ノート
店の前には車が四台も停まっていて、橘家のオジサン陰陽師集団がずらりと並んで待ち構えていた。十人くらいだろうか。
京都に行った時に車を運転してくれた、あのオジサンもいる。俺が「お久しぶりです」と会釈すると、オジサンも軽く微笑んで頭を下げた。
店長の高級車で行くのかと思ってたが、そうか……連れてってもらえるのか。
その時、俺の隣で店長が小さく笑みを漏らした。
「なるほど……橘も総力戦か。なりふり構ってられないってことだね」
「え……?」
総力、戦……?
つまり、橘とオジサン陰陽師集団の全員で万里を?
最初から戦う前提なのか……そりゃ確かに、万里は素直に言うこと聞きそうなタイプじゃないけど。
病院でベンチに並んで座った時の、ココアを飲む万里の横顔がちらりと頭をよぎった。俺はなんとも複雑な気分で改めてオジサン達を見た。
「お車へどうぞ」
オジサンに促され、店長と橘が後部座席へ乗り込む。
「都築さんは、こちらへ」
俺は一つ後ろの車に案内された。
まぁ、人数多いもんな……。
俺が乗り込むと車はすぐに出発した。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
「着きました」
運転手のオジサンの声で車の外へ目をやる。
「公園?」
車が停まったのは、郊外にある緑地公園の前だった。
俺が車から降りると、店長たちも降りて来る。
「白石家まで、ここから歩いて数分です」
オジサンの言葉に店長が頷いた。
「近づき過ぎると警戒されるからね」
警戒って……嫌な言葉だなぁ。
ちょっとモヤモヤする。
「それじゃ、まずは俺と橘が話してきます! 行こう、橘」
「はい」
俺は橘と並んで歩き出した。
オジサンに教えてもらった通り、百メートルほど進んで右に曲がる。
白石の家はすぐに分かった。
築何十年か分からないが古い日本家屋だった。京都の橘の屋敷ほどじゃないが、けっこう大きい。
表札に「白石」と書いてあるのを確かめる。
俺はインターフォンを押してみた。しばらく待つが、反応はない。
「留守かな、……」
呟いた俺に、橘が答える。
「います。式神の気配がするので……」
気配で分かるのか、こりゃ居留守も使えないな……。
俺はもう一度インターフォンを押す。今度は二回鳴らしてみた。
しかし反応なし。
いい加減しびれを切らした橘が玄関ドアへと近づいた。
「橘?」
「居るのは分かってるんです。出て来ないなら踏み込みます」
「ちょ、待っ――……ッ、……」
俺の制止より早く、橘はドアに手を伸ばして開けてしまう。
え? 鍵は……?
あぁ、そうだ……能力者に物理的な鍵は無意味なんだったな……。
絵画事件で店長とアレクと一緒に物置に閉じ込められた時のことを思い出す。
でも、それにしたって……、
「勝手に入るのは、さすがにマズくないか?」
「だからって、このまま帰れません」
「そりゃそうだけど……」
まぁ、血縁者……だしな。
俺と橘は中へ入った。
しん……と静まり返っている。
本当に万里がいるのかと疑いたくなるほど、人のいる様子はない。
俺は廊下の奥へと声をかけた。
「万里ーっ! いるんだろ? ちょっと出て来いよ」
やっぱり反応なし……。
橘が靴を脱いで上がったので、俺も慌てて後を追う。
万里を探し、いくつかの部屋を見て回ったところで、俺はふと気づいた。
ちゃんと掃除してある。
高校一年の男……しかも、あのいかにも適当で面倒くさがりっぽい万里が、一人で住んでるんだよな……。でも、どこにもゴミをため込んだりしてないし、それどころか埃もたまってない。俺のアパートなんかよりずっと綺麗だ。
しかし万里は見つからない。
勝手に上がり込んであちこちの部屋を見て回るのは、かなり気が引けるな……。空き巣とは言わないが、どんどん自分が悪いことをしてる気分になっていく。
俺と橘は二階への階段を上がった。
二階には部屋が二つ並んでいる。
一つめのドアを開けると、勉強机とベッドが目に入った。
「ここは、万里の部屋……じゃないな」
一瞬、万里の部屋かと思ったが、机の上に置いてあるノートの表紙には「白石一馬」という名前があった。並んでいる教科書には「高校二年」と書いてある。
白石家の子か……。
橘が言ってた二年前の祓いの事故で、この子も亡くなったんだろうな。
なんだか本当にいたたまれなくなった俺は、橘に声をかけた。
「橘、行こう……こんなの、やっぱり良くない」
振り返った俺の手が当たり、ノートが床に落ちた。
慌てて拾おうとした俺の手が止まる。
開かれたノートのページには、火山噴火の断面図みたいな絵が描いてある。その周りには見たことのない文字のような、化学式のような……とにかく何か分からないものが書き込まれている。
「なんだ、これ……」
ノートを手に取り、パラパラめくってみる。
途中までは普通に授業のノートだが、その火山噴火の後のページは、知らない文字や図形が細かくびっしりと書き込まれていた。
橘が近づいて来てノートを覗き込む。
「これは……術の研究ノートですね。術式の構築方法などが書いてあります……」
「へぇ……」
ノートの書き込みは、ちょっと強めのしっかりした文字と、丸っこく可愛い文字がある。二人の人間が書き込んでいたのは一目瞭然。
おそらく、一馬というノートの持ち主と……万里、だろう。
橘は俺と違い、ノートの内容の方に興味があるようだ。
「これは……すごいです。既にある術式をばらして、組み直して新しいものを作ったり……全く一から術式を組み立てたりしてる――……っ……」
感動すら覚えているような口調の橘に、俺はちょっと複雑な気分でパタンとノートを閉じた。
机の上に戻す。
「都築さん?」
「今は万里を探さないと……」
「あ、そうですよね……すみません」
俺たちが廊下に出たところで、橘が急に足を止め、弾かれたように階段の方へと目をやった。
何か感じたのだろうか。
「下に居るようです! 都築さん、行きましょう!」
橘は何かに引き寄せられるように足早に階段を下りていく。俺も急いでついていった。
一階廊下の一番奥の部屋の前で、橘は足を止めた。
なんだか、他の部屋のドアと様子が違う。
ちょっと変わったデザインの木戸だ。
「ここに万里が?」
「はい。ここはおそらく
つまり、今……万里は儀式か何かをしている最中ってことか?
俺はゴクリと唾を呑み込んだ。
ドアに手をかけ、思い切って開けてみる。
中には――……、
「万里っ!?」
人が倒れている。万里だ!
俺たちは慌てて駆け寄り、助け起こす……が、
「ん、ん~……、…………」
寝てるだけかよ!!!!
万里は目を擦り、まだ半分夢の中にいるような
「あれ? 二人とも、こんなとこで何やってんの?」
「それはこっちの
俺の問いに、万里はねむけ
「ここが好きだから……、いつも夜はここで寝てる」
「ちゃんと布団で寝ないと風邪ひくぞ……」
説教っぽく言ってしまったが、万里は楽しそうにふふっと笑った。
ほのぼのモードになりかけた俺と万里を現実に引き戻したのは、橘の冷静な一言だった。
「万里……、今日は大切な話があってきたんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます