契約の刻印 2/5


 髭面の男との話の流れから、俺は面接へと……。


 というよりも、神具の代わりに何か持って帰れないかと、持つ者である貴族との交渉に向かった。


 もしかしたら神具を持ち出したという、甥の男の情報も聞き出せるかもしれない。


 しかし……偵察を二名も配するとは、このカストロ領はかなりの力を持っているようだ。


 腕の良い者を雇う金と価値が、この領地には残っているらしい。



 ――俺は人の隙間から、中央へと歩み出る。


 面接官となるアジールの顔を見れば、目が合うなりに怒鳴りつけられた。


「お前も面接を受けに来たのか? なら、シャキッと挨拶をせんか!」


 俺はその怒声を気にせずに、自然体で返していく。


「俺はゼノといいます。冒険者への登録は不要なのですが、雇っていただこうとと思いまして……。

 迷宮の奥に潜るのなら、きっとお役に立つと思いますよ。――あなたは『契約の刻印』が欲しいのでしょう?」


 そう提案すれば、アジールはその浅黒い丸顔を赤くして、怒りの顔に変わっていった。


「冒険者登録が不要なら、さっさと一人で迷宮に潜って死んでしまえ! お前など必要ない! パーティーに入りたい希望者は腐るほどいるんだ!」


 どうやらこの男は、目的を見失っているようだ。


 フェアに提案を持ちかけたはずだが、対等であること自体が気に入らなかったらしい。


 交渉の場であるはずが、奴隷を選ぶ場になっている……意味があるのだろうか?



 怒鳴られた俺はため息をついて振り向き、言われた通りにその場を立ち去る。


 それから仕方なく、とりあえず迷宮に入るためにと、ギルドの受付へと向かった。


 受付には茶髪をポニーテールにした女性がいて、とても可愛らしい笑顔を向けてくれていた。


「こちらのギルドは初めてですか? 冒険者カードを見せてください。」


 黒いマントの下のカバンから、カードを取り出して彼女へと手渡す。


「ゼノ様ですね……あ、すごい! 特級冒険者だ!」


 渡したカードを見た彼女は、突然に叫んだ。


 可愛く大きな声に、周りの視線が集中する。


「す、すいません! 初めて特級のカードを見たもので!」


「いや……、謝る必要は無いよ。君の明るい声は聞いていて、とても気分が良いんだ。」


「え、あ、あ、ありがとうございます!」


 彼女はすぐに謝ってくる。


 俺は言葉通りに気分が良かったので、特に攻めるつもりはない。


 こんな事務的な会話でも、相手が違えばこんな気分になれるというのに……


「――お前、特級なのか!? 

 先に言え! 雇うぞ、雇う!」


 それなのに、その気分を邪魔するように、背後から不愉快な声が飛んできた。


 アジールの声……今さらなんだ? 騒がしい。


「おい! 黒マント! 雇うと言っとるんだ! 聞こえんのか!?」


 俺は振り返らずに、ポニーテールの女性と目を合わせていた。


 彼女は驚き目を丸くしていたが、しばらくすると声を出さずに笑い始める。


 一瞬驚いたが、その理由はすぐに理解できた。


 来る者を罵っては追い返し、結局は必要な人間を雇えない無能な面接官。


 それがいきなり、手のひらを返したのだ。


 ずっと不快な面接の光景を見続けていた彼女には、それが小気味良かったのだろう。



 ――俺はまた、気分を変える。


「お嬢さん、予定が変わったようだ。後でもう一度受付を頼むよ。」


「はい、ゼノさん。お待ちしております!」


 そう可愛い彼女と笑顔で話してから、俺は後ろを振り返る……


 表情を戻して今度は笑顔を作り、不愉快な男の方へと振り向いた。

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