オカルト研究部

【三年男子生徒Bの証言】


 僕は昼休みに教室から学食へ移動する途中、階段から落ちてしまいました。右足が酷い捻挫で、今でも固定しています。

 走っていたわけでもなく普通に階段を下りていました。

 犬の鳴き声が聞こえたかと思ったら、後ろから急に何かにぶつかられて……足に酷い痛みを感じると同時に階段から転がり落ちていました。

 しかも、捻挫だけでなく犬のような動物の噛み痕もあって……。

 気持ち悪いし怖いし、落ち着いて勉強もできません。

 先週の全国模試で初めて数学の偏差値が70を超えたんです。受験に向けて集中したいのに、痛みで夜も熟睡できないし……本当に困っています。





 次々やってくる生徒達の話を聞きながら、俺はメモをとっていた。

 さすがに十人以上も話を聞いていると頭がこんがらがってくる。


 メモを見返すと、確かに学年もクラスも部活もばらばら、時間帯も昼休みだったり放課後だったり……場所も学校の至る所で被害が起こっている。

 千代ちゃんの言う通り、全く共通点が見つからない。


 千代ちゃんは来てくれた生徒達を廊下に並ばせたり、聞き取りでは要点を絞って質問したりと、相変わらず有能だ。

 店長は生徒達の話を聞きながら何やら考え込んでいる。


「えーっと、次で最後よ。被害者じゃないんだけど、ぜひ話をしたいって……」


「話?」


「えぇ、オカルト研究部なの」


 そういえば、俺の高校でもそんな部活あったなぁ……中二病を拗らせたようなのじゃなく、真剣に不思議現象の研究をしたり、UMAのこと調べたり、UFOを呼ぼうとしたり、けっこう楽しそうな部活だったぞ。


「失礼します」


 入って来たのは三人の生徒だった。

 先頭は眼鏡をかけて長い髪を三つ編みにした女子生徒。

 彼女が部長なのだろう。

 続いてちょっとぽっちゃりの男子生徒、そしてショートヘアの女子生徒も入って来た。


「どうぞお座りください」


 俺は三人に椅子を勧めた……が、眼鏡の子は俺を無視スルーして店長の方へと真っ直ぐに向かってゆく。


「あなたが陰陽師なんですか?」


「君は?」


「私はオカルト研究部の部長で六波羅ろくはらといいます。さっき、教室に現れた霊を祓ったと聞きました。どんな術を使ったんですか? 陰陽師なら式神も使役してますよね? 見せてください」


 うわ……マズい。

 こういう不躾な感じ……店長、めちゃくちゃ嫌いなんだよな。

 店長は六波羅と名乗った女子生徒を一瞥いちべつし、すぐに窓の外へ視線を戻した。


「残念ながら僕は陰陽師じゃない、ただの祓い屋だ。たとえ陰陽師だったとしても見せる気はないけどね。術は一発芸じゃないし、式神は見世物じゃない」


 目線も合わせず突き放したような物言い……かなり怒ってらっしゃる。

 六波羅さんについて来た二人の部員は、どうしたらいいのか分からないのか助けを求めるように千代ちゃんの方を見た。

 千代ちゃんは「仕方ないわね」とばかりに小さく肩を竦める。


「とりあえず座って。今回の異変についてオカルト研究部としても調べたりしてるんでしょう? 何か気づいたことがあるなら、教えてもらえると助かるわ」


 千代ちゃん、ナイスフォロー!!

 六波羅さんは、不満気な顔をしつつも渋々といった様子で椅子に腰を下ろした。

 他の二人も六波羅さんにならって座る。


 ちょっと空気を変えた方がいいかも知れない。

 俺は人の良さそうなぽっちゃり男子に、なるべく明るい声で話しかけた。


「オカルト研究部って、普段はどんなことしてるの? 雪男イエティみたいなUMAのこと調べたり?」


「あー、えっと……降霊術とか悪魔召喚を試したり――…」


 は――…???

 俺が想像してたような平和で健全な部活動とはちょっと、違う?

 俺以上に千代ちゃんと店長が反応した。二人の顔色が変わる。


 凍り付いた空気を破ったのは六波羅さんの声だった。


「大丈夫です、呼び出してもちゃんと帰ってもらってますから」


 千代ちゃんは小さく一つ深呼吸してから、落ち着いた声で六波羅さんへ話しかけた。

 まるで悪戯をした子供を優しくさとすように……。


「六波羅さん、そういう事は遊びでするものじゃないわ。何も修行をしてない素人でも呼び出すことは出来るけど、お帰りいただくのは簡単じゃないのよ」


 六波羅さんはちょっとイラついたように千代ちゃんを睨みつけた。


「分かってるわ。だから私達、普段からちゃんと修行をしてるし術だってたくさん知ってる!」


「確かに、そのようだ――…」


 店長の声に振り返ると、いつの間にか椅子から立ち上がった店長は観察するようにオカルト研究部の三人を見つめていた。


「帰っていただくのに失敗して憑かれている様子はないね」


「でしょう!? 私達は遊びでやってるわけじゃないのよ!」


 急にドヤ顔で勢いづいた六波羅さんに、千代ちゃんは困惑の表情を浮かべた。

 けれど店長は「分かってない」とでも言いたげに首を振る。


「単に今まで“たまたま”上手くいってただけだ。対応できないほどの大物を呼び出してしまったら、その時点で君たちはアウトだよ。でも、そうなった時に泣きついてきても助けてあげないから、分不相応な『遊び』はやめた方がいい」


 『遊び』なんかじゃないと主張する相手に『泣きつく』だの『助けてあげない』だの『分不相応な遊び』だの畳みかける店長。

 もしや、煽ってる? 店長、大人気ないぞ……。

 店長の言葉に、六波羅さんはカッと頭に血が上ったようだ。


「もういいです! もっと有意義なお話ができるかと思ったのに、期待外れでした!」


 勢いよく立ち上がった六波羅さんは、ズカズカ音がしそうなほどの勢いで教室を出ていく。

 残りの二人も慌てて六波羅さんの後を追った。

 なんだか力関係が透けて見える。

 あんまり楽しくなさそうな部活動を想像してしまった俺に、店長から驚きの指示が飛んだ。


「都築くん、追いかけて」


「はいっ!?」


「もう二度とバカな遊びはしないように、クギ刺してきて」


「えぇ~っ!? それ必要ですかっ!?」


 あんなに怒ってるんだぞ。ちゃんと修行もしてるって言ってたし、それなりにプライド持ってやってたはずだ。これ以上何か言ったところで、火に油を注ぐとしか思えないが……。


「いいから、早く」


 店長の声に追い立てられるように、俺はオカルト研究部の三人を追って音楽室を飛び出した。

 廊下の角を曲がる三人の姿が目に入り、追いかける。


「ちょっと待って!」


 呼び止めると、六波羅さんはイラつきを隠すことなく俺を睨みつけた。


「まだ何か用があるんですか?」


 この子、迫力あるなぁ……。


「あぁ、いや……だから、えーっと……降霊術とか悪魔召喚は本当に良くないっていうか。せっかくのオカルト研究部なんだし、もっとこうロマンのあるような――…世界七不思議を調べてみるとか、どうかな?」


「余計なお世話です!!」


 ですよね~。

 店長の指示で来たものの、どう説得したらいいのか分からない……困ったな。

 ふと見ると、六波羅さんは俺の首に下げているネックストラップを見ている。

 ……なんだろう。

 軽く背中に触れられる感覚。

 振り返ると、ぽっちゃり男子生徒が慌てて手を引っ込める。


「あの――…???」


「もう私達には構わないで下さい」


 はっきりきっぱり拒絶の言葉を俺に叩きつけ、六波羅さんはくるりと背を向けて去って行った。二人の生徒はちょっとバツが悪そうに軽く頭を下げてから六波羅さんについて行ってしまう。


「…………」


 これ以上追いかけて何を言っても無駄だ。

 俺は仕方なく音楽室へ戻った。

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