んでしまった。

 八方塞がりじゃないか……。

 俺としては、万里を死なせるわけにいかないってのは大賛成だ。

 でも、式神を解放してもしなくても、どっちにしろ橘は大ピンチってことだよな……。


 訪れる沈黙……。

 橘、俺、万里、そしてオジサン達……ゆっくりと全員を見渡し、店長は小さくふふっと笑った。


「そこで、ムーンサイドからの提案なんだけど……式神は解放して、万里くんは今ここで粛清しよう。表向きには、ね」


「……え? て、店長っ? どういう意味ですか?」


「だから、今ここに居る全員が口裏を合わせるんだ。万里くんは今日ここで死んだことにしちゃう。こっそり生き延びて、式神と楽しく暮らせばいい。まぁ、これからは目立つような悪さはできないけど、それは我慢してもらうしかない」


 軽く首を傾げて綺麗に微笑む店長……あぁ、悪だくみしてる時の表情かおだ。

 言われてみれば名案だが、……本当にそれでいいのか?


「そ、そんなの……っ、……大丈夫なんですか?」


「バレなきゃいいんだよ」


「………………」


 綺麗で妖しい店長の悪戯っぽい微笑みに、橘もオジサン達も……そして俺も万里も、その場にいた誰も反論できなかった。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




「と言っても、さすがにこの家で一人で野放しにしておくことは出来ない。目立った悪さをしないようにお目付け役も必要だし、見つかりそうになった時のためにかくまう場所も要る」


 オジサン達から解放された俺と万里は、店長と橘と一緒に座って話していた。オジサン達は壁際に並んで成り行きを見守っている。

 店長の提案という名の「隠蔽いんぺい工作こうさく」を、全員が神妙な面持ちで聞いている。


 ゼミ旅行で京都に行った時から俺は感じていた。橘の身の回りの世話をしたり仕事を手伝ったりする、このオジサン陰陽師集団は信頼できる。

 橘を心配しつつ、しっかりと支えている……優しい人達だ。

 きっと、今回の口裏合わせにも協力してくれるだろう。


「それで、お目付け役と隠れる場所として……」


 店長が言おうとしていることを察した俺は、ちらりと万里を見た。

 素直にOKしてくれよ……。


「万里くんの身柄はムーンサイドが預かる」


 万里は驚いたように顔を上げ、店長を見た。


「俺が……ムーンサイドに?」


「まだ高校生だから店の手伝いはさせられないけど、祓いの方は手伝ってもらう。好奇心旺盛で研究熱心な万里くんのことだ、うちに来れば色々と楽しいと思うよ。この世界には、万里くんが知らない術式や理論がまだまだ山ほどある。興味、あるだろ?」


「……一馬も、連れてって……いいの?」


 おずおずと問う万里に、店長は優しく微笑んだ。


「もちろん。ただし、条件が三つある」


「条件……?」


「一つめ、ちゃんと高校に通って卒業すること。二つめは、アシスタントの都築くんを泣かせないこと……これは難易度高いよ。けっこう簡単に泣くから気をつけて」


「人を泣き虫みたく言わないで下さいっ!」


 ムキッと怒った俺を、店長はどこ吹く風でスルーした。


「それから三つめ、僕に向かって管狐を放たないこと。次また、あんなことしたら……お仕置きするからね」


 店長は万里の額を指先でツンと突いた。「お仕置き」……この人が使うと、やたらと怖い言葉に聞こえる。


「分かった……」


 万里が素直に頷く。

 そこで店長は、あ……と何やら思い出して付け加える。


「これは条件じゃないけど、目立つような悪さも当然禁止だ。もう式神に浮遊霊を喰わせてまわったりはしないように……そもそも戦闘用じゃなさそうだし、これ以上強くする必要ないと思うけど」


 万里は軽く項垂うなだれた。


「強くなったら……しゃべるように、なるかと思って……」


「あぁ、なるほど……そういうことか。式神と話をしたいなら、もっと簡単な方法があるよ」


「えっ? ほんと!?」


 弾かれたように顔を上げる万里。

 今日一番の食いつきの良さだ。


「ちゃんといい子にしてたら、教えてあげる」


 ふふっと微笑む店長に、万里はこくんと頷いた。


「わ、分かった……!」


 万里はもうすっかり店長の提案にのるつもりのようだ。


「よし! じゃあ、話は決まり……橘くん、ご隠居には僕から説明しに行くから」


「……分かりました」


 橘はちょっと複雑そうだ。

 店長は部屋にいる全員を見渡した。


「それじゃ、これで一件落着……かな。どうかした? 橘くん」


「すみません……あの、僕……万里に謝らないといけないことが……」


 橘は万里の前に座り直した。膝同士がくっつきそうな距離で、橘は万里の顔を見つめる。


「万里、さっきはごめん。ついカッとなって、万里のこと……好きなことしてて気楽だとか、白石家から管狐を奪ったとか……その、酷いこと……いっぱい言っちゃった」


 万里は不思議そうに目を瞬かせて橘の話を聞いていた。

 その言葉を反芻はんすうするように、しばらく黙ってから、万里は口を開く。


「俺、京一のこと……自分の意思なんかない、大人の言いなりの『いい子ちゃん人形』だと思ってた。でも、俺がイジワル言ったら、ちゃんと怒った。……さっき、初めて京一とちゃんと話した気がした」


 お、これはアレじゃないか? 雨降って地固まるってやつ!


 そうだよな、今までずっと離れて暮らしてて、まともに話す機会もなかったに違いない。兄弟ゲンカが出来るくらい、距離が近づいたってことだ。


 ふと見れば、壁際のオジサン達も瞳を潤ませたり、微笑んだりして二人を見守っている。

 俺は確信した。


 この『隠蔽計画』は、きっと上手くいく。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 帰りの車には、店長と万里、俺と橘という組み合わせで乗せてもらった。

 

 車の後部座席に並んで座った俺と橘はしばらく無言だった。

 橘はぼんやりと、流れる景色を眺めている。


「橘? 疲れたか? 大丈夫か?」


 遠慮がちに声をかけると、橘は物思いから浮上してくるように俺を見た。


「すみません……僕は今まで、万里がどんな風に暮らしてるかなんて考えたこともなかったから……本当に、酷いこと言ってしまって……お恥ずかしいです」


 ずいぶん落ち込んで反省してるようだ……。

 俺は少し迷ってから、口を開いた。


「俺、初めて橘に会った時さ……大人しくて、責任感が強くて、色んなこと我慢して、ひたすら頑張る優等生ってイメージだった。でも、最近……ちょっと変わってきた気がする。責任感は強いままだけど、ちゃんと言いたいこと言ってるように見えるし、自分なりに一生懸命考えて、行動してる。俺は、今の橘の方が……ずっといいと思う」


「都築さん……」


 涙ぐむ橘に、俺はニッと笑ってみせた。


「橘はもっと自分に自信もっていいんじゃないか? 失敗しても、間違えてもいいじゃん。悪かったって思ったら、さっきみたいにちゃんと謝ればいいんだからさ」


 ふとバックミラー越しに、運転手のオジサン陰陽師が、力強く頷きながら涙を流しているのが見えた。

 オジサン、ちゃんと前見て運転してくれよ……。


 俺たちの乗った車は、ゆっくりとムーンサイドへ戻って行った。

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