式神編

問題児

「本当に、ムーンサイドとしては橘くんが失敗した場合だけ動けばいいの?」


 人身売買組織から無事脱出してきた俺たちは、店の奥のソファコーナーで橘からの依頼を受けていた。

 店長はゆっくりとカップを口に運び、コーヒーを一口飲んでから橘に確認した。


「はい。よろしくお願いします」


 二人のやり取りに、俺はとうとう我慢できずに口を出してしまう。


「橘……そんなの、最初っから手伝ったらダメなのか? 橘だって、俺を助けるの手伝ってくれたじゃないか」


「都築さんのお気持ちは嬉しいのですが、これは橘家の問題なので……」


 橘は申し訳なさそうに眉を下げた。

 コーヒーカップをソーサーに戻した店長は、ゆっくりと足を組みかえてから口を開く。


「そうだね、橘家としては身内の問題児だし……できることなら、内々に対応したいだろうね。ご隠居はそういう人だ」


「……はい」


「うちが動く時のために、情報共有をしておきたい。まずは、万里くんについて分かってることを教えてくれる?」


 店長の提案に橘はしっかりと頷いた。


「分かりました。……二年前、万里は橘の遠縁にあたる白石家に預けられました。ですが、祓いの事故で白石家の方々は二年前に亡くなり、今は万里が一人でその家に住んでいます」


「え……二年前って、中学二年だよな……十四歳から一人暮らしなのか?」


 思わず問いかけると、橘はちょっと言いにくそうに視線を彷徨さまよわせてから口を開く。


「白石家は管匠くだしょうという、管狐を受け継ぐ一族でした。万里が管狐を手に入れるため、祓いの事故を誘発・もしくは偽装して、白石家の方々を亡き者にしたのでは……という疑惑が、親族の中で持ち上がったんです」


「なるほど……皆、怯えてしまったというわけか。誰も、引き取って面倒をみようと思わないんだね」


 管狐……、マンションで万里と鉢合わせした時に店長が大怪我させられた、アレか。


 そういえば店長が言ってたな。

 管狐は本来、家に憑くものだから万里が持ってるのはおかしいって……。


 店長が八神医院に入院して店が臨時休業になってた間、俺は「管狐」をひそかにネットで調べたりしていた。ネットの説明や画像によると、キツネみたいなイタチみたいな……それが竹筒に何匹も入ってる、というものだった。


 万里が持ってたのは、竹筒じゃなくステンレス水筒のミニボトルだったけど……。


 店長の聞き取りが続く。


「問題の、人間の霊を使った式神について何か分かってることは?」


「それについては、ほとんど情報がありません……。以前、万里は式神よりも術の研究開発や改良に熱心だと聞いていました。それが……一人になってからはずっと、浮遊霊や地縛霊がいる場所に頻繁に訪れて、人間の霊を式神にするために実験を行い、試行錯誤を繰り返していたようです」


「当然、他の祓い屋と出くわしてトラブルになっただろうね……」


「……はい」


 病院でアレクと、そしてマンションで店長と、トラブルになったもんな。

 色んな祓い屋から橘家に、報告や苦情がいってるんだろう。


 そりゃ、ほっとけないよな……。


 俺は二人のやり取りを聞きながら自分のコーヒーカップに手を伸ばし、コクリと飲んだ。

 店長は何か考えを巡らせながら話しているようだ。


「それにしても不思議だと思わない? どうして人間の霊を式神にするんだろう……動物霊の方がずっと強いし、扱いやすいのに……」


「それは僕も不思議に思っていました。ただ、万里は小さな頃から好奇心が強く、研究熱心でした。万里を預かったことがある親戚の話では、陰陽道をまるで娯楽のように楽しむような子だと……」


 万里は弟のはずなのに、橘の話はほとんどが伝聞だ。

 直接会う機会も少ないってことなんだろうけど、兄弟なのに……。


 店長と橘の会話は続く。


「つまり、『遊び』ってことか……そして、とうとう人間の霊を式神にすることに成功してしまった」


「はい。万里が人間の霊を式神として連れているのを、何人も目撃しています。人間の霊を縛って使役するというのは禁忌です。このまま放っておけません」


 店長が式神を解放しようとした時、万里は管狐を使って抵抗した。

 橘が言って聞かせたとして、素直に式神を解放するとは思えない。


 それに、……俺は病院で話した時の万里の言葉を思い出す。『京一に意地悪するのは好き、すごく楽しい!』なんて言ってたもんなぁ。


 心配MAXだ……。


 俺の心中なんて店長はお見通しなんだろう、小さく笑われてしまった。


「都築くんの顔、『首を突っ込みたい』のが見え見えだよ」


「だって心配じゃないですか!」


「でもね……万里くんは、うちとも一度揉めてるから。僕と会った瞬間に戦いになる可能性だってある。まぁ管狐対策は考えてあるけど、橘くんだっていきなりの殺し合いは望んでないだろ?」


 うちとも一度揉めたと聞いて、橘は驚いたように目を見開き、申し訳なさそうに俯いてしまった。


「それなら店長ぬきで! 俺と橘で行くのは?」


「えっ? 都築さんと僕で?」


 驚く橘に、俺はうんうんと頷いた。


「もし攻撃されたとしても俺なら平気だし。まずは、ちゃんと話して説得してみようぜ!」


 店長があんな大怪我させられたんだ、俺だって万里に対しては腹が立ってる。


 でも、俺は病院で万里と話して酷い悪意は感じなかったし、ただの「子供」にみえた。

 俺とは価値観が違うけど、直感的に「悪い奴」とは思えなかったんだ。


 俺と橘を見比べた店長は、もう一度コーヒーを飲んでから口を開いた。


「それならいいんじゃない? 都築くんはムーンサイドの人間ではなく、あくまで『友人』としてついて行く。橘くんが失敗したら、その時点で僕……ムーンサイドが介入して依頼をこなす」


「……分かりました。それでお願いします」


 店長が立ち上がる。


「話は決まったね。それじゃ、出かける前に食事にしようか……都築くんがいなくてランチタイムの営業できなかったから、いっぱい食材が余ってるんだ」


 ご飯!!!!

 そこで、俺は自分が腹ペコだったことに気づいた。

 ぐぅ~と腹が鳴る。


「都築くん、嬉しそうだけど……大したものは作れないよ」


「店長が作るものなら、何でもご馳走なんです!」


 断言すると、店長はきっちり三回、目を瞬かせてからくるりと背を向けて厨房へと入って行った。

 ……照れてますね、店長。


 厨房から冷蔵庫の開く音がして、店長の声が続く。


「あ、橘くん……苦手な物はある?」


「特にありません」


「OK」


 橘が答えると、少しして厨房から料理をする音が聞こえだした。

 鍋の音、野菜を刻む音……普段の営業中はお客さんの話し声や店内BGMでほとんど聞こえないが、静かな今はしっかり聞こえてくる。


「なに作るんですか?」


 わくわく気分で問いかけると、店長が厨房から答えてくれる。


「今日の日替わりランチはペスカトーレにするつもりだったから海鮮がけっこうあるし、海鮮焼きそばにしようと思ってる」


「いいですねー!」


 そのままオサレなペスカトーレを作るんじゃなく、がっつり海鮮焼きそばにしちゃうあたり、本当に俺の好みをばっちり把握してくれている!!


 さすが店長!!




 橘はあまり食欲がないと言いつつも、いざ食べ始めるとしっかり残さず食べた。

 ふふふ、店長の特製塩だれで作った絶品海鮮焼きそばにあらがえる者などいない!

 

 大きなエビとホタテ、そしてイカだのアサリだのがゴロゴロ入った超豪華な海鮮焼きそばを腹いっぱい食べた俺たちは、万里のところへ向かうべく店を出た。

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