26 暴かれる罪

 地を震わすような拍手が講堂に響いた。

 壇上にいたリーチェは聴衆達の顔を見回し、ハーベル、ダン、そして青ざめた顔をしているララと目を合わせて満足げに笑う。

 生徒は自由参加だったが、リーチェ達の研究発表を聞きたい者は多く、満席で立ち見する者すらいた。

 学園長、卒業生や外部の専門家のみならず、ハーベルの発表を見るために国王まで臨席し、リーチェ達の論文発表に笑顔で惜しみない賞賛を送っていた。


(やり遂げた……!)


 気持ちの良い達成感を覚えながら、リーチェは自分達の研究がこの国の未来を大きく変えるだろうことを感じていた。

 魔法石が流通すれば付与魔法はただのおまじないではなく、人々の暮らしになくてはならないものになるだろう。

 生徒達に埋もれるようにして、マルクがいるのをリーチェは見つけた。

 彼の顔色は悪く、ひどく苦々しい表情をして壇上を見つめている。その視線はララに向かっていた。

 そのララは、というと、怯えたように縮こまっている──振りをしていた・・・・・・・



◇◆◇



(これは一体どういうことだ……!)


 マルクは愕然と四人を見上げていた。


(ララには論文を破棄するように命じてあったのに……)


 今日はハーベル達が論文を発表できず悔しがる姿を見て楽しむつもりだった。

 それが、どういうことか。ララはマルクを気にするようなチラチラと視線を向けてくるばかりで、他の三人の様子はいつもと変わらない。


(失敗したのか……無能な雌豚め)


 拍手を浴びながら、四人は大きく礼をして壇上から降りていく。その際にララがマルクに目配せをしてきた。指でサインも送っている。

 それは『会いたい』という合図だ。

 学内での二人の交際は秘密だったため、お互いだけが分かるサインでやり取りしていた。

 マルクは内心舌打ちして、さりげなく講堂から出ていこうとする。


「マルク様、どちらへ?」


 隣に座っていたエノーラ・パーカーが心配そうに声をかけてきた。マルクの論文発表はとうに終わっている。それは、このエノーラにやらせたものだ。


(エノーラもずいぶん期待外れだったな……)


 彼女の論文は悪くはないが、ハーベル達ほど会場を沸かせることはなかった。エノーラはリーチェのような天才ではなく、言うなれば秀才なのだ。


「ちょっとね。先に帰っていてくれ」


 そう外面の良い笑顔で彼女に言って、マルクは講堂を出て行く。

 ──この女もそろそろ用済みだな、と思いながら。



◇◆◇



 その庭園の端にあるガゼボは、草木に隠れており校舎から見えない位置にあるため生徒達の密会場所によく利用されている。

 そこに赤毛の少女がきょろきょろと周囲を見回し、落ち着きなさげに立っていた。

 マルクは辺りに誰もいないことを確認すると、大股で彼女に近づいて行く。


「ララ、どういうつもりだ!?」


 マルクはララの手首をつかみ、彼女に詰め寄った。

 ララは血の気の失せた顔をして、首をすくませた。


「マ、マルク様、わたし……っ」


「どうして命じたこともできないんだ。きみには心底ガッカリした……!」


「でっ、でも、やっぱり私は……ハーベル様やリーチェ、ダンと一緒に作った論文を破棄するころなんて、できません……っ」


「ほぉ。なら僕と結婚できなくても良いと言うのか?」


 まだ利用できるか確かめるために放った言葉だった。もしマルクに逆らうつもりなら、近いうちに手下に始末させる心づもりで。

 マルクは急に微笑みを浮かべて、ララの肩を撫でた。彼女はビクリと震える。


「怒鳴って悪かった。きみとの未来を心配していただけなんだ。協力してほしいって何度も頼んだだろう? 僕を愛しているなら、できるはずだ」


「マ、マルク様……私……」


「だから、最後のチャンスをあげるよ。これでハーベルのティーカップに入れるんだ」


 マルクは以前から用意していた小瓶を懐から出し、ララに渡す。その液体は毒々しい紫色に光っていた。


「これは……?」


「なに、心配ない。少し腹を下してもらうだけだよ。ちょっとしたイタズラさ」


 それをララに握らせる。彼女はマルクの真意が分かったのか、歯の根が合わない様子だ。カチカチと音が鳴る。


「これは……もしかして、毒ですか?」


(せっかく、ぼかしてあげたのに……)


 ララの罪悪感を軽くするために、マルクは曖昧な言い方をしたのだ。それなのに、彼女は真実が知りたいらしい。


「……そうだと言ったら?」


「──私はもうマルク様の手先にはなれません」


 ララが決然とした表情でそう言った途端、突然マルクの周囲に人が現れた。

 ハーベル、リーチェ、ダン、学園長、そして国王とその側近だ。


「なっ、えぇ!?」


 今まで誰もいなかったはずの場所に突如人が現れたのだ。マルクは驚愕して後ずさりする。

 リーチェがララをかばうように友人の前に立ち、口の端を上げた。


「マルク様はご存知なかったでしょうが……私はこういう地味な魔法が得意なのです」


 こんなに大人数に【姿隠しの魔法】を使ったのは初めてのことだ。悪用されては困るのでロジェスチーヌ家はこの魔法の存在を隠していた。

 けれどララのために、リーチェは秘術を公開することにしたのだ。

 リーチェは手に持っていたヒューストン子爵家の借用書を広げて見せる。


「マルク様、あなたの身辺を調べさせて頂きました。ララをハーベル様の暗殺に利用するために、彼女の実家に故意に借金をさせましたね? ヒューストン子爵が賭博場で会った金貸しの青年は、この学園の男子生徒でした。その青年がマルク様の側近であることも、もう調べがついているのです。彼はすでに自白もしており、この借用書を渡してくれました」


 その生徒は捕獲済だ。ルーカスにお金を貸してハーベルの剣を盗むよう彼にそそのかしたのも、その生徒だった。


「そんな……」


 マルクはわなわなと震えて、その場にいる者達の顔を見回した。誰かマルクをかばってくれそうな者──利用できそうな相手がいないか彼は無意識に探したが、向けられるのは氷のような冷たい眼差しばかり。

 父である国王が、ため息を落とした。


「……マルク、そなたには失望した。卑怯なやり方で弟を殺そうとするとは……。そなたの王位継承権を剥奪し、囚人塔に幽閉する」


 国王がそう言った途端、ハーベルがマルクの腕をつかんだ。

 マルクは身震いしながらハーベルを睨みつける。


「ハーベル、お前さえいなければ……ッ!」


「いい加減にしろ、マルク! これ以上は見苦しい! もうお前は王族ではないが、せめて貴族らしい振る舞いくらいしろッ!」


 国王に思いきり平手打ちされ、マルクの口の端に赤いものが滲む。そしてマルクは呆然とした表情で、うなだれた。


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