契約の刻印 4/5


 準備が終わると俺たちは、ギルド中央にある階段を降りて迷宮へと潜ってゆく。


 案内するように先頭を歩いていたら、隊長のギーが話しかけてきた。


「よく道がわかるな。俺は何度か潜ったから覚えているが、お前は初めてだろう?」


「経験ですよ。それに、人よりエネルギーを感じ取る力が強いんです。だから、魔獣の位置が把握できますしね。」


「さすが、特級というところか……」



 ――迷宮内には魔獣が闊歩している。


 だから魔獣を避けつつ、下に続く階段を目指す。


 俺が居れば、こちらから近づかない限り魔獣たちは襲ってこない……


 だが、イキった兵士たちが魔獣を狩って騒ぐので、進むのが遅くなる。


 苛立たしいが、仕方が無い。


 強力な魔獣だけは出会さないように、俺は道を選び注意して進むのだ。



 ゾロ目の階は魔獣の侵入が無く、安全が確保できる場所だ。――地下十一階は、ポーションだけを回収して素通りした。


 そして地下二十二階と三十三階。


 そこでは少女が一人、試練へと挑む。



 杖を持った老人、巨大な白い狼、そんな神獣と一人対する少女。


 これらの階の試練には、一人で挑まねば新たな力を得られない。


 だから俺の役目は少女が窮地に陥らないか、それだけを気にかけ見守るだけだ。


 だが、彼女は中々に戦闘センスが良いと見える。


 少女は神術エネルギーを雷に変えて対する神獣を痺れさせる――動きを止めてはナイフで一突き――深追いはせず離れては、ヒットアンドアウェイで確実にダメージを与えていく。


 成長期に入りかけた身体……まだまだ幼い少女だが、実力は相当のもの。


 これならば数年で、地下九十九階の試練にも挑めるだろう……



 試練を乗り越えた彼女に、神獣は語る。


「強き者よ。どんな力を強くしたい?」


 そう問われ、不安そうな顔でこちらを伺ってくる金の髪の少女。


「お嬢さん、今の戦い方はとても良いよ。

 そうだな……今のまま強くなれるように、雷か、回復術を強化するといい。」


 そうアドバイスをすれば、少女は緑の瞳を輝かせて微笑んだ。


 初めて見る彼女の笑顔を可愛いなと思いつつ、俺もまた微笑み返す。


 ――子供はいつも、可愛いものだ。




 地下四十四階。


 この階には、試練を与える神獣は居ない。


 代わりに、一匹のオウムが話しかけてくる。


「ケイヤクノコクインガホシイのはダレ?」


 その問いに中年の男アジールは、待ってましたとばかりに答えるのだ。


「俺がその秘術を頂こう!」


 オウムは答え、そして問うた。


「ケイヤクノコクイン……このヒジュツをエレバ、シングヲてにハデキテモ、ソレをツカウコトハデキナイ。それもまたケイヤク……カマワヌか?」


「構わないさ! 世界の五十の迷宮は全て掘り尽くされて、神具など残っていないこの時代だ!

 ノーを選択するのはもしもを期待する、夢見る愚かな冒険者たちくらいなものだ!」


 アジールはそう答える。


「ワカッタ……ケイヤクセイリツ……ダ」


 答えを聞いたオウムはそう言って、アジールの肩に乗り、そして光って消えるのだ。


 これが契約の刻印、その秘術を獲得するための儀式だった。


 秘術を獲得したアジールは、金の髪の少女の前に立ち、いやらしい顔で話し出す。


「さあリリスよ、契約を結ぼう。

 俺はお前の生活を保障しよう。お前は俺の護衛となり、妾となって、昼も夜も俺のために尽くすのだ!」


 少女は弱々しい声で答える。


「はい、ご主人様。承知いたしました。」


 そしてアジールはリリスの肩に触れ、契約の刻印を施した。


 少女は男の奴隷となったのだ……



 ――今度は俺がアジールに話しかける。


「これで依頼は果たしました。約束の報酬を頂きたい。」


「待て待て。このまま五十五階まで潜ろうではないか?

 近衛隊長のギーはここまでしか潜ったことが無い。お前がいれば十分体力を残して、次の試練に挑めるだろう?」


 そう言われるが、俺は断りを入れる。


「申し訳ないが、新たな依頼にはお応えできない。」


 断りを入れると、アジールは眉間にシワを寄せて怒鳴ってきた。


「雇われの分際で口ごたえを!」


 だが、アジールはそうは言いつつも、依頼の代金にあたる金の小刀を渡してくる。


 不思議とこころが逆らえない……それが、契約の刻印の力なのだ。


「ギーよ。強くなったリリスと兵士どもがいれば、なんとかなるだろう。

 特級か何か知らんが、この男はここにくるまで大して仕事をしておらぬ。魔獣にもほとんど会わなかった。大丈夫だろう……違うか?」


 そうアジールに言われ、金髪を刈り上げた大男は不安そうに答える。


「は、はいアジール様。この下への……挑戦ですね……」


 そんな大男の側に寄って、俺は忠告をする。


「ギーさん。主人を諌めるのも立派な仕事でしょう?」


「しかし……」


「あんたはここまで潜ったことがある。なら、危険を知っているはずだ。

 ――今回は、やめておきましょう。」


「うるさい! 口出しするな!

 ギー、行くぞ! 俺に逆らうのか!」


 会話に、アジールの怒号が割り込む。


 ギーは不安そうに俺を見たが、アジールに向き直して答えた。


「とんでもない! アジール様、お任せください。五十五階に行き、試練を乗り越えてご覧にいれましょう。」


 俺はアジールに言った。


「やはり、俺も連れて行ってください。――この先の報酬は要りません。」


「うるさいわ! お前など要らんわ! とっとと迷宮から立ち去るがいい!」


 そうアジールに怒鳴られる俺を、ギーとリリスは不安な顔をで見つめている。――残りの兵士たちは笑っていた。


 俺はもうあとは何も言わずに、迷宮を脱出する光のカーテンのある部屋へと向かった。


 言われた通りに、迷宮から立ち去ることにしたのだ。――あの娘はどうするか?


 そう悩みつつ歩きながら、ただ一言、振り返らずに挨拶をする。


「――ご武運を。」


 そう言って彼らとは別れ、光のカーテンを通り地上へ戻ったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る