負け犬の牙 8/8


 ――徐々に、大亀は攻略されていく。


 銅の鎧を着た男が大亀の、その……、鋼の肌をした首へと一太刀入れる。


 その剣撃で血を吹いた大亀は首を一度引っ込めて、その場所を変える。


 スターリンの前に出した手足で、体ごと傾けるような重量感たっぷりの一撃を放つ。


 その攻撃に横槍――浮いた手足の下から氷柱が出現し、大亀にバランスを崩させた。


 スターリンの仲間の女が、魔術でカウンターを喰らわせたのだ。



 ――スターリンは走る。


 亀の頭を狙ってはいるが、隙があるなら首でも手足でも剣撃を入れていた。


 動きを止めるのは、氷柱と炎の球。


 地面から生えバランスを崩させる氷柱と、顔を襲う炎の球に、亀は目をつぶって悲痛な顔。


 その隙にスターリンは、攻撃を重ねてゆく。



 女たちへの的確な指示。


 ――前線での、力強い動き。


 怪物の突進を受け吹き飛ばされても、すぐに立ち向かっていく鎧の男。――その姿はまるで、神話に登場する英雄のようだった。



 ――大亀だって、神術を使う。


 その白く輝く甲羅から、全方向へと雷撃を走らせるのだ。


 だが、スターリンはその身体に纏った黒い魔術の壁で、全く効いていない様子。


 その防御力は驚異的なもの。


 スターリンはおそらく……、魔術の壁を最大にまで強化している。


 マリーや俺の最大限に攻撃へと特化させた神術でさえ、ほとんど効きはしないだろう。


 ポーションや神術で傷やエネルギーを回復するスターリンたち。――対して、身体から血を流し続ける迷宮の主人。


 ――勝負はすでに、明らかだった。



 俺に、あれができただろうか……?


 ガムと二人で、――おそらく無理だ。


 神具の二本狙い……一挙両得を狙う自分の強欲さに、足元をすくわれることも考えていた。


 だが、むしろこの状況で無ければ、どちらの神具を手に入れることも叶わなかっただろう。


 浅はかな計画性を反省しつつも、舞い降りた幸運に俺はニヤリと笑っていた――




 チャンスを伺う俺に動く時を教えてくれたのは、――大亀の最後の抵抗だ。


 女たちの方向に、大亀は強く突進する!


 スターリンは神具の壁を最大に光らせ、女たちを庇うように大亀と押し合った。


 しかし、押し返せるわけもない。


 女たちは悲鳴を上げ、魔術を使う女は下敷きに、マリーは吹き飛ばされていった。



 ――大亀の突進が止まった時。


 残った女は、スターリンに駆け寄る。


 自らもダメージを受けつつも、吐血しているスターリンに回復術を使っていた。


 突進した大亀もまた、大移動が自らの身体にダメージを与えた様子。


 その動きが止まり、一時休戦に入る。


「アドルフ様、もう私の方はポーションがありません!」


「そうか……俺の傷を早く癒せ。」


 傷つき、弱々しい声のスターリンに、回復術を使い続ける女――女から、神術エネルギーが消えていく。


「アドルフ様、もう……」


「わかっている――だが、今が好機!

 最期の仕事をしてもらうぞ!」


 回復したスターリンはそう言うと、女を掴んで走った!


 向かうのは大亀の頭――大亀もまた迎え撃とうと殺気を走らせる!


「アドルフ様――何を!?」


「俺はな――、一人の方が強いんだ!」


 スターリンは女を、大亀に向かい投げた。


 ――大亀は女を噛み砕く!


 その隙、スターリンは亀の首に飛びかかり、神具のサーベルを振り下ろしたのだ!



 それが致命傷……。


 大亀の甲羅はその白い光を消して、濃い緑色を見せる。――その亀の首へスターリンは、勝利の一撃を放とうとした……



 ――今だ!!!!


 魔黒竜の牙を左手に持ち、俺はスターリンに向かって全力で走る!


 スターリンは気づき、すぐに構えた。


 神具の壁を白く展開するスターリンに、俺が狙うはサーベルを持つ相手の右手。


「お前は! 神具の、壁が?」


 スターリンは顔を左手で防御――だが、俺が狙うのは右脇の下だ。


 フルアーマーの隙、戦いで溶解している部分に魔黒竜の牙を全力で刺す!


「く、そ……!」


 牙を刺し、その胸元まで入ってきた俺を、スターリンが悲痛な顔で見下ろしてくる。


 その口髭を狙い、右手の平で掌底打ち!


「あっ! あっ! あ!」


 自分でも、こんな声が出るのかと思う。


 俺は叫びながら、見上げるスターリンの髭面を何度も何度も打ち続ける。


 鼻の折れる感触、歯の折れる感触。


「くそ! くそ!」


 スターリンは神具で俺の左足を刺し、左手で俺の頭を殴ってくる。


 だが、懐まで入った俺への攻撃は腰が無く、ただ痛いだけだ。


 くらりとスターリンが怯んだところで、少し下がって両手で相手の得物――神具を掴んだ。


「渡すかぁああああ!!」


 脇に牙が刺さったままで、神具の壁を展開できないスターリン。


 神具を奪われまいと、俺が掴んでいる右手に左手も添えて、必死に抵抗をみせる。



 ――頭に衝撃が走る!


 その口髭を血で染めるスターリンが、俺の頭に頭突きを入れた!


 俺は神具を掴んでいた手を離してしまい、よろけて倒れる。――その隙にスターリンは、ポーションを飲んで回復する。


「ポーションを残していないとでも? 残念だったな、こそ泥!――悪巧みは失敗だよ!」


 スターリンはそう言いながら、脇に刺さる魔黒竜の牙を抜いて投げ捨てた。


 俺は立ち上がりながら、青い液体を飲み干しつつ、スターリンから距離をとる。


 ――エリクサー丸々ひとつだ! 頼む!




 スターリンは神具の壁を展開!


 俺は空になった両手で雷撃を放つも、スターリンは追加で魔術の壁を展開し、防御に入る!


 この黒と白の壁がこの男の強さだ。


「大した威力だが、俺には効かんぞ!

 勝てると思ったのか、負け組がぁあ!」


 そう叫ぶスターリンに雷撃を放ちながら、俺は言葉を返した。


「本物の負け組の俺が、本物の勝ち組のあんたに勝てるわけ無いだろう?

 あんたに突き立てる牙なんて、最初から持ち合わせちゃいないんだよ!!」


「何を……!?」


 ――後ろで輝き出す白い光。


 それに気づいて、スターリンは後ろを振り向いた……その気の緩みに雷撃が、魔術の壁を通過する――痺れて、よろけるスターリン。


 それを見て、俺は全速力で逃げ出した!



「うああ、ぁああああ!!!!」


 逃げる俺の後ろから男の悲鳴が聞こえてくる……バンバンと怪物が、その重量で床を叩く音が聞こえる。


 口に投げ入れたエリクサーにより完全復活した大亀が、スターリンを押し潰す!


 振り向けば、そこには光輝く大亀と、床に散らばるスターリンだったもの。


 ――俺が走る先には、肌を露出させた娘がいた。


「マリー、やったぞ!」


 そう叫びながら、俺はその娘を回収し、肩に担いでそのまま走る。


「やっぱり、オレが見込んだ男だ!

 ――あのクソオヤジ、死にやがった!」


 肩の上でツインテールがはしゃぐ。


 まずは、怪物の一匹を倒すに成功したのだ!




「ミリアン、俺があの亀を引きつけるから、スターリンの神具を回収しろ。

 マリー、そこで全力の炎を用意していろ! 撃つタイミングは……見てればわかる!」


 マリーをミリアンの近くに降ろして、俺は二人に指示を出した。


「君は……アレを倒す気か!?」


「わかったぜ、ゼノ!

 タイミングは見てりゃわかるんだな!」


 それぞれの反応を見せる二人。


 戸惑っている方に、ハッパをかける!


「ミリアン! 力が欲しいんだろ? いくぞ!」



 ――魔黒竜の牙を目指して走る。


 横を通れば追ってくる大亀の――その目に雷撃を当ててやる。


 怒って俺を狙う大亀……好都合だ。


「ゼノ! 手にしたぞ!!」


 魔黒竜の牙を回収……。


 そのまま走って大亀を引き寄せる俺の耳に、ミリアンの声が聞こえてきた。


 俺は大声で指示を出す。


「神具の壁を展開してみろ! できたら、この亀の手足か頭、どこかを斬ってくれ!」


「壁って……、どうやったらいいんだ!?」


「知らん!!」


 甲羅の周りを走りつつ横目で見れば、ミリアンはなんとか壁を出した様子。


 マリーの前には、輝く光球ができている。


 ――ミリアンがこちらに来たというよりも、俺がミリアンに追いついた。


 ミリアンは、戦法を尋ねてくる。


「この怪物、あの娘の炎だけじゃ倒せんぞ。私が神具でスターリンのように斬っていくか?」


「お前のスピードじゃ無理だ。」


「なら、どうする?」


 そう話すとき、灰色の腕が見えた。


 大亀が俺たちを狙い、その腕を振り下ろしてくる。


 ミリアンは退いてかわしつつ、神具の壁を展開。――振り切ったサーベルは大亀の勢いもあってか、その腕に傷を入れた。


 紫の血を流す、大亀の腕の傷に……


 そこに、魔黒竜の牙を突き刺した!


「ゼノ、これでいいか!」


「十分だ。逃げるぞ!」


 魔黒竜の牙は刺したままで、俺たち走って逃げる。


 ――マリーの方には、白い光。


 後ろには、闇が広がるのが感じられる。


「どういうことだ!? ゼノ!?」


 走りつつ振り向いたミリアンは、驚きの声を上げる。


 大亀の神術エネルギーが魔術エネルギーに変換され、魔獣に変わる姿を見たからだ。




『魔黒竜の牙』


 家畜を襲い魔獣に変える、小さな竜……


 その小竜は、倒せば牙を一本だけ残す。


 その牙は持っているだけで、魔獣に襲われない魔除けの力があった。


 だが、この成竜の牙はそれだけではない。


 神具の壁を消し去り、神獣を魔獣に変える、そんな力があったのだ。




 大亀が完全に魔獣に変わった瞬間……。


 ――マリーが叫んだ!


「このタイミングだろ、ゼノ!

 ――ぶっ飛べ、亀ヤロー!!」



 ――焼き尽くすブレイデッド・太陽フレイム――



 マリーの放った光球は、大亀の顔に直撃。


 亀の顔は一瞬で消し飛び、甲羅から出るその手足も炎へと変わった。


 黒く魔術エネルギーに包まれた甲羅は焦げて、また別の黒としてその色を変える。


 迷宮最後の試練を、俺たちは攻略したのだ。




 怪物を倒せば、地下九十九階の広場……その中央に、今まで無かった階段が出現する。


 その階段を降りれば、そこが迷宮の最深部。


「すげー! なんか金ピカのがあるぜ!」


 喜び飛び跳ねるふわふわツインテールは、中央にあったハンマーを手にした。


 宝石で装飾された、金のハンマー。


 マリーはその神具を持つことができた。――どうやら迷宮は、マリーを攻略者だと認めたらしい。


「マリー、それを渡せ。」


「なんでだよ、ゼノ? あんたは神具を集めてるんだろ? なら、魔神と戦う人間もいるだろう?」


 ――こいつ、そこは気づくのか。


「お前はダメだ。」


「だから、なんでだよ!?」


「神具がもし集まったとしても、神はもういないんだ。勝負にすらならないかも知れない。

 ――お前は若い。生きのびろ!」


 死に場所を求める、もう終わった世代。


 そんな俺たちは死ねばいい……だけど、この子たちは違うんだ。


「勝てなかったら世界が滅んじまって、一緒じゃねーのか?」


「――わからない。でも可能性がある方に、お前は生きろ。」


「やだ! オレは戦う! あんたの目的のためにオレを利用しろよ。そういう契約だろ、ゼノ!」



 ――意思を宿した真っ直ぐな瞳――



 その栗色の瞳で真っ直ぐに見つめられ、俺はマリーに逆らえない!


 次を生きる世代が死んでは意味がない。


 だけど……、


 ――俺は決断をする。


 自分の目的のためにマリーに命令を……刻印を打つために、マリーの肩へと手を置いた。


「わかったマリー、魔神と戦え。」


「おうよ!」


 元気のいい、健気な返事。


 そんな娘の肩に手を置いたまま、俺はその身体を引き寄せ……抱きしめた。


「魔神と戦え――だけど、おまえは若い。

 負けそうになったら逃げるんだ! 絶対に、お前は最後まで生きのびろ!」


「お前、やっぱりオレのこと好きだろ!?」



 ――そうして、契約は結ばれた。


 神具二つと攻略者二人を手に入れ、とりあえずこの迷宮攻略は俺にとって最高の結果となった……

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