魔獣たちの襲来
迷宮を攻略した俺たちは、地下八十八階の扉から地上へと戻る。
戻ると、ギルド内は人が少なくガランとした様子……受付の女性にポーションを渡しながら、今の状況を確認する。
「――何があった?」
「魔獣の群れが現れたんです……。ゼノさんですよね? ガムさんから連絡があります。
北から来た。統率されていると……」
――最悪だ。
「ゼノ、急いで合流しないと!」
状況を把握したミリアンが、焦ったように叫ぶ。
それに従い三人で壁門に……、俺たちの出会ったあの壁門へと走り出した。
紺色のツインテールを揺らしながら、走るマリーは聞いてきた。
「何があったんだよ!?」
「魔獣の群れが襲ってきたんだ。」
「そんなの普通じゃねーのか?」
「おそらく普通の数じゃない。普通の人間じゃ対処できないくらいの量……、やばいんだと思う。」
「あの受付のねーちゃん、そんなこと言ってたっけ?」
説明が面倒に感じて、話題を少しずらす。
「マリー、俺は魔獣を倒すのは苦手なんだ。
神具を持つお前が頼りだ! 頼むぜ!」
「お? おうよぉお!」
宝石と金で輝く大きなハンマーを持ち上げて、マリーは明るい顔をする。
それを見ると、俺は少し後ろめたい。
なぜなら最悪、マリーの故郷が危険に晒されている可能性もあるからだ。
『魔獣の群れは東から来る』
魔獣が群れをなすほどに存在するのは、人の支配が解かれた東の地だ。
だから普通、魔獣の群れは東の地から襲ってくる。
最南のブブカ領、このグラッツ領、アムス領、俺の住むバティスタ領とカストロ領。
これらが東の地との境界にある危険な土地だ。
最北には英雄の地セントール領があるが、あそこを危険とは言いにくい。
その力で大陸の北東――東の地の北側までを支配し、魔獣たちを抑え込んでいる。
魔獣の群れが北から来たと言うのなら、別の領地を通って来たということ。
ここグラッツ領の北は商人の街アムス領。――そこに接するのは、スターリン領とバティスタ領だ。
アムス領が東から襲われた可能性が一番高いだろう。
だけど、さらに先……子供たちがいるバティスタ領さえ襲われたって可能性もある。
西のマリーの故郷であるスターリン領もが襲われた可能性は低いが、もう一つ懸念があった。
――その懸念を、ミリアンは口にする。
「異形の魔徒……、どう絡んでいると思う?」
「アムス領には十分な金製武器と兵力があるはず。組む可能性は低いと思うが……。あそこを突破したとなると、かなりの数がいるはず……」
もう一つの懸念、それは異形の魔徒の存在だ。
魔獣を統率できるのは異形の魔徒。
人の言葉を操るやつらの中には、言葉巧みに人を騙す者もいる。
どこかの領主が異形の魔徒に騙されて手を組み、ほかの領地を攻めた可能性……
それを考慮する必要があったのだ。
壁門を出れば、人と魔獣が対峙していた。
人側は街の兵士に商会の兵士、ミリアンの仲間たちを合わせて二百人くらいか?
門の前だけでなく、街を守るため広く陣形を組んでいる。
――対する魔獣側の方は、数え切れない。
黒い鹿や黒い狼の姿の魔獣たち……
それが小高い丘を埋め尽くすように並び、見渡しても終わりが見えないほどの数だった!
だが、魔獣たちは暴れてはいない……。
ジッと丘の上から、機会を伺っている様子だ。
――俺は、目立つ髪型の女に声をかける。
「ガム、相当な数だな。」
「――ゼノ! 無事ってことはスターリンを!?」
「神具持ちを二人、連れてきた。」
「二人!? ……ってことは、あの娘にも神具を渡したのかい?――でも、今の状況には最良だね。」
「ウキャキャキャキャキャ!」
話の途中……。
けたたましく甲高い鳴き声が聞こえた。
見れば、腹を大きく膨らませた猿が一匹、丘から走り降りてくる。
その猿に対し、兵士たちは炎や雷撃を一斉に放った……だけど猿は素早く、左右に走りかわして、どんどんと街に近づいて来る。
やっと雷撃が猿を捕らえた……そう思ったら、そこで猿は爆発!
爆発で陣形が崩され、そこに一気に魔獣たちが駆けて襲い来る!
「――続けぇええ!!」
ミリアンの声がして、兵士たちが駆けて来た魔獣たちと応戦する。
神具の壁を纏う黒髪の女戦士と紺のツインテール。――彼女らの活躍もあり、魔獣たちは一掃。
だけど、魔獣たちは深追いして来ない。
丘の上を黒く塗り潰したまま、またジッと俺たち人間を見下ろしている。
「本当に神具持ちが二人……。ゼノ、あんな感じで攻められている。じわじわと攻めて、どこか壁を破壊したらそこから攻める気だと思う。」
「爆発する猿か……。能力はあれだけか?」
「ああ、たぶん異形の魔徒は一体だけだ。だけど、あの魔獣の群れに隠れていて見つからないし……、倒せない。」
――そういうことか。
「なら、ちょうど俺が来たし簡単だ。
――ガム、行くぞ!」
そう言って俺はガムを抱き抱えて、思いっ切りジャンプした。
「な!? へ……?」
とっさの俺の行動にガムは驚く。
だけど次の猿が来る前に、さっさと勝負を決めておきたい。
「着地の衝撃を足で殺すから、もう少ししっかり捕まれ、ガム。」
「え? う、ん……」
ガムに、俺の首をしっかりと掴ませる。
背の低いガムを上半身で抱き抱えて、俺は魔獣たちの上空を飛んでいた。
――やはり魔獣たちはかなりの数。
全体を見下ろしているのに、その数は全く把握できないくらいだ。
ただ、左側を見れば、抜きん出た魔術エネルギーを発している存在がいる……
たぶん、あれが異形の魔徒だ!
ひざでしっかりと衝撃を殺しながら、一度鹿の魔獣の上に着地。
そのままもう一度跳んで、その方向へと向かう。――見つけた!!
「ガム、いたぞ。猿の群れの中に、黒いのが一人。」
魔獣の群れの中にポッカリと穴が開いていて、そこにヤツは立っていた。
腹を大きく膨らませた茶色の猿たちの中心に、長い黒毛の猿のような魔徒。
そのすぐ近くに着地しガムを降ろすと、心配したようにガムは聞く。
「ゼノ、どうするんだい?」
「お前はそこで待っていろ!」
魔獣の群れの中だが、ガムならば心配ないだろう。
問題はあの猿たちの爆発だが、おそらく大丈夫だと俺は踏んでいた。
「――なんだあ、お前は!?」
高い、男の声。
背の低い、黒い体毛を長く垂らした魔徒が、俺に気づいて聞いてくる。
だが俺はそれに構うことなく突っ込んで、聞いてきた魔徒の顔を殴りつけた!
倒れ込む異形の魔徒……その背中を取ってうつ伏せに抑え込み、俺はナイフを振り上げる。
「仲間は?」
「知らんな……、ぎゃああああ!!!!」
俺の質問に答えないその背中に、躊躇なくナイフを突き立てる。
「どこかの領主と組んだのか?」
「おっ、お前に答える……、ぎゃああああ!!」
両肩を刺して腕を動かなくし、今度は立ち上がって腰を踏みつける。
異形の魔徒は敗北を認めたのか、俺の尋問に答えはせず、――力強く叫んだ!
「やってくれるな、人間がぁあ!
――道連れだ、死ねぇええええ!!!!」
「そうか、じゃあな。」
「え……?」
周りの猿たちの腹が大きく膨らみ出す……異形の魔徒は自滅を決めたらしい。
それに気づいて、俺はガムに向かってダッシュした。――目の前で止まって、両手を広げてガムを迎える。
「もう一回、行くぞ。」
「う、うん!」
苦労していた魔徒をあっさりと制圧し、ガムは嬉しそうに俺に抱きつく。
俺はまた、ガムを抱えてジャンプした。
「ガム、神具の壁を張れ!」
そう命ずれば、ガムの張った神具の壁が俺たちを包み込む。
それから俺は見下ろして、だいぶ離れた猿たちに雷撃を撃った。
――猿たちは一斉に爆発!!
異形の魔徒や周りの魔獣を巻き込み、大爆発が巻き起こる!
「いっちょ、あがりだな!」
俺がそう言えば、ガムは耳元で小さな声で答えた。
「ゼノ……、あんたはやっぱり凄いね……。」
そのまま二回ぴょんぴょんと跳んで、ミリアンの側へと……。
ガムを降ろして、作戦を話す。
「これで、厄介な異形の魔徒も死んだ。
統制の取れてない魔獣たちなら、神具持ち三人もいりゃ、なんとかなるだろ?」
「だ、大丈夫と思うけど……ゼノ、さっきの技は?」
ガムは俺の大ジャンプが気になったらしい……そう言えば伝えていなかった。
「ここに来る前、アムス領でスキンヘッドの達人に会ったんだ。その達人に教わったんだよ。
――今度、ガムにも教えてやるよ。」
「ほ、ほんとに!」
子供のように喜ぶガム――可愛らしい。
そう言えばさっきから可愛らしい……昔はこんな風だった。
いつの頃からか変な化粧をしだし、娼館の主人に収まる頃には髪型も変わってしまった。
何もしなければ本当に子供のように、可愛いやつなのに……
「――ゼノ、これからどうする?」
凛とした声で、黒い瞳のミリアンが尋ねてきた。
「俺は先にアムス領に行く。お前はここの魔獣たちを倒しきって、その後はアムス領に向かう気だろ?」
「もちろんだ。」
――ミリアンはわかりやすい女だ。
人を守るという一点で、ブレることの無い行動力を持っている。
「もしかしたらアムス領を素通りして、俺はバティスタ領に向かうかも知れない。」
それには、ガムが返した。
「ラナちゃんたちが心配だからね。」
「状況がわからない……。
ミリアン、もしスターリン領が襲われていたら、マリーを助けてやってくれないか?」
「君の家はバティスタ領なのだろう?
愚かと思うかもしれないが、もし両者が危険なら、両者を救うよう私は努力するよ。」
「ゼノ、そん時は私がそっちに行くよ!」
ミリアンとガムに協力的な言葉をもらい、俺は少し安堵する。
――子供たちが危ないかもしれない。
その不安を払拭するためにも、俺は先を急がねばならない。
魔獣の群れと、それと戦う紺色のツインテールを見て、俺は決意を固める。
「じゃあ、先に行く。マリーを頼んだ。」
そう言って答えは聞かず、俺は魔獣の群れに向かって走り出した。
魔獣たちを相手にしないで、その群れの中をさっさと駆け抜ける。
向かうのはアムス領、そしてその先、バティスタ領。
家族の待つ家へと走ったのだ…………
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