契約の刻印 3/5


 面接が終わり人が去り始めると、ギルドの建屋はいつもの酒場のような雰囲気へと戻った。


 アジールは俺一人を雇うことを決めると、ほかに待っていた冒険者たちを追い返す。


 ギルドの中央で仰々しくやっていた割には、大して人を雇う気は無かったようだ。



 ――その後は、ギルドの中でしばらく待たされた。


 待つ間は周りの注目を浴びるハメになったが、少し耐えていれば、それ以上に注目を集めるやつらが集まってくる。


 神術エネルギーを放っている、鎧を纏う屈強な六人の男たちと少女が一人。


 それに、面接官だった中年の男が金の掛かっていそうな甲冑に身を包んでやって来た。


 ――俺は、彼らへと近づき合流する。


 近づけば、相手の一人が話しかけてくる。


「お前が特級か?」


 話しかけてきたのは彼らの中で頭一つ背の高い、金髪を刈り上げた大男。


 強そうだ……戦士長といったところか?


「変わった武器を携えているな。」


 男は俺のカバン辺りを見て、そう尋ねる。


 左の腰……黒マントに隠れたカバンの下、そこに掛けている俺の得物が気になったらしい。


 俺は挨拶がてらに、それに答えた。


「こいつは『魔黒竜の牙』ですよ。」


「魔黒竜? 巨大な化石か何かの牙か? 随分と原始的な武器だな……」


 黒い大きな牙に持ち柄をくくり付けただけの、一風変わった俺の武器が気になるようだ。


 俺は構わず話しを進める。


「ゼノです。よろしくお願いします。」


「ああ。俺はお前の雇い主であるアジール様の近衛隊長をしているギーというものだ。よろしく頼む。」


「多少は迷うかも知れませんが、短いルートを案内させてもらいます。」


「期待している。アジール様の四十四階までの護衛。それに、あの娘の二十二階、三十三階の攻略サポートが、今回の目的で、お前への依頼だ。」


 ギーと名乗る男は挨拶と依頼の確認を済ませながら、背後へと目配せをする。


「……。わかりました。」


 そう答えながら、俺はギーに目で示された後ろのパーティーメンバーたちを確認した。


 男たちの中には、まだ十歳くらいだろう金髪の少女が一人……彼女は不安そうな表情で、こちらを見つめている。


 ――俺は、彼女に微笑んでみせた。


 しかし彼女の緑色の瞳は、不安の色を消すことはない。


 次に一人だけ神術エネルギーを放っていない中年の男を見る。


 依頼主のアジールは、まあ多少鍛えているようだが、エネルギーも感じないし、剣技もどうなのだろう?――ただ、その権力は侮れない。


 定められた人数制限を無視して俺を含めた九名のパーティーを組めるとは、その権力は大したもののようだ。


 そんなアジールが話しかけてくる。


「お前、雇ってやるんだ、頼んだぞ! 一回で四十四階まで到達しろ! あの娘を強化したら『刻印』で縛らねばならん。」


 アジールはシワを目立たせて後ろの少女を指差しながら、見下した顔で言ってきた。


「あの娘を強力な護衛に……かつ、俺のめかけにするのだからな。」


 そして、シワを緩めては好色な笑顔。


 俺はそれに作った笑顔で返すのだ。


「お任せください。無事に貴方を四十四階に……

『契約の刻印』の秘術を手にする手助けをいたしましょう。」




『契約の刻印』


 それは迷宮四十四階で手に入る、神術でも魔術でも無い特殊な術だ。


 互いが認めた契約を確実に遂行させる……そんな秘術。


 逆らえば死ぬと噂されるが、実際には刻印を打たれた者は、不思議とこころがそれに逆らえない。


 ――逆らった者など、皆無だった。



 貴族は、その秘術を欲するものが多い。


 契約の刻印で兵士や領民たちを縛り、支配を確かなものとする。


 そのためにこのアジールのように、迷宮へと潜るのだ。




 ポニーテールの可愛い女性が担当する受付を済ませて、その後はギルドの主人との契約を行う。


 ここでも、契約の刻印は活躍する。


 迷宮から持ち帰ったポーションの半分をギルドに納める……そんな契約を結ぶのだ。


 神が魔神に敗れた後、暗い雲に覆われたこの世界では作物がほとんど育たない。


 飢えと渇きを癒すポーションは、貴重で重要な品だった。


 無国籍の武力を持った冒険者、国に対抗できる力を持った貴族、それらからしっかりとポーションを徴収する。


 そのための国の対策としても、契約の刻印は使われている。


 奥から出てきた眼鏡の男が契約の刻印を、パーティーメンバーそれぞれに打っていく。


「ではポーションの半分、奇数ならば多くはこのギルドに。構いませんね?」


「ああ、承知した。」


 俺の番。


 答えれば、眼鏡の男は俺の肩に手を置いて、目を真っ直ぐに見て刻印を施す。


 ――少しだけ、肩に熱い感触があった。



 最後は、中年の貴族アジールの番。


「ではポーションの半分、奇数ならば多くはこのギルドに。構いませんね?」


「昔は冒険者が全て持ち帰れたというのに、今は半分も納めよとは随分と多いな!」


「国も必死なのですよ。ギルドも安値で雇われる被害者です。」


「はっ! ならば国だけが一人儲けか! なんともうらやましいものだなぁ!」


 悪態をつくアジールを見て、俺はこの後の面倒くささに嫌気がさす。


 それでも、交渉には契約がつきものだ。


「ふん。まあ良かろう。ギルドの長とはいえ冒険者風情が俺に刻印などと……」


 冷やかに見ていると、アジールは嫌々そうにも刻印を受け入れていた。


 そして……今度は俺がアジールと交渉をする。


「アジールさん、俺とも契約をお願いしたいのですが……」


「契約ぅ?」


「俺の報酬の件です。アジールさんが刻印を修得した時点での成功報酬として、金製の武器を一つ賜りたい。」


「構わんよ。なら、この小刀をくれてやろう。」


 ――交渉はあっさりと了承された。


 金自体も貴重だが、神術エネルギー以外で魔獣の弱点となる貴重な金製の武器だ。


 それを気前良く頂けるのはありがたい。


 俺はもう一つ、お願いをする。


「では、私の契約の刻印を受けてください。」


「何!?」


「契約の刻印です。」


「お前、特級冒険者のくせに契約の刻印を選択したのか!?」


 アジールは驚いた様子。


 俺は構わずにもう一度言った。


「契約をお願いします。」


「くそ、雇われが! さっさとやれ!」


 怒鳴るも、腕を組んで大人しくなるアジール。


 彼はこちらの交渉にも、なんとか了承してくれたらしい。


 俺はその肩に触れて、契約の刻印を打つ。――そうして、迷宮に向かう準備は整ったのだ。

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