いつか世界を救う君へ

賽子ちい華

神具の強奪者

契約の刻印 1/5



 最奥にあるという宝を求めて、迷宮へと挑む。


 そんな真っ当な方法で俺が神具を求めることなど、初めてなのではないだろうか?


 眠る宝は全て取り尽くされ、手にしたわずかな物さえも半分は徴収されるこの時代。


 貴族の屋敷から盗みとるわけでもなく、年寄りを殺して奪いとるわけでもなく、純粋に迷宮を攻略することで神具を求める。


 子供の頃に父が聴かせてくれた、あの冒険譚の主人公にでもなった気分だ。


 そんなことを考えながら、俺は自分の胸が高鳴っているのを感じていた。



 たどり着いた目的の地、カストロ領のギルドには多くの人間たちが集まっていた。


 迷宮の一階部分を利用したギルドの建屋に、何人ものエネルギーを感じる。


 俺と同じく神具があるとの情報を得て、冒険者たちが集まってきたのだろう。


 血気盛んな連中が目を輝かせ、我先にと争いながら迷宮へと挑んでゆく……


 今回はそんな迷宮探索になると期待して、気分はより昂まったのだ。



 ――しかし、


 ギルドの扉を開いた瞬間に、俺は冷めた現実へと引き戻されてしまう。


 確かにギルドの中には、人盛りができている。


 だけど、想像した熱気とは違いそこには陰湿な空気が漂い、集まった者たちの口数は少なく、わずかな人間の声だけが聞こえてくるのみだった。



「――そんな経歴で恥ずかしくないのか?

 はぁ……時間の無駄だなぁ。田舎に帰れ!」


「ちょっ! 待ってくださいよ!」


「うるさい! つまみ出せ!

 はい! 次ぃ、次だ。そこの若いの。」


 不快な男の怒声が聞こえる。


 その声は、ギルドの中央あたりから聞こえてきていた。


 集まった者たちは皆、黙ってその声の方向を見ている様子だ。


 俺も人の隙間からそちらの方を覗けば、どうやら何かの面接が行なわれている……


 次に面接に向かうのは、俺より少し年下の男か?


 ――若い男が面接に挑む。


「アルベルト、二十五歳!

 ぜひ、アジール様の元で冒険者として活躍したく、本日参った次第であります!」


 彼は直立し、懸命に声を上げている。


 それに対して座って肘をついた中年の男が、冷たい声で質問をする。


「アルベルト君……ね。君は今まで、どこで登録冒険者をしていたのかね?」


「いえ! 私はまだ一度も、登録冒険者になったことはありません!」


「はッ! 二十五歳のその歳で? 一度も? 話にならんなぁ。経験の無い者など雇えんよ、君ぃ。その歳まで一体何をやっていたんだ!」


 嫌味に近い質問だ……。


 その質問に、若い男は声を震わせて返答する。


「な、何度も面接は受けたのですが、どこもこの領地ほど裕福でなく、新しい冒険者を認めてくれることは少なくて……」


「少ない? でも、いたのだろう?

 君なぁ……君はその数少ない認められた者たちが、努力をしていなかったと思うのかね?」


「し、していたと……思います。」


「なら、認められなかったのは君の努力が足りなかったのではないのかね!

 つまらんな君は環境のせいにして! 自己責任という言葉を知らんのかね!

 君のようなやつは雇えん! 帰れ! 次!」


 シワと油が目につく丸顔の中年男は、正論を真似た罵声を放つ。


 若い男はそれに反論もできず、涙を浮かべて立ち去っていった……



 かつて自由にパーティーを組めた時代、膨れ上がった力で冒険者たちは、貴族へと成り上がった。


 その時代を経て、国も権力を得た貴族たちも、次の者が這い上がる道を塞いでゆく。


 今では自由にパーティーを組むことは禁じられ、権力者に雇われる形をとらなければ一人で迷宮に潜るしかない。


 そういう時代だから冒険者の面接は普通のことだとは思うが、このタイミングにしては違和感がある。


 今は迷宮に神具があり、それを他に奪われる前に取り戻さなければならない状況で、貴族ならば焦っているはず。


「――はい、次!

 はぁ……本当に無能ばかりだなぁ。誰か役に立つやつはおらんのか?」


 だが、貴族側に随分と余裕がある様子。


 それに、迷宮に潜っていくやつは誰一人おらず、黙って皆が面接を見ている状況だ。



 そんな考えの差異を埋めるため、俺は行動を開始した。


 まずは情報を得るためにと、建屋の中で一番目立たない男へと話しかける。


 話しかけたのは黒髪と繋がる髭面をした、三十代くらいの男だ。


「なぁ? あんたは面接を受けないのかい?」


 そんな風に話しかけると、髭面の男は驚いたようで目を見開いた。


 だが、すぐに落ち着きを取り戻し、親しげな雰囲気で俺の問いに答えてくれる。


「俺はもうこの歳だ。門前払いだろう。

 あんたは……受けないのかい?」


「俺は若く見られがちだが、年齢はあんたと五つも変わらないだろうよ。俺は面接を受けに来たわけじゃない。別の目的があってここに来たんだよ。」


 ――話しながら、ギルド全体を見まわす。


 冒険者それぞれの実力は発しているエネルギーの量で、ある程度俺には知ることができた。


 見まわせば、人ごみに隠れて気配を消し、わずかに神術エネルギーを発している色白の若い男が目に入る。


「あの兄さんが、ここの『偵察』かい?」


「偵察を見極められるのか? あんた、見る目があるね。俺にはよくわからねえよ。」


「ご謙遜を……。

 俺が潜るのに警戒しなきゃいけない相手はあんただけなんだ。頼むから迷宮で襲わないでくれよ。」


「どういう意味だい?」


「あんたが一番強いって意味だよ。」


「俺が強い? あんた見る目がないね。

 あれ? さっきは逆の事を言ったかな?」


 笑顔でお道化てみせる髭面の男。


 お互いに少し気が緩んだところで、俺は話題を切り替えた。


「なあ? ここには神具があるって噂を聞いたんだが……」


「ああ、前の領主が死んで、しばらく引き継ぐ者がいなかったからな。」


「本当か!」


「悪い……、期待させちまったな。

 あったのは確かだが、つい先日、迷宮から持ち出されちまったよ。」


「――そうか。」


 どうやら、一足遅かったらしい。


 ティクトの持ってきた情報に間違いは無かったが、来るまでに時間が掛かり過ぎたようだ。


 それならば、持っていったやつから奪うしかないだろう……


「なあ、神具を持ち出したのがどんなやつか知っているかい?」


「ん? まあ、知ってるよ。ここらじゃ有名人だからなぁ……。

 あそこで面接やってる貴族がいるだろ? あれがアジール様だ。そんで、あの方の甥にあたるマルス様ってのが神具を持っていったのさ。」


「へえ……。じゃあこのカストロ領はあのおっさんじゃなくて、そのマルス様ってのが引き継ぐのかい?」


「ハハハッ! あの坊ちゃんは戦闘バカだからな。領主になんてならんだろうよ。」


 髭面の男はそう答えて、親しい友人か家族の話でもするかのような優しい笑顔を浮かべた。


 男の顔からはここまで一度も出さなかった、嘘の無い微笑みが漏れ出している。


 俺はそのことに少し驚いたが、悟らせないようにして話を続ける。


「じゃあ、迷宮に潜る意味も無くなったな……。

 ――俺も、面接でも受けてみようかな?」


「大丈夫かい? ありゃあ実際に雇う気なんて無さそうだぜ?」


「まあ、大丈夫だろう。」


「自信だな。あんた、何級なんだい?」


「あんたは?」


 そう質問しあった俺たちは、互いに冒険者カードを見せ合う。


 髭の男は二級冒険者……やはり、とんでもないバケモノだ!


「へえ! あんたなら受かるかもな。」


「とりあえずやってみるよ。」


 髭面の男もまた、俺の冒険者カードに驚いてくれたようだ。


 俺は男に微笑みを見せて、手を振り別れを伝える。――そして、面接場所へと向かっていった。

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