襲われた教室
校内を自由に見て回れるようにと、校長は『学校関係者』と書かれたカードのネックストラップを貸してくれた。これがあれば、千代ちゃんが一緒じゃなくても警備員や先生方から不審者と疑われることもないだろう。
店長と俺はそれぞれのカードに自分達の名前を記入し、首から下げた。
校長に挨拶して廊下へ出ると、ちょうど千代ちゃんが隣の職員室から鍵を手に出て来たところだった。仕事が早い!
「音楽室はこっちよ、行きましょ」
案内してくれる千代ちゃんについて階段を上がってゆく。
すれ違う生徒達は俺と店長のネックストラップを見て軽く会釈してくれる。
いい子たちだなぁ……。
店長は先を行く千代ちゃんの背中に声をかけた。
「千代ちゃん、うちでバイトしない?」
「――…店長っ!?」
そりゃ千代ちゃんの有能ぶりは前から薄々感じてはいたが、俺はお払い箱なのか!? 酢豚にパイナップル入れるから解雇なのかっ!?
俺の悲鳴のような声もスルーで、千代ちゃんは軽く肩を竦めた。
「悪いけど……巫女の仕事、気に入ってるからダメ」
少なからずホッとしつつ、俺は千代ちゃんと店長の後をついて第三音楽室へと到着したのだった。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
第三音楽室はもうずいぶん長い間使われていないようで、ちょっと埃っぽかった。
空気を入れ替えようと窓を開くと、カーテンがふわりと揺れる。
店長は窓際で校庭を見下ろしたり、別棟の校舎へ目をやったりと、さっそくアンテナを張っているようだ。
俺と千代ちゃんは協力して準備に取りかかる。
ピアノは重くて動かせないので、机と椅子を部屋の隅に寄せてスペースを作った。
残しておいた机を四つくっつけ、取り囲むように椅子を四つ並べる。
千代ちゃんは本当によく動く……働き者だ。
あっという間に音楽室の準備が整うと、千代ちゃんは壁の時計を見上げた。
「私、授業に行かなくちゃ! 放課後、被害に合った子達が話しに来れるように手配しておくわね」
「ありがとう」
店長のお礼に、千代ちゃんは可愛い笑顔で手を振って音楽室を出て行った。
「俺たちは放課後までどうします? 学校内を見て回りますか?」
「うん、そうだね」
ふと見ると、店長の首からぶら下がっていたはずのネックストラップがない。
「あれ? 店長……『学校関係者』ってやつ外しちゃったんですか?」
「あぁ、あれ? あんな首輪みたいなのごめんだよ。ダサいし、邪魔だし。都築くんがつけてるんだから、僕までつける必要ないだろ」
「…………」
音楽室を出た店長と俺は階段を上がって行く。
もう何年も前から屋上は封鎖されていて入れないと校長から説明があったため、最上階である4階から探索を始めた。
授業中だから当然だが廊下に人影はなく、各教室の前を通ると教師の声が漏れ聞こえる程度だ。
校内は休み時間の賑わいが嘘のように静かで、ゆっくりと探索できる。
店長はあちこちで足を止め、周囲の様子を伺ったり、きょろきょろ見回したりする。何も感じることができない俺は店長の邪魔にならないよう気を付けながらついて行く。
「きゃああああっ!」
突然大きな悲鳴が空気を震わせた。
三つほど先の教室か!?
走り出す店長に俺も続く。
勢いよく扉を開くと、店長と俺は騒然としている教室内へ飛び込んだ。
生徒達も教師も教室の後ろ側に寄り、皆怯えたように黒板の方を見ている。
俺には見えないが、そこに「何か」がいるのは明白だった。
店長は印を結びながら九字を切る。
「あなた達は何なんですかっ!?」
乱入してきた俺達に驚く教師に、俺は駆け寄った。
「校長からの依頼で来てます! 祓い屋です!」
「祓い屋? あの犬の霊を……祓えるんですかっ?」
教師は俺の首にぶら下がっている『学校関係者』というネックストラップを見た。しかし、絶賛祓い中の店長の背中へと目をやった教師の顔には「胡散臭い」と書かれている。
まぁ、そうだろな……。
生徒達からどよめきと共に安堵の声が拡がった。
祓えたのか?
俺が振り返ると、店長は印を解いて小さく息を吐く。
「店長、祓えたんですか?」
「いや、
ちょっと悔しそうな店長だが、生徒達も教師もまだ恐怖と混乱から立ち直れていないようだ。
店長は教師へ歩み寄る。
「こういう事は頻繁に起こるんですか?」
「いえ、……授業中に犬の鳴き声がすることはありましたが、実際に犬の影のようなものが現れたのは初めてです」
「そうですか……」
店長は口元に手をあてて何やら考え込んでしまった。
何とかショックから立ち直った教師は生徒達に声をかける。
「み、皆さん……落ち着いて席に戻ってください、授業中ですよ。体調が悪い人はいませんか?」
幸い体調不良を申し出る生徒はおらず、皆まだ怯えた表情を浮かべつつも教師の指示に従い動き出した。
「僕たちも行くよ、都築くん」
もうここには用はないとばかりに店長はさっさと教室を出た。
俺も慌てて後に続く。
「店長、やっぱり犬の……動物霊、だったんですよね?」
「うん……でも、かなり怒ってた」
「怒ってた?」
「それに……あれは普通の動物霊じゃなかった、と思う」
「普通じゃないって……もしかして八伏家の時みたいな?」
俺の問いにも店長は足を止めることなく廊下を進んでいく。
「まだはっきりとは分からない――…」
「…………」
その後、校舎の中も外も、体育館、部室棟まで一通り見て回ったが、犬の霊に遭遇することなく放課後になってしまった。
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「聞いたわよ! 授業中に犬の霊を退けたんですって? もう学校中その話に尾ひれが付いちゃって大変なことになってるわよ」
放課後、千代ちゃんはちょっと興奮気味で第三音楽室へやってきた。
「尾ひれ???」
「私が聞いた話では『すっごい美形陰陽師がお供を連れて除霊に来た!』っての」
お供……って、俺か。
まぁ、当たらずといえども遠からず……だが。
椅子に座って窓の外へ視線を向けたままの店長に近寄ると、千代ちゃんはすぐに冗談モードから切り替わった。
「でも、ちゃんと祓えなかったんでしょう? ただの動物霊なら尾張さんが取り逃がすわけないわよね……何か、特別な霊なのかしら」
「生徒達から話を聞く手配はどうなってる?」
店長の問いに、千代ちゃんはニコッと可愛く笑った。
「大丈夫! 順番に来てもらうことになってるから、もうすぐ――…」
千代ちゃんの言葉を遮るようにノックの音がし、扉が開いた。
「失礼します」
入って来たのは、ポニーテールでジャージ姿の女生徒だった。
「あの……部活があるので、お話は手短にお願いしたいんですが……」
「はい、大丈夫です! どうぞ、こっちに座ってください」
俺はウェイターで鍛えた愛想と笑顔で、彼女を椅子へと促した。
【一年女子生徒Aの証言】
私が被害にあったのは部活中です。
あれは陸上の全国大会の日でした。
大会に出場する先輩の応援を終えて、顧問の先生が運転するマイクロバスで学校へ戻る途中、バスの中で犬の鳴き声が聞こえてきたんです。
先輩が優勝して、皆すごく盛り上がって騒いでたから最初は耳鳴りかと思ったけれど、どんどん大きくなって……。
私の後ろの座席には誰も座ってなかったのに、後ろから髪を引っ張られる感じがしたと思ったら、そこから急にすごく頭が痛くなって……、その日から一週間くらい学校休んで寝込んじゃったんです。
病院に行っても頭痛の原因は不明で、勉強や部活のストレスじゃないかってお医者さんに言われました。
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