丑の刻参り
音楽室の扉を開くと、店長と千代ちゃんが何やら話し込んでいる。
俺は二人に近づきながら声をかけた。
「店長、話してはみましたけど……全く聞く耳持たずって感じでしたよ。無駄に反感買っちゃったんじゃないかなぁ、あれ」
「それでいい。しっかり反感買ってアピールできたなら上出来だ。ちゃんとネックストラップの名前も見てもらえた?」
「どういう……意味ですか?」
見てた――…!!
確かに、さっき……六波羅さんは俺のネックストラップを見ていた!!
「ちゃんと説明して下さい! 店長!!」
六波羅さんほどじゃないが、俺もいい加減イラついてきて声を荒げた。
店長は軽く肩を竦めてから、ようやく口を開く。
「あぁいう子は、必ず自分の力を認めさせたいタイプだからね。材料さえ渡しておけば呪詛でもかけて来るだろうと思って」
「――…は?」
理解できない。
わざわざ煽るような物の言い方したり、俺にしつこく説得させに行かせたのも、全部――…呪詛をかけさせる、ため?
「そりゃ、俺なら呪詛かけられても体質的に被害ないですけど……どうして、わざわざそんな事させるんですか?」
「ま、簡単に言えば尻尾を掴むため……かな」
「もしかして、学校中で起こってる事件……あのオカルト研究部を疑ってるんですか?」
俺の質問に、店長は軽く首を振る。
「まだ何とも言えない。けど……あの子達が何か関わっている、もしくは何か知っている可能性は高いんじゃないかな。たとえ全く関係なかったとしても――…」
「……?」
いったん言葉を切った店長に、俺は何故か一瞬ゾクリと寒気がした。
「あぁいう子は本当に取り返しがつかなくなる前に、ちゃんと一度痛い目にあっておいた方がいいんだよ」
窓の外へ視線を投げて薄く微笑む店長の横顔は、ひどく冷たく、やけに綺麗で、見惚れるほど禍々しかった――…。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
千代ちゃんの情報網により六波羅さんの住所を入手した俺達は、彼女の家の前で「張り込み」をしていた。
「名前を確認された以外には、本当に背中を軽く触られただけなのね?」
「うん……他には、特に何も……」
千代ちゃんの確認に、俺はあの時の状況を思い出しつつ頷いた。
「服についてた髪でも取られたのかしら……」
「髪?」
「名前と髪が一本あれば、大抵のことは出来るのよ」
そういえば橘が俺の
千代ちゃんが俺に聞き取りしている横で、店長は六波羅さんの家を眺めている。
「体質的に被害を受けないって分かってても、やっぱり怖いものは怖いなぁ……どんな呪われ方するんだろう……」
俺は小さくため息を吐いた。
「あの子程度の力なら、ちゃんと効果が出せる呪術なんてたかが知れてる」
「予想つくんですか?」
「まぁね……。儀式を始めればここからでも分かるから、すぐに踏み込んで現場を押さえる……外に出かけてく可能性の方が高いと思うけど。出かけるようなら尾行する……都築くん、見失わないようにね」
「……はい」
うーん……「現場を押さえる」とか「尾行」とか、まるで刑事みたいだな。
「それにしても、千代ちゃんこんな時間まで大丈夫? 家の人、心配してるんじゃない?」
ビスクドール事件の時にも、一晩中祓いのお手伝いをしてくれたことがあったが……千代ちゃんだって年頃の「お嬢さん」なのだ。
もし俺が親だったら心配で堪らないだろう。
「大丈夫よ、うちはそういうとこ理解あるもの。それに今回はうちが紹介した依頼だから、むしろ尾張さんのお手伝いしてこい! って感じ」
「紹介……?」
「言ったでしょう? 最初は神社に依頼が来たけど、宮司の手に負えなくて、尾張さんを紹介したって」
「え? ん? つまり、千代ちゃんって神社の……?」
「あら、言ってなかったかしら? 宮司は私の父よ」
聞いてません……。
つまり、巫女って……バイトというより家業を手伝ってるって感じなのかな。
「動いたよ」
店長の声で家の方へ目を向けると、ちょうど玄関から六波羅さんが出てきたところだった。何やら紙袋を抱えている。
六波羅さんはあまり警戒していないのか、周囲を気にすることなく歩き出した。
俺達はしっかり距離を取ってついて行く。
店長はある程度予想がついているようだが……どこへ行くんだろう。
ん? ここって――…。
到着したのは神社だった!
以前、絵馬事件で来たこともある立派な神社だ。
一番近い神社はここなのだろうが、それにしても……選りによって。
俺の隣で千代ちゃんがギュッと拳を握った。
「うちの神社でなんて事してくれるのよ……」
苦虫を噛み潰したような
六波羅さんは紙袋から懐中電灯を取り出し、鳥居をくぐる。
用意周到……というか、かなり手慣れている。
もう何度こんな風に夜中に忍び込んだのだろう。
足元を照らしながら参道をどんどん奥へ進んでいく六波羅さんを見失わないよう、俺達も後を追った。
六波羅さんは本殿前を通り過ぎ、大きな
まるでホラー映画に出てきそうな
林に入って少し歩くと、六波羅さんは紙袋からガサゴソと何やら取り出して地面に拡げる。
……レジャーシートだ。
ピクニック気分とは程遠く、六波羅さんは紙袋から次々と怪しいアイテムを引っ張り出してはレジャーシートに並べていく。
ど真ん中にでかでかと「呪」と書かれた呪符のようなもの、ロウソク、金槌、大きな釘……、そして予想通りの――…
「…………ワラ人形」
俺は軽い頭痛を覚えた。
もちろん六波羅さんからの呪いなんかじゃなく、絵に描いたような『
怪しげなネット通販とかで売ってそうだ。
しかし六波羅さんはさっそく準備にとりかかった。
「まだ止めなくていいんですか?」
俺は見てられなくなり、こそっと店長に耳打ちしてみたが、店長は小さく微笑んだ。
「面白そうだから、もうちょっと見てみよう」
……自分を呪う準備なんて見たって、俺は全く面白くないぞ。
六波羅さんは、アウトドアで使う足の長い五徳をひっくり返し、足部分にロウソクをぶっ刺していく。ライターで火をつけ、それを頭にのせる――…それ、けっこう危ないしロウが垂れてきたら火傷するんじゃないか?
続いてスニーカーを脱ぎ、一本歯の下駄に履き替えた六波羅さんは、ふらつきながらも何とかバランスを取っている。
う~ん……なんだろう、誰かを呪うってかなり大変だな。
俺は複雑な気分で、危なっかしい六波羅さんを見ていた。
六波羅さんはワラ人形と金槌、五寸釘を手に、よたよたとバランス悪く近くの木に近づき、木にワラ人形を押し当てると、そこに釘を刺し、金槌で打ち始める。
コ――――ン!
想像してたよりずっと甲高い音が雑木林に響く。
「呪いあれ~」
よろめきながらも、きっと精一杯おどろおどろしい声を出している六波羅さん……。
見てるだけで痛々しい――…、流石にもう止めてあげないと可哀そうだ。
「店長、行きましょう!!」
俺は笑いを堪えている店長の腕を掴み、六波羅さんの方へと歩き出した。千代ちゃんもついてくる。
「六波羅さん!」
「――…きゃっ!?」
俺の声に六波羅さんは大きな悲鳴を上げ、とうとうバランスを崩して尻もちをついてしまった。
六波羅さんの頭から五徳が転がり落ちる。落ち葉に引火でもしたらどうする! 俺は慌てて足で火を踏み消した。
「な、何よっ! あんた達、いったい何なのっ!?」
「それはこっちのセリフよ! 夜中にうちの神社に入り込んで……こんな馬鹿なマネして!」
叫ぶ六波羅さんを見下ろし、千代ちゃんは怒りを隠すことなく声を荒げた。
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