宿題
愛ちゃんがきた。
手さげのかばんを持っていた。
「おじゃまします」
「どうぞ。はい、これ」
母さんが、愛ちゃんに紙パックのジュースを渡した。
「ありがとー」
「京助は、自分で好きなものを出しなさいね」
「うん」
「あいちゃん」
弟がよってきた。
「こんにちは」
「あそびにきたの?」
「ううん。勉強」
「ぐえー」
「なに、それ」
愛ちゃんが笑った。
「
愛ちゃん、お昼は食べる?」
「いいの?」
「いいわよ。かんたんなもので、よければ」
「じゃあ、はい」
愛ちゃんと僕は、それこそ赤ちゃんのころからの知りあいだ。だから、母さんの話しかたも、家族に話してるような感じになる。
「二階で、宿題してる」
「リビングでもいいわよ。一郎さん、仕事だから」
一郎さんというのは、僕の父さんのことだ。
「わかった」
「じゃあね。行ってくるわね」
愛ちゃんが二階にするというので、階段をのぼった。
僕の前に、愛ちゃんがいる。赤いワンピースから、白い足がでてる。はだしだった。どきどきした。
僕の部屋に、入ってもらった。部屋の中は、むわっとしていた。
「あっつい」
「ごめん」
エアコンをつけた。窓は、もうしめてあった。
丸い、小さめの低いテーブルに、自分の宿題をのせた。そんなに急いでやりたいわけじゃないけど、僕がやらないと、愛ちゃんはなにもしないような気がした。
「せっけんのにおいがする」
「それは、愛ちゃんのせい」
「そうだね。ごめんね」
「窓、あけたほうがいい?」
「いいよ。エアコン、もったいないし」
「わかった。宿題、どれから?」
「数学だね。ちょっともう、むりだね」
「いきなり、むりとか」
「日記から、書いてもいい? 三日ぶん、書かないといけないの」
「いいけど。まだ、夏休みがはじまってから、五日くらいだよ」
「しゃぼん玉の話を書く」
「どうかなあ……。日記は、まだ、とっておいたら?」
「はあい」
かばんの中を見ていた愛ちゃんが、やっと、中から数学の問題集をだした。布のペンケースも。
「これをやる」
「うん。がんばって」
「おわったら、でかけない?」
「いいよ」
「コンビニで、アイス買って」
「いいよ」
「京助って、たかられやすそう」
「ちがうよ。愛ちゃんにしか、買わないよ」
「……ふうん」
愛ちゃんの顔が、ふくざつな感じになった。
笑ってるような、怒ってるような……。うれしいと思ってるのか、はずかしいと思ってるのか、よくわからない。ほっぺたは、少し赤くなっていた。
「がんばる気になった?」
「うん」
かるく、うなずいた。耳の下でそろってる髪が、動きにあわせてゆれた。
大きな目が、僕を見るのをやめる。広げた問題集を、じっと見ている。
シャーペンが動いて、問題をときはじめた。
集中してる。
くちびるは、とじていた。
しんけんな目で、文字を追っている。
僕の手は、止まっていた。
愛ちゃんの長いまつげを、うっとりしながら見ていた。
「視線がいたい」
十分くらいしたら、さすがに注意された。
「ごめん」
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